土岐の末裔
「生まれ変わり?」
私は女性の言葉に思わず聞き返してしまう。
「あら?現代の言葉で言ったつもりだけど、わからなかった?」
「いや、意味はわかってます」
言っいる言葉の意味はわかる。
けど、言っている言葉の内容がわからない。
以前なら、そんな非科学的なことがあるわけないだろ。と、鼻で笑っていただろうけど、今や亡霊なんて非科学的なものが目の前に現れたものだから、否定ができない。
「そんな難しく考えなくてもいいよ」
女性は微笑みながらそう言い、
「そうね、魂を引き継いだまま・・・・じゃあわかりにくいか、前世の記憶を持ったまま新しい生を受けた存在って言えばわかるかな?」
「はあ、まあなんとなく」
とりあえず頷いてみたけど、その前の斎藤道三の亡霊というところでつまづいているから、話しが入ってこない。
だけど、そんな私を置いてくように女性・・・・瀧葉さんは話しを進めていく。
「あなたの名前も聞かせてもらってもいい?」
一瞬、言おうか言わまいか悩んだけど・・・・まあ、名前ぐらいならいいか。
「斎藤奈三です」
私の名前を聞いた瀧葉さんは「へぇ」と、なにか納得したような反応を見せる。
「私の名前になにか?」
「いえ、気にしないで」
気にしないでって言われたけど、そんな含みのある表情されたら、余計気になるんだけど。
ただ、ここで時間を使うのも嫌だから、それなら気になったことを聞いてみるか。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「あの女の子をわざわざ追い出したってことは、私になにか話したいことがあったんじゃないですか?」
「・・・・どうしてそう思ったの?」
瀧葉さんは少し間を置いてから聞いてくる。
「簡単な話しです。普通なら、私と面識があるあの子を通したほうが話しも進めやすいはずのに、あなたはもっともな理由を付けて、わざわざあの子を追い出した。それに、あなたとあの子のやりとりを見てて、あなたは礼儀を重んじているようにも見えたのに、あなたはそれを省き、あの子を追い出したのがどうしても不自然に感じたからです」
「・・・・・・・・」
いまだに暑い外を駆け回っているロリっ子に対し、ざまぁっと思いつつ、私は瀧葉さんに聞く。
すると、瀧葉さんが突然笑い出す。
「ふふふふ」
「私、なにか変なことを言いました?」
なんらおかしなことを言った覚えはないんだけど、
「いえ、ごめんなさい。ふふ、本当にあなたと殿は瓜二つだなと思って」
あれ?これ喧嘩売ってる?
「馬鹿にしてます?」
「ふふっ、その逆で感心しているの」
まるで誉め言葉みたいに言っているけど、私からしたら貶しているようにしか聞こえない。
けど、瀧葉さんは道三を見て、
「斎藤家の未来は明るいですね」
そんなことを言うが、道三は面白くなさそうに鼻を鳴らすだけで、不本意にも、その部分だけは道三と同じで私も面白くはない。
そう思っていると、瀧葉さんが話しを戻す。
「さっきのあなたの質問だけど、当たっていると言えば当たっているのかな」
要領を得ない瀧葉さんの言葉に首を傾げてしまう。
「本来なら私達だけの問題ではあるのに、無関係なあなたを巻き込んでしまったこと、さらには殿までも引き込んでしまったのは私にとって計算外なの」
「それは、あの子が勝手にやったということですか?」
「それも合ってはいるけど、正確ではないわね」
答えを濁す瀧葉さんだったけど、一拍置いて、
「姫に・・・・あの子に降霊術を教えたのは私なの」
さらりとカミングアウトする瀧葉さん。
「えっとー・・・それはつまり、勝手にやったのはあの子だけど、その原因を作ったのがあなただということですか?」
私の言葉に瀧葉さんは無言で頷き、
「改めて謝罪をさせてください」
そう言って瀧葉さんは頭を下げ、
「すべての責任は私にあります。あの子のことを怒ってもいいですが、どうか恨まないでやってください」
言い終わった後も、瀧葉さんは頭を下げ続ける。
・・・・正直、私からしたらどっちもどっちなんだよなぁ。
そう思っているけど、ただ、今は怒りを通り越して、諦めにも似た心境だから、瀧葉さんの謝罪もどう受け止めればいいのかわからない。
思わず私は道三と顔を見合わせてしまう。すると、
「あの子からはどこまで聞きました?」
下げ続けた頭を上げた瀧葉さんが、そんなことを聞いてくる。
「それは、私の後ろにいるお荷物を取り憑かせたことですか?」
後ろの道三がなにやらぶつぶつ文句を言っているけど、それは無視して、
「それとも、とあるお偉いさんを辞職させてほしいとかいう無理難題についてですか?」
昨日の夜にあの子に聞いたことを話すと、最後の部分で一瞬、瀧葉さんの表情が変わったようにも見えた。
「他には?」
瀧葉さんからさらに聞かれたけど、
「それだけしか聞いてないです」
これ以上のことは聞いていなかったから、普通にそう答えると、瀧葉さんは呆れたようにため息を吐き、
「あの子自身のことも?」
そう聞かれたので、率直な感想を述べることにした。
「そうですね。生意気なお子様とだけしか知らないですね」
それに対して怒られるかなっと思ったけど、瀧葉さんは私じゃなく、あのロリっ子に「まったくもう」と怒っていた。
「あの子のことだから、あなたに・・・・というより、他人に自分の過去を言って、同情されたくなかったんでしょうね」
瀧葉さんはそう言いながら「プライドだけは高い子だから」と、最後に付け加えた。
それについては、まだ会って間もない私でさえついつい同意してしまう。
しかし、過去ねぇ・・・・
過去という言葉と、同情という言葉を聞いて、ロリっ子の昨日の言葉を思い出す。
「それも、もうできない・・・・」
私が親に頼れば。と言った時にあの子から返ってきた言葉。
その時に見せた顔は悲しさに満ちていた。
・・・・ただまあ、貧乏神をくっ付けられた私としては、
「あの子の過去がどんなに悲惨でも、私は同情なんかしませんよ?」
多分だけど、同情のどの字も湧いてこないと思う。
私がそう言うと、瀧葉さんは笑い、
「あなたならそう言うでしょうね」
まるで、私の思考を見透かしたようなことを言ってくる。
まだ会って数分しか経ってない相手に、自分のことをわかったように言われるのは、とても気分が悪い。
けど、瀧葉さんは私の隠そうともしない不機嫌な顔を見ても、気にせず話しを続ける。
「あなたが聞いた、とあるお偉いさんという人物のことを話すには、まずはあの子の父親、土岐頼春【ときよりはる】について話したほうがよさそうね」
「土岐?」
その名前、どこかで聞いたような・・・・
「殿はもう気付いてますよね?」
瀧葉さんが道三に向けて言い、私も道三のほうを見ると、道三は気まずそうに目を背けっていた。
このオヤジ、なんか知ってるのに黙ってたな。
「なにか知ってるの?」
「いや・・・・うん。まあ、のぅ・・・・」
私が聞いても、道三は歯切れの悪い返事をするだけ。
すると、瀧葉さんがふふっと笑い、道三の代わりに答えてくれた。
「土岐頼春は、殿の手によって美濃の国主を追いやられた土岐家の末裔、つまりは土岐家の子孫にあたる人物なの」
あー・・・・なるほどね。それは言いにくいか。
道三の歯切れの悪さに納得すると同時に、
「ん?ということは、あの子も?」
自動的に、あのロリっ子も子孫になることに思い当たり、瀧葉さんに聞いてみると、
「ええ。土岐家の血筋を引く跡継ぎね」
瀧葉さんはあっさりと認める。
ふーん・・・・これも、このオヤジは知っていたわけね。
「いつから気付いていたの?」
「うぅむ・・・・最初に会った時、懐かしい気配を感じたもんでのぅ」
だったら、その時言えよ!
道三の立場からしたら、言いにくい気持ちもわからなくもないけど、なにも知らない私からしたら、その情報はもっと早く知りたかった。
だけどここで、一つの疑問が浮かぶ。
「でも、なんで私なんですか?」
私は瀧葉さんに聞く。
「そんな怨恨がある人物の子孫だという私に、助けを求めたり普通しますか?」
私の疑問に、瀧葉さんは「ああ」と納得したように頷き、
「まあ、もう数百年前の話しだし、未来の子が憎くもない相手を恨み続けるというのも滑稽じゃない?」
そんなふうに言われたけど、
「はあ・・・・そんなものですかねぇ」
時間のスケールが違い過ぎて、あまりピンっと来なかった。
しかし、まだあまり納得していない私を置いて、瀧葉さんは話しを戻し始める。
「それよりも、話しは戻すけど、あの子の父親である土岐頼春が、あなたが聞いたとあるお偉いさんとどう関係するかというと、それは彼が務めていた役職にあるの」
「役職?」
瀧葉さんはそこで一拍置き、そして言う。
「土岐頼春は前岐阜県知事、とあるお偉いさん、つまりは・・・・竹中夜半の前任者が土岐頼春なの」
その事実を聞いて、私は一つ思い出した。
「岐阜県知事・・・・土岐・・・・・その名前、前にニュースで見たような・・・・・」
最初に土岐という名字を出てきた時、どこかで聞いたことがあるなぁって思っていた。
それは、土岐家の歴史とか、そういった大昔の話しとかではなくて、数年前・・・・・・そうだ!二、三年前のニュースで、その名前が連日報道されていた。
すると、私の反応を見た瀧葉さんが、
「あなたが知っていてもおかしくないわね。土岐頼春の名前は全国でも報道され、大々的にニュースで取り上げられていたから」
そう補足してくれたおかげで、私の記憶も段々と蘇っていく。
「そうだ。確か・・・・報道では、汚職事件として扱われていましたよね」
まだ記憶が完全ではないから、確認するように聞くと、
「そうね。あの当時言われていたのは、世紀の大汚職だとか、悪徳詐欺師の大犯罪者だとか、それはもう散々な言われようだったわね」
瀧葉さんは濁すことなく、当時に報道された内容を口にする。
けど、その言い方はどこか納得していないようにも聞こえ、
「でも、私の記憶が合っているなら、確か土岐頼春という人は逮捕されていますよね?」
記憶にあった逮捕されたという報道について聞いてみたけど、
「ええ。一度の弁明も許されず、さらには証拠さえもないまま、ほぼ強制的にね」
瀧葉さんの口から出てきたのは、とても闇深いものだった。
「そんなこと、日本の警察がやりますか?もしそれで、証拠不十分で無実になったら、叩かれるのは自分達なのに」
今の日本でそんな不当な逮捕をしようものなら、それこそ報道機関が黙っていないし、ネット上でもすぐに拡散されて、大問題になるはずなのに。
そう思って、否定しようとしたけど、
「うまくかみ合った・・・というより、悪い方向でかみ合ったと言うべきか、大々的に出された報道が目隠しとなり、警察がそれに便乗し、逮捕までの流れが出来上がってしまったの」
瀧葉さんの言い分も否定できなかった。
当時の報道はかなり盛り上がっていたようで、ネット中毒者だった私の目にも入るぐらい熱を帯びていたから、どれが事実かもわからないデマも、大量に流布されていた記憶がある。
そして、瀧葉さんの言葉を聞いて、嫌な予測が一つ立ってしまう。
「・・・・・それじゃあまるで、報道機関と警察がグルになって、土岐頼春を追いやったようにも聞こえるんですが」
私が立てた予測に、瀧葉さんはなにも言わない。
なるほど。正解ってわけね・・・・・
瀧葉さんはなにも言ってはないけど、その沈黙がなによりの答えだと感じた。
うん。はっきり言って私の手に負えない。
そう断言できるほどの話しの内容だったけど、瀧葉さんの話しには続きがあった。
「マスコミが真実をしっかりと取材し、それを報道していたら、あの子の未来も全然違うものになったででょうね」
「・・・・報道で出された内容はすべて嘘だと?」
私がそう聞くと、瀧葉さんは無言で頷き、
「すべては最初から仕組まれていたことだったの」
瀧葉さんはそう前置きすると、今もない私のやる気を、さらに無くすような内容を口にする。
「当時、土岐頼春の秘書を務めていた、竹中夜半の手によって」