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浅葱色の奇跡  作者:
多摩編
3/22

道場


歳三との最初の出会いは、千代が10歳の時だった。言わずもがな、彦五郎の道場で出会った。


歳三は千代の4つ年上で、千代が住む町の隣村の「バラガキ」と呼ばれていた。乱暴者に使われる通称だった。


***


千代の両親は宿場町で酒や薬を売って生計を立てており、名主である彦五郎はその卸先でもある。

父は仕事で彦五郎の屋敷に出入りしていたものの、そのうち道場が新設され、稽古が開かれるようになると、仕事ついでにそこへ通うようになっていった。

そんなわけで、千代が家業を手伝えるようになると、一番最初に彦五郎の屋敷に連れて行かれた。


道場があると言っても、稽古が開かれるのは月に何回か。稽古を開く師範は、数里離れた江戸の道場から出稽古に来ている形である。


(仕事ついでの稽古なのか、稽古ついでの仕事なのか…)


そんな事を思いながら、父と一緒に帰るべく、稽古を見学させてもらった。


すると、バシンバシンと竹刀のぶつかり合う音が響く中、1人だけ小柄な男がいることに気付いた。

男は自分より大きい対戦相手を次々に打ち負かしていき、

その中には千代の父も含まれていた。


(どんな奴なんだろう)


稽古中は防具を付けているため、千代のいる場所からは顔までよく見えなかった。

稽古が終わり、皆が防具を外し始める。

どんな強面の熟練剣士かと思いきや、出てきたのは、まだあどけなさの残る、清廉な顔つきの少年だった。


千代は驚いた。

あの少年が、大の大人をバタバタと打ち負かしていたのだ。


少年はすぐに帰りの身支度を整えたようで、

稽古を見学していた千代の横を、通り過ぎ様に話しかけてきた。


「お前、あのおっちゃんの娘なの?」


あのおっちゃん、と言いながら指差したのは、稽古に疲れてヘトヘトになった千代の父だった。


「…うん、そうだよ。」


「ふーん。実は俺ん家、薬屋なんだ。まあ、本業は農家なんだけど。」


後から聞いた話では、歳三の家は隣村で「お大尽」と呼ばれるほど大きな農家だったようだ。


歳三は背中に担いだ行李の中から包みを出した。 


「おっちゃん、多分今晩あたり身体が痛むと思うんだけど、どう?1つ買っていかない?」


「…ごめん、うちも薬屋だから…」


「なーんだ、同業者かー」


つまらなさそうな顔でそういうと、出した包みを再び行李の中に仕舞う。


「おーい歳。ここで薬の行商はやるなよー?」


まだ道場の中に残っている、師範らしき人物が注意をした。


「へいへい」


明らかに反省してない返事をしつつ、歳三はさっさと行ってしまった。


その背中を見送りつつ、後ろを振り返ると、さっきまでへたっていた父が神妙な面持ちでそこに立っている。


「千代、あいつになんか言われたのか?」


「ん?いや、父さんのために薬を買わないかって営業されただけよ。」


「そうか。なら良いんだが…」


普段はさほど干渉してこない父が、珍しいなと千代は思った。


「どうして?すごい強い子だったじゃない。」


「いや、あいつ、強いのはいいんだが、色んなところで問題を起こしててなあ。

近隣の村でも片っ端から喧嘩をふっかけたり、道場破りの真似をしたり、とにかく乱暴なヤツなんだ。」


「ふーん、そうなの。」


その時の千代には、どうでも良い話だった。

彦五郎の屋敷に来れば、顔を合わせることもあるだろうが、必要以上に関わろうなどとはそもそも思っていない。


だから、名前を聞いたのも、特に意味はなかった。

土方歳三だ、と父は教えてくれた。



まさかその後、故郷の昔馴染みに再会して、恋に落ちるなどとは、考えてもいなかったのだ。

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