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浅葱色の奇跡  作者:
江戸編
17/24

打ち水


「紅白試合をやろうと思う」


ある晩のこと、夕餉の終わりに千代が茶を出しに行くと、勇や食客達に向かって、周助がそんな話をしていた。

いつになく周助の神妙な声に、千代は障子を隔てて、部屋の中に入る時期(タイミング)を伺った。


「紅白試合…ですか。それは、試衛館の中で2組に分かれて対戦するということですか?」


勇が周助に問いかけた。


「ああ、そうだ。お前に任せている、出稽古先の門人達がしっかり成長しているかどうか、確認したい意図もある。」


周助が回答すると、少し間が空いた。

勇がどんな表情なのかは、千代には分からない。


「…ということは、出稽古先の…多摩周辺からも人を集めるということでしょうか?」


「そうしようと思っている。江戸まで、どれくらいの者が来れるかどうかは不明だが、とりあえず明日の出稽古から各所で話をして、みんなの反応を見て欲しい。」


「分かりました。しかし、どうしてまた急に…」


「勇。私ももういい歳だ。まだまだ体は鈍っちゃいないが、元気なうちに隠居して、残りの人生や…そろそろ産まれてくるであろう、孫との時間を過ごすのもよいかもしれんと、最近は考えている。」


「それはつまり…」


「紅白試合は、出稽古組が紅、江戸組が白で行う。

紅組が勝ったら…勇、お前にこの道場の跡を継いでもらおう。」


部屋の中がどよめいた。


「ええ、ついに勇さんが!?師範だって、まだまだ全然元気じゃないっすか!」


新八の動揺する声が聞こえる。


「まだ跡を継がせると決まったわけじゃない。紅白試合で我々が勝ったら、この話はまた延期だ。

…お前たちは、私を師範に引き留めてくれるよう、一生懸命戦ってくれ。」


「…分かりました!」


新八は威勢よく返事をした。


「勇さんと敵同士かあ。やだなぁ。」


左之助がぼやく。


「出稽古先の人達って、俺会うの初めてかも!楽しみだなあ。」


「…舐めていると、きっと痛い目に合うぞ。」


無邪気な平助を、一が諭している。


(試衛館でやるのかなぁ…?)


そうなると、千代も色々と手伝うことになるだろう。

奉納試合の際は、道場名の刺繍をしたが…なかなか大変だった。

ーーできれば、あれはやりたくないな、と内心考えている。


一同が落ち着きを取り戻した頃合いを見計らい、千代は部屋の障子を開けた。



***



「千代、聞いたか?再来月に試衛館内で紅白試合をやるんだってさ。」


次の日、家事の合間に庭先で打ち水をしていると、

稽古終わりの新八に遭遇した。


(…再来月になったのか。)


今は文月(7がつ)。まさにこれから暑さが増してくる季節である。

確かに、遠方から人を呼ぶのであれば、少し暑さが和らぐ、再来月あたりが適当であると千代は思った。


「昨日、夕餉のときにちらっと聞こえてきたよ。」


割と最初から最後まで聞いていたが、盗み聞きしていたような後ろめたさがあり、そうは言えなかった。


「千代は、もともと出稽古先の見学に行ってたんだろ?どんな奴らがいるんだ?」


「どんなって…うーん。うちの父も通ってるし、宿場町の名主さんとかもいるし…」


千代は悩みながら、新八の立っている方を避けて、水を()いた。


「なんだ、おっさんばっかりか?」


「いや、若い人ももちろんいるよ。でも、出稽古先っていくつかあるんでしょう?」


勇や総司は、長い時は半月ほど多摩に出ずっぱりである。彦五郎宅以外にも、複数の拠点で稽古を行っていると聞いている。


「私が見学に行っていたところだけでも色んな人がいたから、一括りにこうとは言えないと思う。」


「そうかぁ。」


新八は残念そうに言った。


「…ところで。」


千代は視線を下げた。


「その格好、どうにかならないの?」


時間溯行(タイムリープ)前から、男所帯に出入りをしていた千代である。

怪我人の手当もできるし、医術の心得もある。

今更、男の裸を見てどうということはないが、

最近の新八は上裸が標準仕様(デフォルト)になりつつあった。

今時分からこの状態だと、来月頭には褌一丁で屋敷内を歩きそうである。


「いやー、暑くてさあ…そんな見苦しいものでもないと思うんだけど、どう?」


新八は冗談交りに両腕で力こぶを作ってみせた。

確かに、鍛え上げられた筋肉隆々の体は逞しく、美しいと言えるだろう。

しかし…


「見苦しくはないけど、暑苦しい。」


千代はバッサリと言い放つ。


「なんだよー、つれないなぁ。」


新八は不貞腐れた。

歳が同じであることもあり、この数ヶ月で、新八とは軽口を叩けるほどの仲になった。

彼自身が気さくな気質(タイプ)であることも、その要因だろう。


「新八くんにも水をかけてあげるよ。きっと涼しいと思う。」


千代は、手に持っていた柄杓で少しだけ水を(すく)い、新八の方に()いた。


「おっとぉ、やってくれたなぁ?ちょっとそれ貸せ!」


「やだーー貸しませんーー」


千代は柄杓を奪おうとする新八から逃げ回る。

ゲラゲラと笑い合う2人の声が、試衛館の庭先に響いていた。



***



ほどなくして、夕餉の準備をしていると、周助に呼び出された。


(遊んでいたのがバレたかな…?)


新八と戯れていたことを咎められるのかと、

千代は少し緊張した。


「もしかしたら、もう誰かから聞いてるかもしれないが、再来月に試衛館(ここ)で試合を開催しようと思っている。」


周助の言葉に、ホッと胸を撫で下ろす。


「それで、千代ちゃんには申し訳ないんだが…」


また刺繍かと思い、千代は身構えた。


「紅白の、(たすき)を作ってもらうことは、可能かな?」


(たすき)…ですか?」


周助は頷く。


「今回は試衛館内の試合だから、対戦者同士がそれぞれ紅白の襷を着けて、勝敗が分かるようにしようと考えているんだ。

それぞれ一本ずつ作ってもらえれば、試合ごとに使い

回して事足りるとは思うんだが…」


よかった、と千代は思った。

襷程度のものであれば、それほど大変ではない。

1日もあれば十分である。


「分かりました。作っておきます。」


「ありがとう。

それから、当日は試衛館で試合を行うことになる。

色々と世話をかけるかもしれないが、よろしく頼むよ。」


まだ暑さが残る中での試合となるだろう。

水をしっかり用意しておかなければ、と千代は思った。


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