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浅葱色の奇跡  作者:
多摩編
12/26

夜の縁側


暮れ六つ(18時頃)に宴の準備を終えると、

のぶは千代に泊まっていくよう促した。


準備だけさせて帰すのも忍びない、もう日も暮れているし、家には使いを走らせてくれるというので、厚意に甘えることにした。

その背景には、無理矢理見合いの真似事をさせようとした両親ーー主に、父への反抗心もある。


作った肴の余りと茶漬けにした米で、2人で簡単に夕餉を済ませると、

あとは給仕だけだから、とのぶは千代を客間に連れて行く。


「みんな道場にいるから、少し五月蝿い(うるさい)かもしれないけれど…」


そう言って案内されたのは、裏庭に面した角部屋だった。

間取り的にはちょうど、道場の対称に位置する場所だ。


さすが、来客の多い家の妻だけあって、布団や体を拭くための湯桶なども、のぶはテキパキと用意をしてくれた。


「私は基本、台所か茶の間にいると思うから、何かあったら呼んでね!」


千代が礼を言うと、のぶは忙し(せわし)なく立ち去った。

酒と肴だけあれば、男どもは好き勝手やるから、とは言っていたが、ほったらかしという訳にもいかないのだろう。

名主の妻も大変だなあ、と千代は他人事のように思った。


***


道場の喧騒は千代のいる部屋にも聞こえてきており、

宴が始まったのが分かった。

持ってきてもらった湯桶で手拭いを濡らし、帯を解いて体を拭く。最後に化粧を落とすと、幾分すっきりとした気持ちになった。


やる事もなく、のぶの邪魔をするわけにもいかないので、そのまま布団に寝転ぶ。


(清十郎さんのこと、父さんになんて伝えようか…)


家に帰ったら真っ先に話題になるであろう事項に、千代は思いを馳せた。


清十郎の様子からするに、すぐに、というふうにはならなさそうだが、どちらかが断らない限り、いつかは結婚ということになる。


いっそ、時間溯行(タイムリープ)前の記憶がなければ、千代はすんなりと結婚を受け入れただろう。

まさか勘次郎が清十郎のような優良物件を引っ張ってくるとは思わなかったが、その優良物件を前にしても、結婚に全く気乗りしない自分に正直驚いているのである。

ーー歳三との恋を引きずっているわけではない。

あくまで、2人の死を回避するためーー

千代は自分に言い訳をする。


時間溯行(タイムリープ)をしてから、あと数ヶ月で1年となるが、いまだ新選組結成の気配は全くない。

ただ、千代が道場通いをするようになり、少しずつ、何かが変わっていることも間違いない。

現に、清十郎との出会いは、時間溯行(タイムリープ)前にはなかったものである。


そういった些細な変化も、これから起きるはずである出来事に影響が出るのか…

ひいては未来の自分と歳三の死にも、影響を及ぼすのかーー千代には分からなかった。


時間溯行(タイムリープ)をしたからと言って、現時点で千代にできることはそれほど多くない。

故に、できることをするしかないのである。


であればやはり、目標を達成するまでは、自分の身を固めることは得策でないと、千代は思った。

とはいえ、せっかくできた清十郎との繋がりは持っておきたい気持ちもある。

江戸で1番人気の道場に通っているのであれば、人脈も多いだろう。


父へはどういうふうに伝えるべきかーー

思考を整理しようと、気分転換のため、

千代はのぶが布団と一緒に持ってきた夜着に袖を通して、縁側に出た。


***


冬真っ只中の寒空の下、庭に出るほどの元気はない。雨戸を少しだけ開けて、縁側から外の冷たい空気を感じた。

道場の方から、ガッハッハと笑う勇の声が聞こえる。

さすがにどんな会話をしているのかまでは分からないが、盛り上がりの様子は千代のいる場所からも察することができた。




「何やってんだ、お前」


「ひゃあっ!??」


開いた雨戸の横から、ぬっと人陰が出てきて、千代は悲鳴をあげた。


「びっっくりしたーー!歳さん!?なんで!?」


驚きのあまり、うっかり歳さんと呼んでしまい、千代は焦ったが、当の本人は気づいていない様子である。


「いや、厠から戻ろうとしたら、雨戸が開いていたから閉めようと…」


千代の悲鳴に若干たじろいだ歳三は、裏庭の角にある厠の方を指差した。


「お前こそ、こんな時間になんでここに。」


「のぶさんの手伝いをしていて遅くなってしまったので、泊めさせてもらうことになったんです。」


「手伝いって…ああ…それは…なんだ、すまなかったな。」


自分たちのためだと察したのだろう。歳三は首の後ろを掻いた。


「お前もこっちにくればいいのに。その方がみんな喜ぶと思うんだけどな。」


「お酌くらいならできますけど…」


「いや、そういうんじゃなくて、お前も酒飲んで一緒に騒げばいいじゃねえか。」


「そんな()()()()()ことできませんよ。」


千代は苦笑いした。そういう場では、普通、女は給仕に回るものである。


「そうだよなあ、でも外国じゃあそういうのが普通らしいぞ。」


酒が入っているせいか、普段より饒舌な歳三である。


(歳さんらしいことを言うなあ…)


異文化を毛嫌いせず、使えるものはどんどん取り入れる。

千代はそんな歳三を、間近で見ていた。

多摩にいた時から、そういう考えを持っていたのか、と千代は感心した。


「おい、ちょっとそこ詰めろ」


「え?」


歳三は千代を押しのけて、雨戸の隙間から縁側に上がってくる。


「いや、戻る場所を間違えてません?道場は向こうですよ?」


千代は押しのけられながらも抗議した。


「頼む、ちょっとここで休ませてくれ…戻ったらまた勇さんに飲まさせられる…」


「お酒を?」


(そう言えば、それほど強くなかったよね…)


酒自体は好きなようで、よく飲む姿を見ていたが、

量自体はそんなに多くなかった記憶である。


歳三が千代の隣で縁側にゴロンと寝そべると、ふわっと酒の匂いが香ってきた。


「…結構飲まれたんですか?」


「あー…まあそうだな。最後負けたから、飲んで詫びろと飲まされた…」


薄暗い縁側で、歳三の顔色まではよく分からない。

しかしこの様子は、まあまあの酔っ払いである。

瞼を閉じていることに気づき、千代は歳三を揺さぶった。


「ちょっと、こんなとこで風邪ひきますよ!」


歳三は着物だけの着流し姿である。この格好で外にいたと思うだけで寒い。


「うん…」


聞こえているのだかどうだかよく分からない返事をしつつ、歳三は目を開く。


「そういやお前、昼間の化粧はどうしたんだ?」


千代の顔をじっと見て、歳三は聞いた。

気づいてたのか、と千代は思った。

日中は遠目で挨拶をしただけ。

近くで話すのは今日初めてである。


「ちょっと諸事情で母にやられまして…

やっぱり変でしたか?」


「いや、そう言うわけじゃないが、やっぱり…」


歳三の瞼が再び閉じる。


「やっぱり、なんですか?」


続きが気になって千代は問いかけたが、一向に返答はない。

間も無くすると、歳三の寝息が聞こえ始めた。


「…いや、嘘でしょ…」


寝た。完全に。


やっぱり何だと言いたかったのだろう。

続きが気になりつつも、こうなっては千代にはどうすることもできない。

千代は仕方なく、のぶを呼びに行った。

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