第17話 チーム白音VSエレメントスケイプ その二
エレメントスケイプの四人が莉美に精神操作を施し、自分たちに魔力を供給するように仕向けた。
しかしあまりに大量のエネルギーはエレスケが制御できる限度を超え、やがて暴走を始めてしまう。
暴走を収めなければ精神操作の魔法は解けない。
しかし精神操作を解かなければ莉美の魔力は供給され続ける。
この事態を止められるものが、誰もいなくなってしまっていた。
倉庫内に渦巻いている魔力のエネルギーはあまりにも強大だった。
すぐにでも莉美の暴走を止めなければ、何か大変な事が起こりそうだと感じる。
白音は莉美に手を差し伸べ、声をかけ続けていた。
「莉美、あのね、わたし、佳奈みたいに何でもテキトーにできないから、それで莉美にプレッシャー与えてたかもしれない」
「おい…………、まあ、いいけど……」
こんな厳しい状況だというのに、佳奈は少し笑ってしまった。
こういう言い方はなんというか、とても白音らしい。
だが詩緒の魔法もまだ効果を持ち続けている。
白音の声も佳奈の呟きも、莉美に届きはしない。
「白音さんごめんなさい…………」
詩緒がそのことを伝えようとしたが、そらが制止する。
「いいの。白音ちゃん、続けて」
詩緒が音を自在に操るところは以前にも見ている。
だからそらは、声が届かないよう魔法で操作されることも想定済みだった。
そらには精神連携がある。
先程莉美に接触した際、そらは強制的に莉美とリンクを確立していた。
ただし能力強化の恩恵を受けていない中では、リンクできるのはひとりのみ。
白音の声を莉美に直接届けることはできないが、かみ砕いたそらなりの言葉で莉美に中継してやる。
莉美の脳裏には白音の姿が浮かんでいた。比喩ではない。
マインドリンクによってそらが作り出した白音の像が、莉美の視界の隅っこに描画されているのだ。
莉美にだけ見える幻術、という言い方もできるだろう。
落書きのような白音の似姿に漫画のような吹き出しが付いていて、そこに実物の白音の喋った言葉が文字として表示される。
ご丁寧に台詞の内容に合わせて、似姿がコマ送りでアニメーションしている。
そして似顔絵の下には『激おこ白音ちゃん』というキャプションが付けられている。
「莉美、あなた、わたしにできないこと、いったいいくつ持ってると思うの?」
だがそう言った白音を受けて、『激おこ白音ちゃん』の吹き出しに表示されているのはこうだ。
[お前はすごい、偉い、スーパーだぜ。おっぱいもおっきいしなっ!]
「おっぱい」のところで『激おこ白音ちゃん』が本当に激おこになった。
「一番にわたしをリーダーにって頼ってくれたのすっごく嬉しかった。でもそれで調子に乗って、みんなを守ろうって張り切りすぎたの」
白音は感情の限りに訴えるが、『激おこ白音ちゃん』はあくまでマイペースだ。
[世界中を敵に回したって、俺だけはお前の味方だぜぃ]
「ねえ、知ってる? わたしあなたのことすごく頼りにしてる。現に今も、あなたがいないと、もう…………もう…………」
[お前が一緒にいてくれなきゃ、世界も色褪せて見えるんだぜっ!]
似姿が、変に似ている分かなりの破壊力がある。
「莉美っ、早く戻ってこないと、もう許さないんだからっ!!」
[愛してるって言ってんだろっ。これ以上待たせるんじゃねぇぜ!]
『激おこ白音ちゃん』が左手を腰に当て、右の人差し指を目の前で立てた。
白音がイラッとした時によくやる仕草だ。
本人の特徴をよく捉えていたと思う。
そこで莉美が崩壊した。
抑圧されていた莉美の感情がはけ口を求めて心の表面に沸々と湧き上がり、やがて堪えきれずに噴出した。
「プッ…………」
莉美が辛抱堪らずといった有様で笑って吹き出した。
虚ろだったその瞳に光が戻ってくる。
莉美の固く閉ざされていた岩戸を、こじ開けることに成功したらしい。
だがそれでも、何故か魔力の奔流は収まらなかった。
正気を取り戻した莉美が自分の魔力の大量漏出に気づき、懸命に止めようとする。
しかしまったくコントロールできないようだった。
「あー……」
「な、何?」
一恵の不穏な呟きにとてつもなく嫌な予感がして、佳奈が聞き返す。
「軍曹に言われて様子見てたんだけど、莉美ちゃんて魔力が膨大すぎてコントロールができてないっぽいのよ。暴走したら怖いから、もう少し慣れてきたら魔力のコントロールの練習するって」
「怖いって、…………。で、でもお前とそらがいればなんとか…………」
佳奈の一縷の希望を断ち切って、そらと一恵はふたりで肩をすくめる。
「火山の噴火を素手で止めろって?」
色を取り戻した莉美は、しかしその場を動けないようだった。
「白音ちゃん、逃げて。止めらんない…………ごめんね」
しかし白音は歩みを止めなかった。
なおも莉美の方へとふらつきながら近づいていく
「その魔力量は、隣に立つも何も、あなたにしかない力じゃないの。わたしはあなたのこと友達として自慢に思う。あなたに今できることはそのすごい力を飼い慣らすこと。わたしたちにできることは、信じてそれを待つことよ! 夏休みは一緒に羽目外すんでしょっ!!」
白音の声はもう莉美に届いていたのだが、『激おこ白音ちゃん』が駄目を押す。
[Just do it!]
やがて、莉美の星石のある胸の辺りが輝き始めた。
「まずいの。あれは爆発の兆候なの」
「ば、爆発?! お、おい、莉美が爆発するってのか?!」
佳奈はそんな馬鹿な、と笑い飛ばしてしまいたかったのだが、そらに真剣な顔で頷きを返されてしまった。
規模の予測がまったくつかず、倉庫の外にどんな被害が及ぶか分からない。
一恵が隔離空間を作って倉庫を外界から切り離し、次元の壁で防御を講じた。
今できる最善の策だったが、莉美との魔力量の差を考えれば甚だ心許ない防備だと言わざるを得ない。
ただ、それでチーム白音もエレスケたちも、閉鎖空間の中で一蓮托生の身となってしまった。
莉美は魔力の奔流の中心にあってあまり動くことができなかったが、そんな仲間たちのことはしっかりと見えていた。
莉美はぐっと屈んで、光の辺りを抱え込むようにする。
「星石…………ちゃん? あなたはあたしの願いに応えてくれたんだよね。居場所をくれた。ありがとう。でも、あたしがそれを捨てるような真似をしたから怒ってるの? ごめんね、あたしが間違ってた。反省してる。でもね、でもね、だからってあたしの大切な人たちを傷つけるようなことは、ダメなの。いくらすごい宝石でも、それだけは絶っ対に、許さないっ!!」
拡散していこうとする魔力に対抗して、莉美はその真逆、押し縮める方へと魔力を集中させる。
「白音ちゃんが褒めてくれたあたしの根性、見せてあげる!!」
白音が体を引きずり、ようやく莉美のすぐ傍まで辿り着くと、その場にぺたんと座り込んでしまった。
もう立ち上がることはできそうにない。
手を伸ばせば触れられそうなところに莉美はいたが、しかし触れることはしなかった。
体を折り畳むようにして荒れ狂う魔力と戦っている莉美を邪魔しないように、そっと見守る
莉美が溢れ出る魔力に対抗し始めると、周囲への過供給が少し弱まった。
それでどうにかエレスケたちの作り出した幻覚である火炎や暴風が収まり、佳奈、そら、一恵は自由を取り戻した。
しかし三人はその場に留まり、白音に倣って静かに莉美の戦いを見守ることを選んだ。
白音が言ったとおり、チーム白音にできることは莉美を信じて待つことだった。
皆が固唾を呑んで見守る前で、その恐るべき破壊力を秘めた押しくら饅頭はしばらくの間拮抗しているように見えた。
しかし唐突に、その高圧炉のような危うい均衡はバランスを崩した。
白音たちの視界が白黒になった。
どういう理屈かは分からないが、すべての色が縮こまるようにして失われた。
そして色彩と共に、音も吸われて消える。
静寂の時は数瞬だったのか、数時間だったのか。
感覚が麻痺してしまってよく分からない。
やがて莉美の叫び声と共に世界が再び色と音を取り戻す。
「っしゃあ、勝った!」
莉美は両腕を高々と頭上に掲げてから、仰向けにパタリと倒れた。
その黄金色の変身が解ける。
「莉美っ!」
反射的に白音が莉美に縋りつくようにする。
「ふたりともっ! 平気かっ?!」
同じく考えるより先に走り出していた佳奈が、ふたりの傍に滑り込んだ。
しかしふたりに触れていいものかどうか、判断できなくて躊躇する。
「一恵?」
佳奈が共に走って来た一恵に救いを求める。
「大丈夫気絶してるだけ……かな? 寝てる、かも? ホントに星石に勝った…………の?」
一恵が不思議そうに莉美の体を突っついている。
確かにあの時莉美の体から爆発的な魔力の放出があった。
外向きと内向きと二種類の魔力。
それが相殺して綺麗に消失したのだが、魔力切れを起こした莉美はそれで気絶した……ように見えた。
しかし駆け寄って見れば既に魔力の大半は回復。
休んで寝ているようにしか見えないのだ。
「変身解けてるけど、星石が…………体の中にある。融合したみたい。信じられない」
やや遅れて駆けてきたそらが、莉美の魔力紋を調べてそう言った。
変身が解けているのに、確かにその胸にあるペンダントには星石がはまっていない。
「星石って喧嘩売れるものなのね…………」
莉美の胸に顔を埋めていた白音が、体を起こして溜め息混じりに言った。
呆れて莉美の穏やかな寝顔を見つめる。
だんだん腹が立ってきた。
エレスケたちもばつが悪そうにしながら、莉美の元へ集まってきた。
魔力の暴走が収まって、自分たちの魔法の制御を完全に取り戻したようだった。
四人とも既に変身を解いているのは多分、武装解除の意味合いがあるのだろう。
明らかにぼろぼろの白音の一挙手一投足に、かなりびびっている様子だった。
白音が腹を立てているのは莉美に対してだけなのだが。
詩緒が一歩前に出ると、真っ先に謝った。
彼女は結構譲らないタイプに見えていたのだが、深々と頭を下げている。
「ごめんなさい。魔法少女になれてアイドル活動が軌道に乗ってきて、それで欲が出てしまったの。莉美ちゃんがいてくれたらもっと上を目指せるんじゃないかって思ってしまった」
それに合わせるように、他の三人も謝罪する。
「ごめんなさい、ほんとごめんなさいっす。酷いことしました。ごめんなさい」
いつきが一番、可哀想なくらいに恐縮して平身低頭謝っていた。
この子は多分、人と感情を共有しやすい性質なんだろうと白音は思った。
共感能力が高いので人に寄り添って優しくなれるが、その分人の良くない側面もたくさん覗くことになる。
「わたしたちは本当に悪い事をしました。でもいつきは一番年下で逆らえなかっただけです。できたら彼女だけは許してやってもらえませんか」
紗那がそう言って頭を下げた。
本来はこういう謝り方はよくない。場合によっては火に油を注ぐだろう。
しかしそんな風に言われなくとも、いつきが巻き込まれただけなのだろうということは誰の目にも明らかだった。
かわいい子には味方をしがちな一恵などからすれば、これはむろしろアイドルグループ内での先輩によるパワハラ案件だろう。
「みんなは年齢的にそろそろ諦めようかなって考えてた私のために、最後のチャンスを作ろうとしてくれてたの。特に詩緒は、私のことを想ってくれてた……。だからってもちろん、何も許される事ではないんだけど、全部私のせいなの。本当にごめんなさい。リーダーの私が一番の元凶。私の身ひとつで、どうか……、どうか、許してもらえませんか。他の子にも二度と悪さはさせませんから」
千咲が、切腹でも覚悟していそうな悲壮な表情で深々と頭を下げた。
他の子たちが話す間も、ずっとそんな顔をしていた。
いったい何をされると思っているのか知らないが、白音たちはそもそも怒ってはいなかった。
どちらかというと、「こちらの方こそ、うちの莉美が迷惑をかけてすみません」という感じだった。
激おこ白音ちゃん、登場です。




