表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
浅葱色の奇跡  作者:
江戸編
18/24

紅白試合


紅白試合当日。


試衛館には、朝早くから人が集まってきている。

千代が門前を掃除していると、見慣れた人影を遠くに見つけた。


「父さん!」


「千代!久しぶりだなぁ!」


勘次郎である。千代に気付くと、笑顔で駆け寄ってきた。


「元気そうでよかった。先にこれ、頼まれていたやつ。」


そう言うと、千代に小包を渡した。


手紙で事前に、勘次郎が紅白試合に参加する旨を知り、千代が実家から持ってきて欲しいと頼んでいたものである。


「ありがとう。母さんも変わりない?」


「ああ、お前に会いたがっていたぞ。」


「一緒に来てくれれば良かったのに。」


「そうなんだが、この時期、薬草の手入れもあるから留守番すると言っていたよ。」


高温多湿のこの時期、少しでも薬草の手入れを怠ると、しっかりとした薬にならなくなってしまうのである。


「父さん、1人で来たの?」


「いや、道場の皆と日野宿からずっと一緒に来たさ。昨日、ここの近くで一泊して、宿からは各々にここに集まることになっているんだ。」


「… 道場の人たちはみんな試合に出るの?」


「もちろん。なんせ、勇くんが当主を襲名するかもしれない、大事な試合だからなあ。」


…ということは、歳三にもおそらく会えるだろう。

そんな考えが頭を横切り、千代は1人で恥ずかしくなった。



***



紅白試合は、参加者の数に合わせて紅組・白組から1対1の一本試合で試合を続けていき、最後に勝ち数が多かった組が勝ちという、至って簡単な規則(ルール)であった。

紅組が、勇を大将とする出稽古組。

白組は、周助を大将とする江戸組、といった采配である。

つまり紅組が勝てば、勇の当主襲名が決定する。


千代はいつも通り、家事をこなさなければならないため、奉納試合のように表立って観戦をすることはできない。

家事の合間に、遠目から試合を見るのが精一杯である。


洗濯をしようと外に出た(タイミング)で道場の様子を伺うと、ちょうど試合が始まった様子だった。

道場だけでは人が入り切らず、庭の方まで試合待ちの列が続いている。

勘次郎のいる方の列に目を向けると、案の定、彦五郎や源三郎がいた。

総司はどちらに割り振られるのかと思っていたが、どうやらこちらの陣営にいる様子である。

そしてそこには、半年ぶりに見る、歳三の姿もあった。


反対側の列には、先ほどまで朝餉を食べていた、左之助、平助、一が並んでいる。最後尾には新八がいて、千代に気付くとひらひらと手を振った。


千代はそれに手を振り返す。



(あの人数だと、昼過ぎまで試合が続きそうだな…)



そんなことを考えながら、井戸端へと向かった。



***



案の定、試合はなかなか終わらず、

昼餉の準備を終えた後に道場に様子を見に行くと、

ちょうど終盤戦に差し掛かった頃であった。


庭の方まで続いていた試合待ちの列は、観戦の集団に変わり、

道場内には見慣れた面子(メンバー)だけが残っている。


どうせ昼餉に来る者がいなければ、千代の仕事は進まない。

残りの数試合くらい見る権利はあるだろうと、

千代は観衆に紛れた。


道場の中では、紅の襷を付けた者と、白の襷を付けた者が打ち合いをしている。

2人とも面をしているが、千代はそれぞれ誰なのかが分かった。(はじめ)と総司である。


彼らの近くに一年もいると、剣術に詳しくない千代でも、その構えや戦い方、身体つきで、顔を見なくてもおおよそ誰か分かるようになっていた。


「おお…」


すでに試合を終え、観衆になっている者たちがどよめいた。

総司が胴を狙った一撃を入れ、一がそれを寸前で防いだのである。


激しい攻防が続く中、千代は試合に見入った。



(2人とも、奉納試合で見た時より激しい…)



お互いのことをよく知っているからこそだろうか。

次の手を探り合う様子はなく、お互い無遠慮に打ち合いをしているように、千代は感じた。


一が総司の面を狙おうと一撃を入れたところを総司が交わし、一の胴に一本を入れる形で、勝敗がついた。


「あっっぶなかったぁ〜」


言葉とは裏腹に、面を外した総司の顔は、楽しそうに笑っている。

反対に、一は不服そうに、背後に控えていた新八に白の襷を渡した。


次に戦うのは、どうやら新八と歳三のようである。

2人は襷をつけて試合場の中に入ると、軽く頭を下げた。お互い、初めて対戦する様子である。


「始め!」


周助の声が道場に響いた。


2人とも間合いを取って、様子を伺っている。

初めに攻撃をしかけたのは、新八のほうだった。

しょっぱなから一本をとってやろう、とでも言うように、大きく踏み込んで竹刀を振る。


歳三はそれを受け止めた。

鍔迫り合いとなり、若干押されているように見える。

歳三も比較的がっしりした体つきではあるが、

単純な筋力は新八の方が強そうだな、と千代は思った。

新八の一撃一撃は重く、歳三はそれを受け止めるのが大変そうに見えた。


しかし意外にも、あっさりと決着はついた。

新八が振り下ろした竹刀を、歳三が擦り上げるように交わす。

新八の重心が少しぶれた。歳三はその隙をついて面に一撃を入れた。


「勝者、紅組!」


周助の声が響くと同時に、観衆(ギャラリー)はざわめいた。


「同点に追いついた…!」


千代の近くで試合を見ている男達が、楽しそうに話している。

最近入門した者達だろうか。千代との面識はない。


試合場から出た歳三は、勇に紅の襷を渡した。

それまで審判をしていた周助が防具をつけ始めたところを見ると、次が勇と周助の戦いーー最終戦となるのだろう。

ここまでが同点ということは、次の試合で勇の襲名の可否が決まることになる。


周助に代わって審判を務めるのは総司のようだ。

勇と周助が準備を整え、試合場の中で竹刀を構えて向き合うと、始めの合図をした。


緊迫した空気が流れる中、それを打ち破るかのごとく

勇が大股で間合いを詰め、攻撃を始めた。

周助はそれを軽々と交わしていく。

今年で66歳となった周助だが、さすがは現役師範である。

勇とは体格差もあるが、それを全く感じさせない軽快さだ。


これが、新選組局長になる男と、それを育てた親の戦いか、と千代は思った。

あまりの気迫に、その場にいる誰もが言葉を発することができない。



両者とも、なかなか一本を決められないまま、時間が過ぎた。



周助が、大きく踏み込み、勇の面に竹刀を振り下ろす。

勇はそれを交わしつつ、周助の脇をすり抜けた。

周助は勇の方に体を反転させたが、少し重心が振れて隙が生じた。

勇はそれを見逃さず、すかさず竹刀を振り下ろした。


ーーーバシン


竹刀で胴を叩く音が、道場内に響いた。



勇の襲名が決まった瞬間であった。



***



試合が終わると、

千代は参加者たちに麦湯を配った。

大麦を殻付きのまま煎って煮出した茶である。


周助には茶を出すようにとだけ言われていたが、麦湯には体温を下げる効果がある。

この場に適していると考え、千代が勘次郎に頼んで用意した。今朝、受け取った小包がその正体である。


人数が多いため、台所から薬缶(やかん)に入れて道場に持ち出し、その場で湯呑みに注いでいく。


一通り配り終えたところで戻ろうとすると、

通りすがりの縁側に、歳三が1人で座っているのが見えた。


「歳三さん、お久しぶりです。」


素通りをするわけにもいかず、千代から声をかける。

歳三の目が千代を捉えた。


「…ああ、久しぶりだな。元気だったか。」


「はい、それなりに。」


千代が麦湯を差し出すと、歳三はそれを一口飲んだ。


「お前、多摩にはいつ戻ってくるんだ。勇さんの子供も、もうすぐ産まれる頃だろう?」


「どうなんでしょう…周助先生には、()()さんが戻ってきても、しばらくは居て欲しいと言われているので…」


周助の妻は別居していると聞いているが、江戸に来てから一度も会ったことはない。

今まではつねが1人で切り盛りしていたようだが、赤子の面倒を見ながらこなせる量の家事でないことは、千代も身をもって知っている。

千代としても、できる限りつねの負担を減らしてあげたい意向である。


「年季を決めて来ているわけではないので、まだまだ先になる気はします。」


千代がそう付け足すと、歳三はちら、と勘次郎の方を見た。


「親父さんも、道場の奴らも、姉貴(のぶ)も、お前がいなくなって寂しそうだぞ。」


「そう言われると心苦しいんですが…」


千代は苦笑いをした。試衛館を手伝うと決めた以上、そのために尽くす。

それが千代の性分である。


とは言え、千代も故郷に心残りがないわけではない。

思いを馳せると寂しくなるため、千代は歳三に話題を振った。


「歳三さんはどうなんです?また喧嘩とかしてないですか?」


多摩で最後に見た時より、少し肌が焼けている。

手足に垣間見える傷跡から、きっと相変わらずの生活を送っているのだろうと思ったが、あえて質問をした。


「俺が大人しくしていても、ちょっかいをかけてくる奴が多いんだよ。」


歳三はバツが悪そうに首の後ろを掻いた。


「いっそ、歳三さんも試衛館に来ちゃえばいいんじゃないですか?」


歳三は驚いたようにこちらを見ている。

ついうっかり、冗談混じりに話してしまった自分を千代は恥じた。

今の歳三とは、そこまで親しい間柄ではない。


「いや、江戸までくれば、流石にそういう人達も減るんじゃないかなって思っただけですよ?

歳三さん、地元じゃ変に顔と名前が売れているから…」


しどろもどろになりながら、真意を説明すると、

歳三はふっと笑った。


(笑顔、久々に見たな…)


時間溯行(タイムリープ)前も、蝦夷地に渡ってからの旧幕府軍はなかなか厳しい状況だったこともあり、

歳三が笑う姿を見ることは少なかった。


「確かに、それは良い案かもな。」


そう言って、彼は麦湯を飲み干した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ