運命の出会い
時刻は深夜の二時。
当然ながら周囲に人通りはなく、聞こえるのは鈴虫の鳴き声のみ。
周囲に街灯はあるものの、数が少ないから全体的に暗い。
メールに書かれた通りに加納城址公園に来たのはいいけど、本当にこんなところに誰かいるのか?そう疑いたくなるくらい物静かだ。
さて、どうしようか・・・・
辺りを警戒しながら、私は脳内でイメージトレーニングをする。
この時間帯、それに人気がない公園、これだけでも用心するポイントが多々ある。
それに、これから会うであろう人物が一人とは限らない。
一応は護身用に防犯ブザーと催涙スプレーは持ってきてはいるけど、正直心許ない。
こっちがある程度有利になる方法を模索する為、公園の隅から隅までに気を配らせていたけど、神経を研ぎ澄ませていた私の耳に無粋な声が入ってくる。
「この雰囲気、懐かしいなぁ。加納城にまた来れるとは、長生きはしてみるものよ」
・・・・もう死んで亡霊になっているくせに、なに言ってんだこのオッサン。
私とは対照的に、感慨深そうに辺りを見渡す道三。
今までは家の中に引きこもっていたから、ワンチャン外に出たらこのオッサンから離れられるかも。と期待したけど、それは淡い期待だった。
地縛霊とかみたいにその場に留まる霊じゃなく、どうやら私自身に取り憑いた背後霊のようで、今も私の後ろにくっついている。
「懐かしいって、城自体が無いんだから懐かしさもないと思うんだけど?」
「ハッハッハッ!ワシが統治しておった時もすでに加納城は廃城しておったぞ」
「じゃあ、なおさら思い出なんてないんじゃない」
「廃城にはなったが、斎藤家は稲葉山城に居を移す前は、長らくこの加納城を拠点にしておったからのう。本丸が無くとも、この景色や街並みを見ると、やはり懐かしさが込み上げてくるものよ」
哀愁漂わせてるオッサンには悪いけど、私からしたらふーんという感想しか出てこない。
そんなことよりも、ここにいるであろう人物がどこにもいない。
公園内を見回しても人影はなく、やはり城址内部なんだろうと思うんだけど、時刻は夜中を回っているから、さすがに入口の門は閉まっていると思う。
でもなー、だからって石垣を登って中に入る気力もないしなー。
すでに気持ちが萎え気味ではあったけど、とりあえず入口がある門のところに向かう。
案の定、入り口である青い鉄の門は閉まっていて、中に入るにはこの門をよじ登るか、石垣を登るかしかなかったけど、ダメ元で門を押してみると、鉄の門はまるで私を中に誘うかのように、ゆっくりと開いていく。
「早く入って来いってこと?」
施錠がされていない門を見ながら、私は一人呟く。
考えてみれば、中に人がいるならその人物も中に入る為にこの門を使う可能性が高いから、開いてても不思議ではないか。
開ききった鉄の門をくぐり、中に入っていく。
城址内部は石垣に植えられた木々に囲われ、風が吹くと揺れる葉音が全体を駆け巡り、幻想的な雰囲気を醸し出している。
同じ外なのに、城址外部の空気間と内部の空気間が違うことに多少の違和感を感じつつ、内部の中心のほうへと歩いていくと、まだ遠目ではあるけど、火の光?みたいなものが何個か揺らめいているのが見えた。
内部に外灯などの照らすものはなにもなく、当然辺りは真っ暗。
火の光みたいなもので照らされた場所まで近づいていくと、そこに一人の人物が立っていた。
こんな真夜中に人がいるのか半信半疑だったけど、メールに書かれていた通り人がいたことと、その相手が一人であることに安堵しながらも、私はさらにその人物のもとへと歩いていくと、
「こんばんは。そして、はじめまして」
女性の声?いや、女性というより女の子の声みたいに声が若い。
それに、近付いてみて分かったけど、身長が私より低く、小学生は言い過ぎにしても、頑張っても中学生くらいにしか見えない。
ただ、目の前にまで来ているのに、相手の格好のせいで年齢が判断できない。
黒いローブ?みたいなものを頭から被り、まるで映画とかに出てくる怪しい魔法使いみたいになっているけど、声の若さや身長から、そういうのに憧れている痛い子なのかなっとも思ってしまう。
「あなたが私にメールを送ってきた張本人?」
「正確に言えば違うけど、その認識で大体合っているよ」
なんだろう。言い回しがまわりくどいな。
「私に過去の亡霊が見え始めたんだけど、これもあなたの仕業ってことでいいの?」
他の人が聞いたら頭の心配をされそうな質問だけど、その不安は相手の回答で吹き飛ぶ。
「そう!一生懸命頑張ってやっと完成させた自慢の降霊術なの!」
・・・・・落ち着け私。ここで殴っても意味がない。
例え相手が嬉しそうに言いながら、ローブの下では絶対にどや顔していたとしても、ここで殴りかかって、もし返り討ちに遭おうものなら目も当てられない。
腹の中は煮えくり返っていたけど、表情は崩さず、平和的な解決をしよう。
「それじゃあ、さっさとこの亡霊を除霊してくれる?」
私の後ろで話しを聞いていた道三は、なにやら必死に訴えかけてきたけど、無視しても大丈夫だろう。
降霊術がどれだけすごいのか知らないけど、死んだ人間を現世に降ろせるんだから、徐霊もすぐにできるだろう。
そう思っていたのに、相手は絶望的な言葉を私に送ってきた。
「それは無理」
「は?」
「霊界から降ろすと同時に一つの契約を結んだからね」
「契約?」
「降霊術に限らずだけど、すでに亡くなった者に干渉した場合、なにかしらの対価を支払う必要があって、対価を払った瞬間に契約が成立するの。そしたら、そのまま術者の願望を叶えるまでは、降ろした亡者に対してなにもできなくなるの」
それは契約じゃなく、一種の呪いでは?・・・・・頭が痛くなってきた。
頭痛がしそうな頭を押さえつつ、私は一つ一つ確認して行く。
「とりあえず聞いとくだけ聞いとくけど、まず対価っていうのは?」
「対価と言ってもあなた達には影響がないから、その点は大丈夫だよ」
いや、亡霊に取り憑かれた時点で影響が出てるんだけど!
しかし、あなた達?私以外にも亡霊に取り憑かれた被害者がいるってこと?
「じゃあ、術者の願望を叶えるというのは?」
「それは私の願望を叶えるってこと」
「あなたの願望?」
すると、目の前の相手は目元まで隠していた部分のローブをおもむろに取る。
そこで見たのは、間違いなく少女。しかも、女の私から見ても美が付くほどの美少女。
金色を通り越して、白くも見える長い髪をなびかせ、月明りで照らされた肌は透き通るような白さを放つが、それよりも特徴的なのが瞳の色。
左目は吸い込まれそうな綺麗な青い色の瞳だけど、右目の瞳は光を失ったかのようにくすんで見える。
だけど、全体的に完成されたその美は浮世離れしていて、私は気圧されそうになる。
そんな私に彼女はゆっくりと口を開く。
「私の願いはただ一つだけ・・・・・・一人の女性をあなた達に倒してほしい。ただそれけ・・・・」
表情は変わらなかったのになぜか、彼女の声に悲痛さを感じた。
それはまるで、私に最後の希望を託すかのように・・・・・
そして、この出会いと願いが、今後の私の運命を大きく変えることになるとは、この時の私には知る由もなかった。