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浅葱色の奇跡  作者:
多摩編
13/26

酔い

※歳三目線のお話しです。


歳三が道場に入った時には、すでに他の面子(メンバー)が酒盛りを初めていた。


普段、稽古で使っている道場に座布団を敷き、それぞれの折敷に肴が載っている。

板張りで、他の部屋から離れているこの場所であれば、どんちゃん騒ぎをしても大丈夫ということだ。

気取らず、簡素な形式である。


「おお、歳、来たか!」


すでに顔の赤い勇が、よく通る声で迎え入れた。隣の空いている座布団をバシバシと叩く。


歳三は周囲を見渡した。

その場にいるのは、師範である周助、家主の彦五郎、源三郎、総司、それから勇である。


「…斎藤くんは?」


「今日中に行かなきゃならない場所があるとかで、先に帰ってしまったよ。

さっき一瞬顔を出してくれたんだがな。」


勇が答える。

歳三が勇の隣に座ると、流れるように盃を持たされ、酒を注がれた。

「お前が負けてくれたおかげで、俺の出番ができたんだ。礼をしなきゃなあ。」


歳三としては不本意だが、試合としては勇の大将戦が山場(クライマックス)であったろう。

そこで勝利を納めたのだから、上機嫌で然りといったところだ。


「しかし、なんで負けたんだ?喧嘩じゃ負け知らずだってのに。」


「…勇さんも分かってるだろ?喧嘩はなんでもアリだが、ああ言う剣術の場じゃ、そうはいかねぇ。

普段の稽古は、どんな相手か分かってるから勝てるだけさ。」


「そういうもんかねぇ?」


勇は感覚派である。直感で相手の剣筋を読むことができ、それに対応するために、自然と体が動くという。

歳三は違う。常に思考をめぐらせて、相手の弱点を探らないと勝てない。逆に言えば、弱点さえ分かれば勝てるのである。

喧嘩が強いのは、全ての人間に通じる弱点があるからで、防具を付けて、竹刀での戦いとなると、色々と制約が多い。勝手が全然違うのだ。


「歳三さん、聞きましたぁ?あの相手、千代さんの恋人ですってぇ」


勇と歳三のやりとりを聞いていた総司が、間から口を挟んだ。

まだそれほど酒を飲み慣れていないせいか、

完全に出来上がっている。


「…あいつに恋人なんているのか?」


「そりゃあいるでしょう。嘘だと思うなら彦五郎さんに聞いてくださいー」


総司は頬を膨らませつつ、彦五郎に絡みにいく。


彦五郎は総司を宥めながら、苦笑いで

「恋人じゃなくて、見合い相手だよ。」

と言った。


「ふぅん」


なぜ、彦五郎がそんなことを知っているのかは気になったが、歳三にとってはどうでもいい話である。


「結婚したら、千代さん道場に来てくれなくなっちゃいますよぅ」


よよよ、と総司は泣き真似をする。

酔うとなかなか面倒臭い奴だなと歳三は思った。


「じゃあ、去年の秋祭りで一緒に居たという男もあいつかなあ?」


源三郎の言葉に他意はないだろう。

しかし、歳三はどきっとした。


「なんだその話?秋祭りは、俺たちと一緒に行ったじゃないか。」


勇が不思議そうに尋ねる。


「いや、千代ちゃん、最後のほうで僕たちとはぐれてしまったじゃないですか。

多分、その後の話だと思うんですよね。

参道の脇で、若い男といちゃついてたって聞いたから。」


源三郎の情報には誤りがある。情報源を追及したかったが、歳三は黙秘を決め込んだ。

事実がどうであれ、人間は面白い話を優先する。

もし相手が歳三とバレたら、ここにいる全員に、あらぬ誤解を与えかねない。


「残念だが、確かにそれは俺たちじゃないなあ…」


「そう言えば、今日の千代さんお化粧してましたよねぇ?やっぱりあいつのためでしょうか…」


「そう言えば、今日はいつもと少し雰囲気が違ったね。」


「そうかぁ?俺は気が付かなかったが。」


男達は好き勝手に話を進める。


「こらこら、本人のいないところであれこれ言うのはよしなさい。」


ここまでのやりとりを静かに聞いていた周助が、飛び交う憶測に口を挟んだ。


「でも養父上(ちちうえ)、千代さんがいなくなったら、稽古にくる人間も減るかもしれません…」


勇がぼそっと言うと、周助は考え込んでしまった。


実際、千代が道場に通うようになってから、足繁く稽古に来るようになった奴もいる。

勘次郎が睨みを効かせているため、変にちょっかいは出せないが、

少しでもいいところを見せてやろうと、一生懸命、稽古に取り組んでいるのである。

目的はどうであれ、周助としては喜ばしいことに違いない。


「…試衛館(うち)の誰かとくっついてくれれば…」


「えぇー無理ですよーー、歳三さんより強かったんですよ?しかも、役者みたいに綺麗な顔でしたもん…」


総司が嘆く。

歳三は対戦した時の記憶しかないが、面越しに見える面構えは、どちらかと言うと軟弱そうに思えた。

ーーとはいえ、その軟弱そうな男に負けた訳であるが。


(面白くねぇな…)


自分が負けたことも、その相手が持ち上げられていることも、秋祭りのことが変な噂になっていることも、

歳三は気に食わなかった。


そして、並々と注がれた盃を、ぐい、と飲み干したのである。



***



目が覚めると、見慣れない風景だった。


昨晩、彦五郎宅に泊まったーーと言うより、酔い潰れて寝たことを思い出した。

厠の帰りに、千代を見つけたことも覚えている。

酔っても記憶は残る性質(タイプ)である。


「起きた?まったく…いくつになっても手がかかるんだから。」


姉の小言が二日酔いの頭に響く。


「悪いんだけど、水…」


「ほら!」


言い終える前に差し出された湯呑みを、歳三はぐい、と飲んだ。


「そういや、あいつは?」


「千代ちゃんなら、だいぶ前に家に帰ったわよ。もう正午前よ?」


そんなに眠っていたのか、と歳三は思った。


「あんたさあ…」


珍しく、のぶの歯切れが悪い。


「…なんだよ?」


「いや…千代ちゃんにちょっかいかけてないわよね?」


再び口にした水を噴き出しそうになってむせた。

咳き込みながら、歳三は答える。


「かっ…けてねぇよ、どうしてそうなる?」


「べっつにぃ〜?」


のぶはいかにも含みのある回答をした。


***


千代は、歳三が道場に通い始めた頃からの顔見知りである。

最初の出会いがいつだったかは正直覚えていないが、彦五郎宅で会うと、会釈をする程度の仲ではあった。

道場に通ってきてる、おっちゃんの娘、という認識だ。それくらいの礼儀は、歳三にだって持ち合わせている。


しかし、最近になって突然関わりが多くなった。

なぜか、千代が道場の練習に顔を出すようになったからだ。


器量よしであると思う。江戸の女のような華やかさはないが、田舎くさいとも思わない。

武家娘のような清廉さが、千代にはあった。

しかし、身近な女に手を出すほど、歳三は女に困っていない。

後腐れのない、その場限りの恋愛を楽しむ性質(タチ)である。


では、千代に対して何の感情もないのか、というと、どうもそういうわけではなかった。

自分が八王子の道場連中に目を付けられていた折に、千代を巻き込んでしまったことがある。

幸い、千代に怪我をさせるようなヘマはしなかったが、恐ろしい思いをさせてしまったという罪悪感を、歳三は感じていた。


故に、高幡不動の秋祭りで千代を助けたのは、その時の償いであり、

自分の傷の手当てをしてくれた恩返しのつもりであった。

背中に乗るよう促すと、千代は薄暗い中でもはっきり分かるほど顔を赤くしていた。

男慣れしていないのか、と歳三は思った。


(…いや、俺の知っている女達が、男慣れしすぎているのか。)


素直に、かわいいと思った。

それは情欲的なものではなく、無事に家に送り届けなくては、という庇護欲のようなものだった。

歳三は末っ子のためよく分からないが、妹がいたらこんな感じだったのかもしれなかった。


とはいえ、千代からすれば、関わりたくない相手であることは間違いないだろう。

現に、川原での一件以来、千代に避けられている…ような気はしている。

であれば、こちらも必要以上に関わらない方が、親切心というものだ。

そう思うのに。


(何だかなあ…)


二日酔いのせいか、胸の辺りがざわざわとしている。


珍しく化粧をしていると思えば、見合い相手のためだったのか。

そりゃそうか。

好いた相手に良く見られたいというのは、自然なことだ。


しかし、昨日、眠りにつく前、最後に見た千代の顔を思い出して歳三は思う。


ーーーやっぱり、飾らないあいつの方が良いけどなあ。




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