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浅葱色の奇跡  作者:
江戸編
20/26

再会1


時間溯行(タイムリープ)前、千代が新選組と初めて接点を持ったのは、1864年弥生(3がつ)、当時の将軍が2度目の上洛をする際に、将軍の侍医を担うことになった軍医ーー当時の師と共に京都に滞在していた時であった。


千代の師は、基本的には江戸の医学所で医術を教えており、診療をするのは将軍やその関係者が主であった。

そのため、将軍上洛の際に随行を命じられたのである。


その時の千代は、師やその弟子の指示に従って薬を処方する傍ら、簡単な外傷手当はしていたものの、まだまだ見習いとして術衣を洗濯したり、包帯を作ったりと言った雑務が主であった。


そんな中、臨時的に京の市内に設けていた診療所を、勇が訪れてきたのである。

千代は勇に茶を出したあと、すぐに仕事に戻ったため、勇がどんな理由で師に会いに来て、どんな話をしたのかは知らない。

当時の千代は、勇が彦五郎宅に出入りをしていた人物とは気付かなかった。

多摩に出稽古に来ていた話を歳三から聞いたのは、それから数年後のことである。


師と勇は、歳が近かった。

近藤の人柄を知った今では、きっと馬が合ったのだろうとも思う。

その訪問を境に、勇を局長とする壬生浪士組ーー後の新選組となる屯所に、師が出入りをするようになった。

怪我や体調不良が蔓延する男世帯に、師は頭を抱えており、千代も度々その手伝いに駆り出されるようになった。


***


歳三と再会をしたのは、京に滞在を続けてしばらく経った、水無月(6がつ)のことである。


深夜、滞在用として一時的に間借りしていた長屋の戸を、ドンドンと叩く音で目が覚めた。

千代が驚いて飛び起きると、聞き慣れた兄弟子の声が千代の名を呼んだ。


「先生が呼んでいる。行くぞ。」


「こんな時間に一体…??」


簡単に身なりを整え、医術道具の入った行李を背負って長家を出る。

急ぎ足で歩きながら、兄弟子が状況を説明した。


鴨川沿いの旅籠で事件があり、死傷者が多数出ている。先生は先に現場に向かったが、手が足りないので千代を連れてくるように指示されたということだった。


現場は凄惨な状況であった。

旅籠の周辺は、深夜にもかかわらず、多くの行燈で煌々と照らされていた。

浅葱色の羽織を着た壬生浪士組の隊士達が、血塗れで駆け回っているのが、遠くからでもよく見えた。

浪士と思われる死体はそのままに、捕縛されたのであろう者は恨めしそうに浅葱の羽織を睨んでいた。


「市中に逃げた者も1人残らず捕縛しろ!」


よく通る声で叫んでいるのは、局長の勇である。

千代に気付くと、

「こんな時間に申し訳ない。」

と頭を下げた。


「先生はどちらに?」


千代が聞くと、勇は旅籠の裏へと案内した。

表で駆け回っている隊士達とは別に、深傷を負った者たちがそこに集められていた。


「ああ、君たち、すまないね。」


師はすぐに千代達に気付いたが、怪我人を処置する手は止めなかった。術衣はすでに血に染まっている。

状況を察した千代は、素早くその手伝いに入った。


深傷の怪我は、針で縫合をしなければならない。

しかし、その痛みは想像を絶する。

気休め程度に薬は飲ませるものの、患者の体を抑える者がいないと、とても処置を続けられないのである。


縫合術を習得していない千代は、

師や兄弟子の治療の補助に徹した。


刀傷を見るのは初めてではなかったが、生死を彷徨うほどの重症者を、同時に何人も目の当たりにしたのはその時が初めてであった。

その場に充満する血の匂いに、吐きそうになるのを必死に耐えた。

縫合の必要がなさそうな者は、傷口を酒精(アルコール)で消毒し、さらしできつく縛った。


そうして、処置に使用した道具を軽く洗おうと、千代が1人で井戸端に向かった時だった。


「同志の仇!!」


物陰に潜んでいた浪士が襲いかかってきた。

千代は間一髪で刀を避け、持っていた処置具が地面に散らばった。

急いで逃げようとするが、思うように体が動かない。


「…っ誰か!!」


千代は震える声を必死に絞り出して叫んだ。


暗闇の中、頭に血が上った浪士は、千代が女だと気づいていない様子である。

救護をしているのを見ていたのか、浪士組の隊士とでも思っているのだろう。


何か対抗できるものがないかと、地面に散らばった処置具を手に取るが、目ぼしいものは見当たらない。


「誰か助けて!」


先ほどまでいた旅籠から、そう離れた場所ではない。

かつ、敵を1人も逃すまいと、浪士組の隊士達が目を光らせているはずだ。

千代は祈るように叫んだが、男は容赦なく刀を振りかざした。


(殺されるーー)


なす術もなく、千代は目を瞑った。


ーーしかし、


「ぐあっ…」


うめき声とともに、ドサッと男が地面に倒れ込む音がした。


「…大丈夫か?」


行燈の光に照らされて、

千代は恐る恐る目を開けた。

浅葱色が、目に飛び込んだ。


「怪我人の処置に来た者か?巻き込んですまない。」


千代を助けた男は、 行燈を置いて、散らばった処置具を拾い始めた。


「土方さーん!大丈夫ですかー?」


少し離れた場所から、隊士と思われる者の声がした。


「いきなりいなくなるので、びっくりしましたよ。」


「すまない、女の悲鳴が聞こえてな。」


土方と呼ばれた男は、地面に倒れた浪士を顎で差した。


「あ…ありがとうございました…」


ホッとしているはずなのに、千代の声は震えたままだった。


拾い集めた処置具を千代に渡すと、男は眉を潜めてじっとこちらを見た。


「あんた…どっかでみたことある顔だな。」


その言葉につられて、千代も男の顔を見つめた。


確かに、見覚えのある顔である。


「えぇ…土方さん…さすがにこの状況で軟派(ナンパ)はどうかと…」


「馬鹿か、違ぇよ。」


男はさらに眉間の皺を寄せ、後から来た隊士に拳骨を食らわせた。


(土方…?)


故郷ではよく聞いた名字だが、京では珍しい。


それが多摩のバラガキだと気づくまで、そう時間は要さなかった。





ーー不逞浪士の市中捜索は翌朝まで続いた。

その間、千代達も寝ずに、隊士達の救護にあたった。

怪我人の応急処置を終え、長屋に戻ったのは、正午を回った頃であった。

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