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浅葱色の奇跡  作者:
江戸編
19/26

夕陽


紅白試合からしばらく経つと、()()が子を産んだと言う知らせが試衛館に届いた。

母子ともに無事だが、つねの産後の肥立が悪いため、まだしばらくは実家に滞在するということだった。

夫である勇は、度々つねや子供の様子を見に行っているようである。


庭の落ち葉を箒で掃きながら、千代は道場の様子を伺った。

周助に代わり、勇が師範として稽古をとり行っている。たまに周助も顔を出している様子であるが、紅白試合で勇が勝利してから、徐々に主導権が勇に移っていった形だ。


そして、勇が襲名してから、門人も多少入れ替わった。

食客の面々は変わらずだが、試衛館に通ってきている者の中には、抜けていった者もいれば、新しく入ってきた者もいるようだ。



「千代!」



聞き慣れた声に、後ろを振り返ると、道場の門から庭を覗き込むような形で、清十郎が立っていた。

その手には小包を持っている。


「清十郎さん、こんにちは。」


千代は清十郎の方へ駆け寄った。

小包を受け取ると、まだ温かく、ふわりと餡子の甘い匂いがした。

きっと饅頭かどら焼きだろうな、と千代は思った。


「みんな、いまちょうど稽古中で…もう少しで終わると思うんですけれど…」


門人達は、掛かり稽古の最中である。

短時間でひたすら打ち込みをするこの稽古は、かなり体力を消耗するらしく、清十郎に気付く余裕はなさそうだ。


「あ、清十郎さんだ!」


声を上げたのは総司である。

2人1組で掛かり稽古をしている中、稽古の参加者が奇数名のため、1人あぶれてつまらなさそうにしていた。


清十郎が道場の方に寄っていくと、総司も庭側に出てきた。


「よかったら、お手合わせお願いできませんか?いま僕1人、相手がいなくって。」


「僕でよければ、ぜひ。」


総司の言葉に二つ返事で返すと、そのまま道場の中に吸い込まれていった。  


清十郎は、おおよそひと月に一度の頻度(ペース)で試衛館に来ている。

非番の日に、奉公先の近所で甘味を買って持ってくるのである。

縁側で試衛館の面々や千代と駄弁り、今日のように時々稽古に混ざることもあった。

日頃通っている士学館に対しては後ろめたさがあるようで、この事は秘密にしているらしい。


案の定、清十郎が持ってきた包みを開けると、出てきたのは饅頭であった。

千代が稽古の終わる頃合いを見計らい、饅頭と麦茶を盆に載せて道場の縁側に持って行くと、勇と総司が清十郎と談笑しながらやって来た。


「そっかあ、勇さんもお父さんになったんですねぇ。」


勇の子供が生まれた話をしている様子だ。

いつの間に下の名前で呼び合う仲になったのだろう、と千代は思った。


「いやあ、自分が子を持つなんて、いまだに実感が沸かないさ。

正直今まで、子供を可愛いと思ったことはなかったんだが、自分の子はやはり可愛いもんだから不思議だよ。」


「僕、子供好きなんですよ。奥様と一緒に試衛館に戻ってきたら、ぜひ抱っこさせてください!」


「清十郎くんは将来いい父親になりそうだなあ。」


勇は笑っている。


「子供好きといえば…総司くんもよく、子供と一緒に遊んでるよね?」


ふと千代は思い出し、総司に話を振った。


「え!?僕ですか??」


饅頭を頬張っていた総司は、驚いたように反応した。


「稽古終わりに、ご近所さんの子と遊んでるのをよく見かける気がするんだけど…」


試衛館の庭を掃除していると、垣根越しに子供と戯れる総司の声がよく聞こえてくるのである。


「あー、あれは遊んでいるというか…チャンバラの指南係というか…」


見られてたのかあ、と総司は照れくさそうに笑った。


「総司も子供に好かれるよなあ。

俺なんか、顔を見るだけで泣かれるから、あんまり近づかないようにしているよ。」


…確かに、黙っていると強面に見える勇は、子供からすると怖いのかもしれない。


「いや、僕も末っ子だから、よく分からないんですけどね、実は。

兄弟の世話とかしたことないですし。」


再び饅頭をかじりながら、総司は言った。


「総司くんは若いから、子供達も接しやすいんじゃないですかね。」


清十郎がそう言うと、総司は少しすむくれた。


「僕も子供っぽいってことですか?」


「ああ、いや。そうじゃなくて…」


「僕も数年後には清十郎さんみたいな甲斐性のある男になりますよぅ。」


口を尖らせながら、総司が言うと、

清十郎は笑った。


年上の扱いも、年下の扱いも心得ている。

やっぱり有能だなあ、と千代は饅頭を食べながら思った。



***



「そういえば、この前の余り布はお役に立ちましたか?」


日が傾きかけた頃、帰ろうとした清十郎が、千代に問いかけた。


「はい、譲っていただいてありがとうございました…!」


何のことかと言うと、紅白試合で使用した襷のことである。

襷を作るという話をしたところ、奉公先の呉服屋から、紅白の余り布を持ってきてくれたのだ。

本来なら古着のボロ切れで作る予定だったのだが、清十郎のおかげで、信じられないくらい質のいい襷が出来上がった。


「よかった。また貰えそうな布があったら、持ってきましょうか?

今後、赤子にも色々と入り用かもしれないし。」


「そんな…余り布といえど、呉服店の良い布を融通していただく訳には…」


「いや、どうせお細工もの(おもちゃ)にするような端材ですから。

沢山あって、在庫が処理しきれていないくらいなんです。」


やはり、清十郎の奉公先は大店なんだろうな、と千代は思う。

そして、在庫の管理を任される程度に、信頼を得ているのだろう。


「では、ご迷惑にならない程度にいただけたら嬉しいです。」


千代がそう言うと、清十郎は次来る時に持ってきます、と言って去っていった。


「いい人ですよねえ、清十郎さん。」


後ろでそのやり取りを見ていた総司がいる呟いた。


「うん、本当に…」


千代は同意する。


縁側に戻って、湯呑みを片付けようとすると、総司も一緒に付いてきた。


「僕、なんで千代さんと清十郎さんがお互いに縁談を先延ばしにしてるのか、分からないんですけど…」


「………」


返答に困る千代を眺めながら、

総司は続けた。


「お二人とも、普通に仲良しじゃないですか。

少なくとも、清十郎さんは千代さんにこうやって会いに来てるわけで…」


「…やっぱり、私に会いに来てるのかな?」


「え、違うんですか?」


いや、やはり自分に会いに来ているのだとは思う。


しかし、縁談に関しては保留だし、初めて会った時にその話をして以来、その話題になったこともない。


なので、これは友情()()()ーー

千代の中では、そう結論付けている。

…その方が、千代にとっては都合がいいのだ。


「もしかして…他に想い人でもいるんですか?」


総司が質問を重ねた。

ドキッとして総司の方を見ると、目が合った。

切れ長の瞳が、夕陽を反射して揺らめいている。

ここで何かを取り繕っても、見透かされそうな気がして、千代は悩んだ末に口を開いた。


「想っていた人はいるよ。…でも、残念ながら結ばれなかったの。」


「じゃあ、今もその人を想い続けてるんですか?」


「どうなんだろ…分からない。でも、幸せになって欲しいとは思ってる。」


「…どんな奴なんですか?その人。」


(どんな人だったっけ…)


時間溯行(タイムリープ)してから一年半。

正直、過去の記憶がどんどん薄れているのを千代は感じている。

愛していたはずの歳三の姿も、今の歳三に上書きされつつあるのだ。


「とにかく頑固で、負けず嫌いで…

でも、自分の信念を曲げない姿が、かっこいいって思ってた。」


千代が恥ずかしそうに笑うと、総司はなぜか目を逸らした。



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