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浅葱色の奇跡  作者:
多摩編
11/25

試合終了後


勝敗が決定すると、本堂にいた人間はぞろぞろと帰っていった。


千代はすぐさま道場の面子(メンバー)のところへ駆け寄り、祝いの言葉を伝えたかったのだが、

当の本人達が今まで見たことがないほど喜び、盛り上がっている様子であったため、

その輪の中に入る勇気は出なかった。


「…とりあえず、待ってようか。」


男達の様子に若干引き気味ののぶが、本堂の入り口を指差した。


ちなみに、彦五郎は男達の馬鹿騒ぎに乱入していった後である。


本堂の入り口は広い階段になっていたため、2人はその1番下の段に腰掛けて、道場面子(メンバー)の熱が冷めるのを待つことにした。


のぶと他愛のない会話を続けていると、ふっと何者かに視界が遮られた。

見上げると、2人の前に男が立っている。

色白で垂れ目がちな優男である。


「…お千代さん、ですよね?」


あっ、と千代は思った。


先ほど、玄武館側で試合に出ていたーー歳三の対戦相手であった男だ。


そしてこの男が、父の選んだ見合い相手だと、千代はすぐに理解した。

急いで立ち上がる。


「はい、勘次郎の娘の千代です。…ええっと…」


正直、試合に夢中で見合いの話など忘れていた千代である。

今朝、母に教えてもらった名前を思い出そうとしたが、それより先に本人が教えてくれた。


「申し遅れました、僕は山内清十郎と言います。

…お父上から話は聞いているかもしれませんが、せっかくなので少しお話しできませんか?」


立ち上がって向き合ってみると、千代より頭ひとつ分、背が高かった。

清十郎は、少し気恥ずかしそうにはにかみながらも、千代の目をしっかり見てそう言った。


「えっと…少しなら…」


役者のような顔に、うっかりほだされそうになった。

とはいえ、父がどういう経緯で見合いの話に持って行ったのか分からない以上、むげにできないのも事実である。


のぶに助けを求めて視線で訴える。


「私ここで待ってるから、2人で境内でも散歩してきたらどう?」


期待した言葉と真逆の事を言われ、心の中でのぶを恨んだ。


高幡不動の境内は広いのだ。

初対面の人間…それも男と、それほど長く話を続けられる自信が千代にはなかった。


千代が困っていると、清十郎は押し切った。


「ご友人もこうおっしゃってますし、よければ一周だけ付き合ってください。」


「分かりました。一周だけなら…」


いっそ話が合わないなら、破談になるだろう。

父の顔を立てるため、無礼がないようにだけ気をつければいいのだ。


千代はそう思い直して、清十郎と歩き出した。



***



千代の思いとは裏腹に、清十郎との会話はそれほど苦にはならなかった。


父や母からの事前情報が一切なかったことが、逆に良かったのかもしれない。


千代が事の経緯を説明すると、清十郎は笑った。


「なら、まずは僕の自己紹介ですね。

歳はお千代さんの一つ上、20歳です。

ここからもう少し府中の方に行ったところに実家があり、鍛冶屋を営んでいますが、僕自身は江戸に奉公に出ているところです。

それで時々、玄武館に剣術を学びに通っています。」


「お千代さんだなんて…気軽に千代と呼んでください。

敬語もなくしていただいて構いません。私の方が年下ですし…」


「では、千代と。敬語は癖なので、しばらく難しいかもしれないけれど…僕のことも、ぜひ名前で呼んでくださいね。」


「それでは、清十郎さんとお呼びしてもいいですか?」


「もちろんです。」


清十郎ははにかんだ。

こうしていると、先ほどの試合で歳三相手に竹刀を振っていたのが嘘のように思える。


「失礼ですが…どうして私との縁談を?

清十郎さんなら、お相手はいくらもいらっしゃるでしょうに。」


「いやあ、そんなことないですよ。実は僕、結婚とか縁談とかそういう事には、どうもあまり興味がなくて…

でも今回は、相手が道場通いをしているらしいという話を聞いて、ちょっと気になったんです。

僕の周りには剣術に興味のある女子(おなご)なんていなかったから、面白いかもなって…」


(剣術に興味があるわけではないんだけれど…)


千代はそう言いかけたが、心の内に留めた。

剣術に興味がないなら、なぜ道場に通い、奉納試合まで観にきているのか、説明ができない。

「そこに通う男達の動向を見に行っている」などと本当のことを話せば、気味悪がられるか、男好きと思われるほかない。

自分をよく見せようとも思わないが、変な誤解をされるのは本望ではなかった。


「…それで、遠目から私のことを観察されてたんですね。」


「気分を悪くされるかもしれませんが、

正直、本格的に話が進む前なら、まだ断ることもできるかなって。

相手のことをよく知らずに、親の意向のままに結婚するなんて、そんなの僕は嫌なんです。

自分のことは自分で決めたい。」


清十郎は申し訳なさそうに、それでもハッキリと千代に言った。


「いえ…私も同じです。

正直、結婚だ縁談だと言われても、どうすればいいのか分からなくて。

なので、清十郎さんがそういうふうにおっしゃってくれて、少し安心しました。」


少なくとも、無理矢理結婚という形にはならなさそうだな、と千代は思った。


「僕たち、気が合いそうだと思いませんか?

縁談のことは置いといて…という訳にはいかないかもしれませんが、まずは仲良くしてくれたら嬉しいな。

…お世話になっている道場の門人を負かすような奴は、お気に召しませんかね?」


冗談ぽく笑いながら、千代に問いかける。


「いいえ、そんなことはありません。見事な腕前でした。」


「もし江戸に立ち寄ることがあったら、ぜひ玄武館の稽古も見に来てください。」


「ええ、ぜひ。」


社交辞令だろうと、千代は軽く返事をした。


そうして、お互いの両親のことや、今日の奉納試合の話などをしているうちに、気づけば本堂に戻ってきていたのである。



***



その晩、彦五郎の屋敷では、祝勝会と称してささやかな宴会が開かれることになった。


必然的に、その準備はのぶがやることになる。

千代はのぶを手伝うために、そのまま彦五郎宅へと向かった。


「…それで、どうだったの?さっきの人!

すっごい美男子(イケメン)じゃなかった?」


台所に着くや否や、千代の想定していた通り、

のぶは興味深々で清十郎の話題を振ってきた。


その手には包丁を持ち、肴にする漬物をザクザクと切っている。


清十郎と別れ、本堂に戻った時には、さすがに道場の面子(メンバー)も帰り支度を始めており、みんなで一緒にここまで戻ってきた。


帰路の道中、のぶは千代と話す機会(タイミング)を伺って、うずうずしている様子だった。


「どうって…世間話をしただけですよ。

というか、のぶさん実は最初から知ってたんじゃないですか?」


千代は人数分の皿を拭きながら、じと目で聞き返した。

日が暮れるまで時間がないので、準備を急がなければならない。


「…どうしてそう思ったの?」


「私、今日父に、薄紅色の着物を着ろって言われたんです。

清十郎さんが私を見つけられるようにそう言ったんだと思うんですけど、のぶさんと着物の色が被る可能性もあるわけじゃないですか。

それに、今思えば、清十郎さんに声をかけられた時の対応も…

見知らぬ男と2人にさせるなんて、いつもののぶさんなら絶対しないだろうなと思って。」


怖いもの知らずでお調子者ののぶであるが、身内を守る意識は強い。

千代は続けた。


「事前に、父から話をされてたんですよね?」


「そっかそっかあ、あの人、清十郎さんって言うのねえ〜」


「もー、のぶさん!」


はぐらかそうとしたのぶを、千代は咎める。


のぶはカラッと笑った。


「いやー、ごめんごめん!勘次郎さんから事前に話はあったよ。

でも、言われたのは、薄紅色の着物を着ないでくれっていうことだけ。

あと、万一お相手が変な奴だったら、近づけないでくれとも言われたかな?

でもまあ、玄武館の人だって素性も分かったし、大丈夫かなーって。」


一応、父も父なりに心配はしてくれていたのだろうか。

父に対する怒りが、のぶの言葉で少しだけ…ほんのちょっとだけ軽くなった。


「と言うことで、お相手の情報は何にも知らなかったのよ。

でもさ、誠実そうだし、剣術も強いし、なかなか良い相手じゃない?

ほら、長生きしそうな人が好み(タイプ)って前に千代ちゃん言ってたのにも、当てはまりそう。」


そんなことまでよく覚えていたなと、千代は思った。


「正直、私には勿体無い人だと思います…」


率直な意見を述べる。

勘次郎は一体、どんな伝手で清十郎に縁談を持ちかけたのだろうか。

そう思うほどに、結婚相手として申し分ないことには間違いない。


「でも私、本当はまだ結婚したくないんです。」


「そっかあ、千代ちゃんにも色々抱えてるものがありそうね。」


一見無遠慮なようでも、こういうところで深追いしすぎないのが、のぶのいい所である。






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