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浅葱色の奇跡  作者:
江戸編
15/26

試衛館


()()は、豪胆な勇とは真逆の、物静かで繊細そうな女性であった。


試衛館に到着した千代を、青白い顔で出迎えてから、

近藤家の中を案内する際、ずっと口元を手拭いで抑えていた。

腹はまだそれほど膨れていないようである。


(悪阻(つわり)が酷いんだろうな…)


時間溯行(タイムリープ)前、奉公先の奥方も同じように悪阻に苦しんでいた。

悪阻に効果のある薬はない。

悪阻が続く期間や重さは人それぞれだが、とにかく気分が悪く、吐き気が収まらなくなるという。

特に特定の匂いーー食べ物の匂いで症状が出る場合が多く、そうなると食事を取れなくなってしまうのだ。


元気な子供を産むためには、母体が健康である必要がある。薬でどうにもできない以上、食べられるものを食べ、体を休めるのが最善だ。

千代は、一刻も早く、つねを里帰りさせてやらねばと考えた。


男には悪阻の辛さが分からない。周助や試衛館の面々の人の良さは千代も知っているが、男ばかりの環境の中で、つねが無理せざるを得ない状況になっていることは明白であった。


「千代ちゃん、ちょっとこっちに来れるかい?」


つねから一通り仕事の説明を聞き終わると、周助に呼ばれた。


連れて行かれた先には、男が4人並んでいた。

そのうちの1人には見覚えがある。

奉納試合に出ていた、斎藤一という青年だ。

千代と目が会うと、ペコリと頭を下げた。


「これがうちの食客だ。斎藤くんは、一度会ったことがあるかな?

斎藤くんの隣が、永倉新八くん、その次にいるのが原田左之助くん、そして藤堂平助くんだ。」


周助が説明をする。

いずれも聞き覚えのある名前に感じられた。

おそらく、全員が新選組の隊士になるであろう人物だと、千代は思った。


「今日からお世話になる千代と申します。よろしくお願いします。」


千代は深々とお辞儀をした。


「千代って呼んでいいのかな?俺たち、多分同年代だろ?」


永倉新八が口を開いた。

肩幅が広く、がっしりとした体つきであるが、

愛嬌のある顔で親しみやすさを感じる。


「今年で19になります。」


「ほらな、左之(さの)。やっぱり、同い年だ!」


隣の原田左之助を見て、嬉しそうに言う。


佐之助は新八に比べると、少々華奢に見えるが、

なかなかの美丈夫であった。


「新八さんと左之助さんも同い年なんですか?」


「いや、僕はお二人の一つ下です。

さっき遠目に見かけて、18か19か、きっと同じくらいだよねって話してたんだ。」


佐之助は丁寧に答えた。


「俺らのことは、気軽に呼び捨てで呼んでもらって大丈夫だからな。

一や平助に至っては、まだガキんちょだし。」


「ガキっていうな!」


新八の言葉に、平助は不服そうに頬を膨らませた。

平助はかなり幼く見え、

体格からしても、まだ成長途中なことがよく分かった。


「ちなみに、勇さんと総司くんは…?」


到着してから姿が見えず、気になっていたことを千代は尋ねた。


「あー、2人には最近ずっと、出稽古を任せていてね。勇はもうじき帰ってくると思うが、総司は実家が近いから、実家から通ってきたり、うちに泊まっていったりだよ。」


周助が答える。

てっきり、総司も食客としているものだと思った千代は、意表をつかれた。

何かあれば総司に相談しようと思っていたが、そういう訳にはいかなさそうだ。


そんな心配を察したのか、周助は付け加えた。


「ここにいる4人は、とにかく千代ちゃんの好きに使ってくれて大丈夫だから。

力仕事以外でも、指示を出せばそれなりにちゃんと動ける奴らだ。

…お前たちも、千代ちゃんが困っていそうな時は、積極的に手伝ってあげてくれ。」


周助の言葉に、4人は頷いた。


(とにかく、いい人達みたいで良かった。)


千代は素直にそう思った。


***


千代が来てすぐに、つねは里帰りすることとなった。

実家の家事は千代の母が行い、どちらかというと千代は家業の手伝いが主であったが、時間溯行(タイムリープ)前に武家屋敷で奉公をしていた経験から、家事全般の基本は心得があった。

何がどこにあるかが分かれば問題ない。

あとは、物量の問題である。


屋敷や道場の掃除は、食客達が日替わりで行っているということなので、そのまま継続してもらうことにした。


台所仕事はそれほど苦ではない。

朝に大量の米を炊き、それを3食に分けて出す。

そこに、朝は汁物、昼は主菜といったふうに料理を作り足して、夜は漬物やその日の残り物がおかずになる。

人数が多くとも、分量を変えればいいだけで、失敗することはない。


問題はーー


「…はぁ」


籠に入った洗濯物を見て、千代は思わずため息をついた。

まだ肌寒い季節であるものの、稽古では汗をかくということで、毎日最低6人分の稽古着を洗わなくてはならない。

洗い替えが少ないため、溜め込む訳にもいかず、尚且つしっかり洗って乾かさないと、嫌な臭いになるという。 

実際、食客達に洗濯を任せた際には、雑巾のような悪臭を放っていたそうだ。


千代に気を遣ってかどうか、(ふんどし)までは出されていなかったが、そのほか襦袢などもあると、これがなかなかの重労働なのである。




「あれー?千代さん?」


井戸端で桶に水を汲み、その中で稽古着を洗っていると、後ろから聞き慣れた声がした。


「総司くん!」


振り返ると、そこには総司が立っていた。

背中には行李を背負っている。


「多摩から戻ってきたの?勇さんは?」


「若先生は、寄り道するところがあると言うので、僕だけ先に。…洗濯中ですか?」


総司は赤くなった千代の手に視線をやった。


「手伝います。」


「いや、戻ってきたばかりなのに悪いよ。

私は大丈夫だから、ゆっくり休んで?」


「どうせ僕、この後やることないんで、暇つぶしさせてくださいよ。1人より2人の方が早いでしょう?」


総司はその場に行李を下ろすと、桶を挟んで千代と向き合った。


「この中のやつ、洗っていけばいいんですね?」


「…ごめんね、手伝わせちゃて。」


「暇つぶしですってば。

…そういえば、江戸で千代さんと話すのは初めてですね。なんだか変な感じだなあ。」


水の中でじゃぶじゃぶと稽古着を揉みながら、総司は言った。

言われてみれば、総司と最後に会ったのは彦五郎の道場である。

まだ数日しか経っていないが、すでに多摩が懐かしいような気分になった。


「…そうだね、これからよろしくね。

って言っても、総司くんは実家からここに通ってるんだっけ?」


「そうですね。まあ、日中はほぼ試衛館(こっち)にいますし、出稽古について行ったりもするので、なんとも言えない感じですけれど。

でも、これからは千代さんがいるから、ますます試衛館(こっち)に入り浸りになっちゃうかも。」


総司は悪戯っぽく笑った。


「私も、総司くんがいてくれると、何かと心強いよ…」


「あれ?食客の皆はどうでした?」


誤解を与えたかと思い、千代は慌てて言った。


「みんなすごくいい人たちだと思う!

けれどほら、総司くんのほうが顔馴染みだし。」


ならば勇も、という話にはなるのだが、

勇は歳が上であることや、新選組局長であった時間溯行(タイムリープ)前の記憶もあるため、少し構えてしまうのが本音である。

その点、総司は程よく気楽に接することができるのだ。


洗い終えた稽古着を絞ろうと、千代が苦戦していると、さりげなく総司が代わった。


「千代さんなら、きっとすぐ慣れますよ。僕のこと頼ってくれるのは嬉しいけど。」


稽古着をギュッと絞って総司が言う。

千代がやるよりも、しっかり水が切れていた。

あとは試衛館の裏に干して乾かすだけである。


「…ありがとう。本当にすぐ終わっちゃった。」


「こういうのは、誰かと駄弁りながらやるのが1番ですよ。」


総司はにこにこと笑いながら行李を背負い直す。


(しっかりしてるよなぁ。)


千代は素直にそう思った。

この歳で勇と一緒に出稽古に行っていることもそうだが、何をやらせても総司は有能なのである。


千代は洗い終えた洗濯物を抱え、試衛館に向かう総司の後ろをついて行った。


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