午前会議【後編】
カランコロンと、凛一さんが頼んだオレンジジュースから、氷が溶けだす音が鳴る。
「それで、協力というのは、具体的になにをすればいいんでしょうか?」
凛一さんがそう聞いてきたので、私は少し考え、
「そうですね・・・・・」
そう言いながら、彼女に憑いている霊、稲葉一鉄について聞いてみる。
「具体的な話しをする前に聞きたいんですけど、今憑いている霊がどういった存在かはご存じですか?」
「えっ?い、いえ」
どうやら、凛一さんは稲葉一鉄の正体について、なにも知らない様子で、
「まったく?」
もう一度私が聞くと、凛一さんは気まずそうに答える。
「えっとぉ、名前だけは聞きました」
「それ以外は?」
「それ以外は・・・・ごめんなさい。幻覚だと思ってて、それ以上のことは聞いてないです」
べつに謝る必要はないし、むしろ、その反応のほうが正常だと思う。
「いや、私も取り憑かれていなかったら・・・・」
そう言いながら、私は上を向く。
そこには優雅に浮かぶ道三の姿。その道三を睨みながら、
「こんな話し信じていませんよ」
私がため息まじりで言うと、つられて上を見ていた凛一さんも、
「そうですよねー・・・・」
苦笑いを浮かべながら答える。
道三のせいで変な空気になりつつあったけど、
「まあ、私のことは置いておいて、話しを戻しますけど」
私は気を取り直して、さっきの話しを続ける。
「私に憑いている霊とあなたに憑いている霊には、どうやら、一つの繋がりがあったんです」
「繋がり?」
「はい。あなたに憑いている亡霊は、自分のことを稲葉一鉄と名乗ったんじゃないですか?」
「は、はい・・・・同じ苗字だから、ご先祖様の守護霊なのかとも思ったんですけど」
・・・・へぇー、意外にも正解には近付いていたのか。
守護霊ではないと思うけど、先祖というのは当たっている。
「いや、その認識は正しいです」
凛一さんの見解を肯定しつつ、私は上にいる道三を指で差す。
「私に憑いているこの霊も、私の先祖らしいんで」
「そ、そうだったんですね・・・・」
私と一緒に道三を見上げ、困惑した様子を見せる凛一さん。だけど、
「でも、私達の先祖にどういう繋がりがあるんですか?」
困惑しながらも、視線を上からこちらに戻し聞いてきた。
「斎藤道三。という名前は知っていますか?」
私は道三の名前を出し、凛一さんに問いかける。
「え?それはもちろん知っていますけど・・・・・」
その質問に、凛一さんは戸惑いを見せながらも、
「有名な武将ですよね?岐阜に住んでいる人なら、大体の人が知っていると思いますけど」
道三について特に深い知識があるわけではなさそうだけど、それでも名前となにをやっていたかぐらいは知っていたようなので、私は頭上にいる駄霊を指で差す。
「このぐうたらな霊が、その斎藤道三です」
「へっ?」
「ついでに言うと、あなたに憑いている霊の稲葉一鉄は、斎藤道三の元部下です」
「・・・・・・」
畳みかけるように言われて思考が停止したのか、凛一さんの表情が固まった・・・・・と思った次の瞬間、
「ええええええええ!」
市役所で見せたリアクションそのままに、大きな声を張り上げ、その声は、賑わいを見せていた店内にも響き渡り、賑わっていた声がピタッと止まる。
「はっ!すみません!すみません!」
市役所の時とまったく同じリアクションと、同じ謝り方。
まるで、リプレイを見せられている錯覚が起こる。
そんな彼女の行動に呆れていると、
「どうしてそんな大物が⁉」
凛一さんは急に、前のめりになって私に聞いてきた。
「最初は私もなんで?とは思いましたけど、この亡霊が先祖だとしたら、一応は繋がりがあるから、取り憑かれても不思議ではないんじゃないですか?」
「ええー・・・・・」
凛一さんに取り憑いている稲葉一鉄も歴史上では大概な大物だけど、やっぱり道三のほうが有名だからか、凛一さんは道三を見て、顔を引き攣らせる。
「ただ、これに関してはいまだに私も半信半疑で、この亡霊が自分のことを斎藤道三って言い張ってるだけの可能性もあったんですが、あなたに憑いているその亡霊が、道三と言い張るこの霊に対して〝殿〟と呼んでいたから、その真偽もわからなくなりましたけどね」
そして、私の話しを聞いた凛一さんは、稲葉一鉄の言動を思い返したのか、
「た、確かに・・・・」
すべて信じたわけではないにしても、どこか納得したように頷いていた。
「それでここからが本題なんですけど」
私は改めて、そう言ってから、
「彼らが本当に斎藤道三、稲葉一鉄だと仮定し、さらには私達の先祖だということを認めた上で、なぜそんな有名な武将達が今頃になって、子孫である私達に取り憑いたかというと・・・・・」
そこで一旦言葉を切り、私は凛一さんを真っすぐ見る。
「それは、ある人物への恨みが原因なんです」
「恨み?」
「はい。その人物に対する恨みが募りに募った結果、なぜかこの亡霊達が呼び起こされ、私達に取り憑いたってのが現状です」
私の説明に対し、凛一さんの頭の上には大きな?マーク。それがふわふわと浮かんでいた。
うん。しょうがないよね。
私だって、自分で説明してても意味がわからない。
「まあ、なにを言っているんだって話しですよね」
「あっ!ご、ごめんなさい!」
彼女は慌てて謝ってきたけど、私の話しを聞いたら、誰だってそんな顔になるよ。
「いえ、仕方ないですよ。その人物への恨みと、私達が亡霊に取り憑かれた理由。その二つがどうやって結びつくのかなんて、普通に考えてもわかりませんよ」
私がそうフォローするも、凛一さんは「は、はあ・・・・」と、返事に困ったように、曖昧な声を漏らした。
だけどすぐに、
「・・・・・でも、誰なんですか?その人物って」
凛一さんのほうから、核心の部分へと迫ってきた。
「あなたもよく知る人物ですよ」
「私も知っている?・・・・・ってまさか課長?」
「違います」
誰だよ!思わずそんな言葉が口から出そうになったのを押さえ、私は一回咳払いをし、そして改めて、その人物の名前を口にした。
「竹中夜半・・・・・という名前は、もちろんご存じですよね?」
「え・・・・・?」
「その恨みを持たれている人物こそ、現職の知事、竹中夜半なんです」
「ええーーー‼」
もう見慣れてきたなー・・・・・
何度も見た、凛一さんの驚く姿。
「え?え!な、なんで竹中知事が?」
わかりやすく動揺する凛一さんに、
「私も詳しい話しは・・・・」
私はそう言いながら、
「この子から聞いたんです」
「え?」
ロリっ子を見る私につられて、凛一さんもロリっ子を見る。
「この子は霊を祓うだけじゃなくて、霊がどうして現世にとどまっているのか、その理由を探ることができるらしいんです」
「え・・・・そんなことまでできるの?」
凛一さんは目を丸くしながらロリっ子を見ると、見られたロリっ子はそれが正しいと言わんばかりに、首をぶんぶんと縦に振る。
「彼女曰く、霊が現世にとどまる理由は、大きく分けて二つあるらしいんです」
そこで私は一度言葉を切り、凛一さんに向き直った。
「一つは、生前にやり残したことや、忘れられない出来事があって、それを果たせないまま亡くなった霊がこの世に留まる。簡単に言うと、未練や心残りが原因なこと。もう一つは、恨みや怒りみたいな強い感情、そういった負の感情が魂を縛り付けている場合です」
その説明である程度理解したのか、
「じゃあ、今回の場合は・・・・・」
凛一さんは戸惑いながら言い、私は彼女の言葉に合わせて続ける。
「後者ですね。特に強い恨みが原因だと考えるのが妥当です。そして、その対象が誰なのかを調べたところ———」
「それが竹中知事だと・・・・」
私が言い終える前に、凛一さん自ら答えにたどり着く。
話しを聞き終えて、凛一さんは複雑そうな、それでいてどう理解したらいいのかわからないといった表情を浮かべる。
そんな彼女に、私は問いかける。
「竹中夜半が誰かに恨まれているとか、そういった噂は聞いたことはないですか?」
「そ、そんな噂、一回も聞いたことないですよ!そ、それに、知事は市民の方達から絶大な支持率を集めているんですよ?そんな人が誰かに恨まれているなんて・・・・」
「汚職とか、そういったことも?」
「そんな話しも、一回も聞いたことがありませんよ。第一、前知事の汚職によって傾いた行政を立て直したのが竹中知事なんですよ?そんな人が汚職をするなんてありえません」
もしかしたらと思って聞いてみたけど、やっぱりそう甘くはないかー・・・・
彼女が力強く否定すると、前知事という単語出た瞬間、ロリっ子の表情が一瞬険しくなる。
そうなんだよなー・・・・私腹を肥やすだけのただの小悪党だったら、もっと簡単な方法で辞めさせることができたかもしれないけど、竹中夜半はそういった実績や人気があるせいで、辞めさせる以前に、非難することすらも困難になっていた。
そんなことを考えていると、
「で、でも、仮にですよ?あくまで仮に、竹中知事が誰かしらに恨まれているとして、その恨みと私達の先祖、その二つにどういった関係があるんですか?」
もっともな疑問を凛一さんは口にする。それに対し、
「これもあくまで仮説ですが」
そう前置きをしながら、私は慎重に言葉を選ぶ。
「竹中夜半に強い恨みを持っている人間がいて、その人が斎藤道三や家臣だった稲葉一鉄を現世に降ろした。その理由として、斎藤道三は下剋上をして美濃の国主にまでのし上がった男。そして竹中夜半は絶大な権力を握る知事。謂わばこの岐阜県でトップに立つ存在です」
凛一さんの反応を見ながら、私はさらに続ける。
「その二つを照らし合わせた時、竹中夜半を今の地位から引きずり下ろすため、歴史上で下剋上を果たした斎藤道三を呼び起こしたんじゃないか・・・・・そう私は推測しています」
ロリっ子ではなく、あくまでも第三者が道三たちを降ろした。そういう筋書きで話しを進めていこうとしたら、
「引きずり下ろす・・・・・?」
凛一さんは、、引きずり下ろすという単語に不穏な気配を感じたのか、不安げな表情で聞いてきた。
・・・・・ちょうどいいか。
私はこのタイミングで、この亡霊たちの、除霊方法について話しを移す。
「はい。それがさっき市役所の時にも言った、条件に繋がります」
「な、なんですか?」
不安そうな顔を浮かべたまま、凛一さんが聞いてきたので、私ははっきりと告げる。
「竹中夜半を辞任させる。それが条件です」
「竹中知事を辞任させる・・・・・?」
一瞬、なにを言われたのか理解できないといった表情を浮かべる凛一さん。
「そうです。竹中夜半を辞任させることができたなら、この亡霊達も自然と消えるらしいです」
もう一度、わかりやすいように私が説明すると、凛一さんは数秒の沈黙の後、
「む、無理です!無理です!ムリムリムリムリ!」
慌てたように手を顔の前で振り、必死に否定する。
「竹中知事を辞任させるなんて無理に決まっています!な、なにより、知事は市民から絶大な支持を持っているんですよ?そんな人を私達だけで辞めさせるなんて、ほぼ不可能です!」
凛一さんははっきりと、そして強い口調で断言し、
「そ、それに、ここまで聞いておいて今さらなんですけど、それが本当に正しい方法なのか・・・・・確証はありませんよね?」
そう言いながら、凛一さんはロリっ子のほうに目を向ける。
「こう言ったら失礼かもしれないですけど、その、彼女の霊視?っていうのが、もしかしたら間違っているっていう可能性だってあるじゃないですか?」
ただでさえ、亡霊なんていう胡散臭い話しだから、そういった凛一さんの疑念も当然。
「確かに、この子が言ってることが本当に正しいという証拠はないです」
私は凛一さんの心情を理解しつつも、
「でも、この子に頼らず、自分達で他の方法を探すと言っても、霊的なことに知識がない私達では、どうすることもできないと思いますよ?」
他の選択肢があるなら私だってそうしたい。
だけど、降ろした張本人であるロリっ子が、竹中夜半を辞任させる以外、方法がないと言っている以上、他の方法を探すなんて現実的じゃない。
「それに、取り憑いている亡霊に聞いても、恐らく、いい答えは得られないと思いますよ?」
私はそう言って、稲葉一鉄のほうを見ると、稲葉一鉄は面白くなさそうに「ふんっ」と鼻を鳴らすだけ。
「それなら、他の選択肢がわからない以上、この子が言っていることを試す他、ないんじゃないですか?」
私が一通り言い終えると、
「そ、それは・・・・そうなんですけど・・・・・」
凛一さんは口ごもりながらもそう答える。
彼女もそれはわかってはいるようだけど、やはり相手が竹中夜半とあっては、やります。なんてこと、簡単には言えないんだろう。
「まあ、あなたの立場で考えたら、あなたの上司を辞めさせたいから、協力してくれって言っているようなものですからね。私としてもそこまで無理強いはしません。ただ、出来る範囲の協力をしてほしいんです」
これ以上の強要は逆効果。私はそう思い、なるべく無理のないことを提案することにした。
「竹中夜半がなにか行動をする際、私に連絡をください」
私のこの提案に、凛一さんは首を傾げる。
「それは、竹中知事を監視しろってことですか?」
「はい。ただ、四六時中監視してほしいってわけでなく、竹中夜半を見かけた際や、どこかに出かけるかもって時に、私に連絡だけしてもらえれば、それで十分です」
二十四時間見張ってろとか、そんな無茶を言うつもりもないし、私もそこまで鬼ではない。
「そ、それだけでいいんですか?」
凛一さんはそれ以外にもなにか、他のことを頼まれるんじゃないかと不安な顔で聞いてきたけど、
「はい。まあ、後々なにか頼むことはあるかもしれないですけど、今は竹中夜半の動向だけを見張っておいてください。」
私としては、竹中夜半の初動がわかるのはかなり大きい。
「わ、わかりました・・・・・」
まだ不安そうではあったけど、そこまで無茶な要求ではないことで、彼女もなんとか了承してくれた。
だけど、
「あの、本当にこれで、大丈夫なんでしょうか?」
凛一さんの目には、まだ迷いがあった。
正直、私だってこれが正解だなんてわからない。
私は凛一さんの言葉に、
「・・・・・それはまだわかりません」
そう答えることしかできなかったけど、唯一、言えることがあるとすれば、
「でも、現状を少しでも変えようと思うなら、やるしかないですね」
そんな、ありきたりな言葉しか、私は言えなかった・・・・・・




