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浅葱色の奇跡  作者:
多摩編
5/22

日野宿


千代の実家がある宿場町は、日野宿と呼ばれていて、

甲州街道の5番目の宿場町である。


宿場町と言っても、旅人達はその一つ先の八王子宿という宿場町の方に泊まる事が多いため、日野宿自体は休憩所としての側面が大きかった。

故に、宿場町の割には治安が良い。


彦五郎宅に通うようになって数ヶ月すると、千代も道場の顔馴染みとなり、父が稽古に出ない日は、1人で顔を出せるようになった。

時々差し入れを持って行ったり、稽古中の怪我の手当てなどもしている。


ちなみに、歳三は稽古中に怪我をすることはない。

だから、千代は不思議だった。


(いつもどこかしら怪我してるよなあ)


先週は顔に切り傷、先々週は腕に打撲痕があるのを見つけた。今週は顔の切り傷がもう一つ増えている。


歳三は日野宿の隣にある石田村という場所から道場に来ているため、

稽古が終わると行李(こうり)を背負ってさっさと帰ってしまう。


その日千代は、たまたま稽古の時間より早く道場に着いた。



「おい、ここに土方歳三はいるか?」



聞き慣れない声の男に後ろから声をかけられ、千代はビクッとした。


浅黒い肌にザンバラ髪の、いかにも浪人風の男である。腰には刀を差していた。

数歩離れたところには、似たような風貌の男が2人控えていた。


「…歳三さんならまだ来ていませんが、何か御用でしょうか?」


「ああ、ちょっとあいつに借りがあってな。まだ来てねぇってことはこれから来るんだな?」


しまった、と千代は思った。

雰囲気から察するに、何となく会わせたらマズい気がする。


「今日は来るかどうか分からないので、日を改めていただいた方がいいかもしれません。」


いったん延期にしようと試みるが、男達は納得しない。


「悪いが、しばらくここで待たせてもらう。」


そう言うと、道場の軒下にどかっと腰を下ろした。


帯刀した男が3人。一体歳三にどんな借りがあると言うのか。

絶対にろくなことではないと判断した千代は、そのまま道場に隣接している彦五郎宅の中を抜けて、表に出た。

きょろきょろと辺りを見回すと、遠くから歳三が歩いてくるのが見える。


「歳三さん、ちょっと…!」


千代は歳三に向かって駆け出した。

歳三のことを歳三、と呼ぶのには少々違和感があったが、今はそれどころではない。


怪訝そうに千代を見る歳三だが、千代は続ける。


「帯刀した浪人風の男が3人、道場で待ってるんですけど、お知り合いですか?」


「あーー…知り合いというか…」


歳三はバツが悪そうに首の後ろを掻いた。

身に覚えがありそうな様子である。


「お友達でなければ、今日はお稽古に来ない方がいいと思います。師範には私から伝えておきますから。」


その時だった。


「いたぞ!土方だ!」


先ほどの男の野太い声がした。


「おっとマズいなぁ」


言葉とは裏腹に、歳三はニヤッと笑うと、

千代の腕を掴んで走り出した。


「ちょーちょちょちょっと!!!なんで私まで!!」


歳三が逃げるだけならまだしも、千代は自分まで走らされる訳がわからない。


「俺を逃がそうとしてた時点で、アイツらに絡まれるのは間違いねえ。慰み者にされたくなかったらちょっと頑張って走ってくれ」


「いや、慰み者って、、!」


(どんだけ厄介な連中に絡まれてるのよ!)


そう叫びたかったが、走るのに精一杯である。


そうして川沿いまで来ると、土手を超えて河川敷まで下る。

背負っていた行李を置いて稽古用の竹刀だけ手に取ると、(あし)が生い茂るほうへとずんずん進んで行った。足場はどんどん悪くなっていく。


そうして、川に入るか入らないかのギリギリの葦の茂みに千代をしゃがませると、

「少しここにいろ」と言って引き返しにいった。


(嘘でしょ、やり合う気?)


相手は3人。さらに真剣を持っているのに対して、歳三は竹刀のみ。

正気とは思えなかった。



***



千夜は戦場で怪我人を介抱したことはあっても、歳三が戦っている時の姿を見た事はない。

その強さを目の当たりにしたのは初めてだった。


まず、一番最初に来た男の鳩尾(みぞおち)を竹刀でひと突きして倒すと、男が持っていた刀を奪い取った。

その後、同時に襲いかかかる男2人のうち、1人の足元を狙って斬る。残った方が刀を振り下ろすタイミングでその背中に回り、首を絞めた。

男はもがき、身動きができなくなっている。


そこに先ほど奪った刀を、近づけながら言った。


「これ以上やるならまずはコイツを斬る。どうする?」


「…っ分かった。この通りだからそいつを離してやってくれ」


足を斬られた男が刀を鞘に納めた。

鳩尾を突かれて蹲っていた男が、まだ苦しそうに顔を歪めつつも駆け寄って、その男に肩を貸す。


歳三が首を絞めていた男を解放すると、

3人は悔しそうにその場を後にした。


男達が去っていくのを見届けると、持っていた刀を投げ捨て、千代のもとに歩いてきた。


「何なんですかあの人たち?」


千代が先に口を開く。


「八王子のとある道場の奴らだな。多分。」


歳三は川の向こうを指差した。

この川を渡って川沿いに歩いていくと、八王子宿に着く。


「何でそんなところの人達が歳三さんに絡んでくるんですか?」


千代はしゃがんでいたせいで痺れた足に、顔をしかめながら立ち上がる。


「少し前に、八王子で道場破りに失敗したんだ。」


「失敗した?」


「ああ。半殺しにされて往来に放り出された。」


「失敗したのになんでまた…」


「その直後、俺を半殺しにした奴が誰かに殺されたんだとよ。そんで、あいつらは仲間を殺した犯人が俺じゃないかと思ってるらしい。」


「冤罪じゃないですか!」


歳三は黙った。

千代はふと視線を落とすと、歳三の二の腕から血が滲んでいることに気づいた。


「歳三さん、怪我してる…見せてください」


歳三の返事を待たずに着物の袖を捲り上げる。

二の腕には3寸ほどの刀傷があった。

傷自体は深くないものの、皮膚はパックリと裂けている。しばらくは出血が止まらないであろう。


千代は懐から手拭いを出すと、川に入り、それを濡らした。

濡れた手拭いで歳三の傷口を拭き取ると、そのまま腕をきつめに縛る。


「…手慣れているな」


歳三が呟いた。


「しばらくこうしておいてください。縫うほどではありませんが、傷口が膿むと厄介なので、帰ったら傷口を洗って手拭いも替えてくださいね。」


返事はない。


歳三は着物を直すと、歩き出した。

千代もその後ろに続く。


「…ところで、八王子の道場破りの件…

殺したの、歳三さんじゃないですよね?」


ふと気になって千代は問いかけた。


「………」


やはり歳三の返事がなかったため、

千代は追及するのをやめた。




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