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浅葱色の奇跡  作者:
江戸編
23/26

そうして、出稽古先にいた一部の面々が、試衛館にもたびたび滞在するようになった。

具体的には彦五郎宅に通っていた歳三と源三郎、

ーーそれから、山南敬介という男であった。


千代はこの男の名前に聞き覚えがあった。

時間溯行(タイムリープ)前、歳三が酔った時に、よく口にしていたからである。



ーー山南さんは、俺が殺した

と。


珍しい苗字であったため、千代もよく覚えている。

山南という名を呼ぶたびに、歳三があまりにも苦しそうな顔をするので、千代はその人が死に至った、詳しい経緯まで追及できなかった。


歳三が主に話していたのは、山南との生前のやり取りであった。

その話を聞く限り、勇と同じ様に、兄のように慕っていたんだろうなということが想像できた。


山南は色白でぱっちりした二重をしており、垂れた眉が武人らしからぬ愛嬌を醸し出していた。竹刀を握っているよりも俳句を読んでいる方が似合いそうな、いかにも文化人といった容貌である。


ーー実際、文武両道と言う話を、過去の歳三からは聞いていた。


歳三と源三郎、それから山南は、いわゆる指南役として、稽古に駆り出されている様子である。


「くそ…また負けだ」


千代が試衛館の庭を掃除していると、縁側から歳三の声が聞こえた。

横目で様子を見てみると、歳三が碁盤の近くで仰向けにひっくり返っている。反対側にすわっているのは山南だ。


「最近始めた割には、随分と上達してますよ。」


そんな歳三を見ながら、山南はふふ、と笑った。


(歳さんに囲碁を教えたのは、山南さんだったんだ…)


時間溯行(タイムリープ)前、千代は蝦夷地に赴いてから、歳三が他の士官達と度々碁を打っていた姿を目撃している。

本人曰く、「盤上の戦いにも、戦場と共通する部分がある」と言っており、千代も一度教えてもらったことがあるが、手加減を知らない歳三には手も足も出なかった。


(ということは、今の歳さんになら勝てるかも…?)


ふとそんな考えがよぎって碁盤を覗いてみたが、希望はすぐに打ち砕かれた。


「千代さんもやってみますか?」


千代の様子に気付き、山南が声をかけた。


「いえ、私は大丈夫です!ちょっと気になっただけで…」


「陣取り遊びですから、規則(ルール)は簡単ですよ」


柔かく微笑みながら、山南は言った。


「私より、歳三さんの方が戦い足りない様子ですよ…」


千代は、傍に転がる不服そうな歳三を箒の柄で指した。


「おや…しかし土方くんはそろそろ稽古に行かないと。」


山南に声をかけられて、歳三はしぶしぶ立ち上がった。


「仕方ねえ…山南さん、戻ってきたらまた勝負だ。」


「…負けず嫌い…」


うっかり千代が口を滑らせると「うるせぇ」と歳三が睨み、草履を引っ掛けてドスドスと道場に向かっていった。


「土方くんと千代さんは長いんですか?」


「え?えぇ、まあ、同郷というか…昔からの顔見知りではあります。」


「ほお…顔見知りですか。僕はてっきり恋仲なのかと」


千代は持っていた箒を落としそうになった。


「なっ…どうしてそんな…」


(「長い」ってそっち!?)


山南のその言葉を踏まえると、最初の質問の意味合いが変わってくる。

時間溯行(タイムリープ)前であればその通りであるがゆえに、千代自身も一瞬混乱をしかけたが、今のところそのような関係にはない。


「いやあ、土方くんに遠慮なく物申せる人って近藤さんと沖田くんくらいじゃないですか。

やり取りを見てる限り、千代さんにも気を許してるのかなーと思いまして。」


山南は他意のない表情で千代をじっと見た。


「どうなんでしょう…」


(確かに、気難しい気質(タイプ)であることには違いないんだけれど…)


山南の詮索を防ぐため、余計な部分は口をつぐんだ。

しかし、歳三が千夜に気を許している、という第三者からの言葉に、内心嬉しく思う気持ちもある。


(そもそも、歳さんて私のどこを好いてくれてたんだろう…)


時間溯行(タイムリープ)前の記憶を遡っても分からない。千代が恋した歳三は現在の歳三より数倍大人びており、そんな野暮なことを聞く機会(タイミング)はなかったのである。

ーーいや、そんなことを確認せずとも、当時の千代は歳三の発言や言動から、愛されている自信が持てたのだ。


当たり前だが、新選組副長になる前の、今の歳三は、千代のよく知る歳三より若くて幼い。

お互いの関係性に状況の違いはあれど、礼儀もなければ口も悪い。

しかし、やはり千代は歳三のことが好きで、その気持ちを押し付けないように、悟られないように立ち回っているつもりではある。

ーー自分と結ばれることが、歳三にとって吉なのか凶なのか、千代にはまだ判断がつかないからだ。


「変なことを言ってしまいすみません。ただ、きっと彼は守るべきものがあった方が…力を出せる性質(タイプ)なのかなと思いまして。」 


山南は盤上に視線を落とした。

そこにはまだ、歳三と山南の戦いの痕跡が残っている。


「まあ確かにそういうところはありそうですよね。普段は本当に自暴自棄というか…」


歳三に会うたび、いまだに新しい傷が増えているのを見ると、各所での喧嘩は続いているのだろう。

新選組という守るべきものができてから、歳三は成長したのではないか、というのが千代の見解である。


「これからどうなるんでしょうね…」


碁石を碁笥(ごけ)に片付けながら山南はぼやいた。


歳三の今後を心配しているのか、と千代は受け取ったが、

この時の山南の発言にもっと深い意味があったと知るのは、もう少し後のことである。

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