怪しいメール
オッサンの口から出た名前に、私は立ちくらみしそうになった。
斎藤道三。美濃国、つまりは現在の岐阜県のお殿様だった男。
その生涯は、波乱万丈。そう言えば聞こえはいいけど、その人物像は最悪の一言に尽きる。
下剋上を成した盟主なのは間違いないが、そこに至るまでの過程が残虐非道だと語り継がれ、戦に敗れて死んだ際も、平民達は自業自得だと口を揃えたと言う・・・・
歴史的には織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などの数多くの活躍を見せた武将達よりはマイナーな存在で、教科書にも大まかことは載っているが、細かい経歴などは載っていない。
ただ、名立たる有名武将に比べると見劣りはするけど、大物なのは間違いなく、私が知りたいのは斎藤道三の歴史とかではなく、そんな大物がなぜ私の前に現れたのか?その一点。
・・・・まあ、目の前のオッサンが斎藤道三じゃない可能性もなくはないけど、亡霊になってまでそんな嘘を吐くメリットがないように思える。
さて、どうしたものか・・・・
道三のオッサン自身もなぜここにいるのかわかっていない様子だし、相手の素性が分かったことは収穫だけど、手掛かりになるものが一切わかっていない。
私が今後について頭を悩ませていると、狙いすましたかのようにパソコンから着信音が鳴る。
パソコンに目を向けるとメールが一通。
私は迷惑メールだと思いつつも、なぜかその時は、届いたメールをなにげなしに開いていた。
〝拝啓、斎藤奈三様〟
突然の連絡失礼します。この度メールを送らせていただいたのは、あなたの前に現れた一人の亡者についてです。
恐らくですが、突然の出来事に驚かれていると思います。
今の時代、平和に暮らしているあなたを巻き込んでしまったことを申し訳なく思っております。
ですが、私はあなたに危害を加えるつもりは毛頭ありません。
つきましては、あなたに見えている亡者についてお話させていただきたいので、今夜の深夜二時、場所は加納城址公園にてお会いできませんでしょうか?
そこですべてお話させていただきます。
「まるで見計らったようなタイミングね・・・・」
一通りメールに目を通した私は、無意識に思ったことを口にしてしまう。
だけど、こうもタイミングが良すぎるのも考えものね。
自分の部屋に隠しカメラか盗聴機、もしくはなんらかの罠を疑ってしまう。
私はもう一度メールを見ながらこの誘いに乗るかどうか考える。
メールを無視しても現状はなにも変わらず、もう死者ではあるけど、それでも私のプライベートが斎藤道三に脅かされる。かと言って、こんな怪しすぎる誘いにほいほい乗っかるのも抵抗がある。
さて、どうしたものか・・・・
どう動こうか悩んでいたけど、メールには続きがあったようだ。
【どうか、私達の希望となってください】
「なかなかどうして、現代の陳情書状の受領はた易くなったものよのう」
いつの間にか私の隣に来てメールを見た斎藤道三がそんなことを言い、
「して、お主はどうする?」
ニヤニヤしながらそんなことを聞いてくる。
・・・・これはあれね、面白がってるというより、ワクワクしているって言ったほうが正しいのかもね。
現代語で書かれたメールを理解したとは思わないけど、顔の表情や陳情と言っていたことから大体の内容を理解しているのね。
「はぁ・・・・とりあえずは一発殴る。その後にどうするかは決める」
私の言葉に満足そうな笑顔を浮かべる斎藤道三。対照的に全然笑えない私。
まったく、めんどくさいことこの上ない。
ただの変態の罠かもしれないし、不安材料は挙げればキリがないけど、現状を打破する為の必要な犠牲だと自分に言い聞かせ、私はこの誘いに乗ることにした。