第9話 真夏の魔法少女たち その二
夏真っ盛りの魔法少女たちです
「わたしたち、☆エレメントスケイプ☆ですっ!」
エレスケの面々が、突然現れた憧れのHitoeに対して自己紹介をした。
得意の決めポーズまで披露している。
だが一恵は、それをちらりと一瞥しただけだった。
白音が心の中で「興味を持ってあげて!!」と叫ぶ。
しかし一恵が普段からファンに対して素っ気ない塩対応なのは、有名な話である。
だからエレスケたちもこの程度、多少無下にされたくらいではまったく気にもしない。
「ご、五人目がいて、それがまさかのHitoe様!!」
リーダーの千咲にとってHitoeは年下でありながら、芸能界で不動の地位を確立している嫉妬と羨望の対象である。
でもやっぱり好きだった。
「ちょっと、さすがにずるくない? そんなの、もう勝ち組確定じゃない」
紗那は千咲たちと共にトップアイドルになることが夢だったが、最近は動画の再生数も伸びなくなっていて、いろいろ悩むことが多くなっていた。
なのにぽっと出のライバルはメンバーにHitoeがいるという。
ちょっとくらい文句を言っても罰は当たらないと思う。
でもやっぱりHitoeが好きなのだけれど。
「あー、あなたたちアレね。名字川さんたちを見て、アイデンティティに危機感を覚えて偵察に来たのね」
一恵が身も蓋もない、寸分違わず図星を指した。
それで少しエレスケたちは不安になった。
Hitoeが、無表情の下で実は怒っているのかもしれない。
もしそうならライバルの偵察どころではなくなる。
明らかに今そこにある最大の危機だった。
「それじゃあスパイ確保。みんなで人気のない体育館裏に行きましょうか。四名様ご招待」
淡々と一恵が告げる。
「いや、ちょっ! 待ってっす!!」
「すみませんすみません」
「堪忍して、Hitoe様」
「ちょっと、あなたたち、Hitoe様の仲間なんでしょっ、止めなさいよっ!!」
エレスケは本気で焦っていた。
憧れのHitoeに嫌われたくなかった。
一恵はしかし、いつの間にか笑っていた。
もはや白音たちが見慣れたいつもの笑顔だ。
『人とは馴れ合わない孤高の人』として扱われることの多かった一恵が、エレスケからはひと目で『白音たちの仲間』と見なされた。
それが嬉しかったのだ。
それに元々、こんな風にかわいい女の子たちに囲まれてワイワイやるのは好きだった。
白音に近づくエレスケたちを少し警戒していただけなのだ。
「まあまあ。そろそろ行きましょうか。さすがに怒られそう」
白音は笑いを堪えるのに必死だったが、これ以上やっているとせっかくの夏休みに反省文とか書かされそうだ。
みんなを促して早々にこの場を離れることにする。
辛抱強く待っていてくれた警備員さんに頭を下げると、あんなに騒いで迷惑をかけたのに、
「気をつけてね。また新学期にね」
と笑って手を振ってくれた。
さらに彼は、周りに集まっていた女生徒たちにも優しく手を振って解散を促す。
「すわ、九人組新ユニット誕生か?!」
などと騒いでいた女の子たちは、白音たちの方を名残惜しそうに見ながらようやく帰路についた。
◇
都市部から少し離れたこの街は、それなりの人口を抱えるベッドタウンと、企業や工場、学校などがある誘致区画から成っている。
曙台高校は街の中心部、鉄道駅の近くにあるが、黎鳳女学院は郊外の誘致区画にある。
白音たちがアジトとして使っている大空家の元整備工場はその中間、ふたつの区画の境辺りにあるのだが、整備工場ができた当時は、付近一帯が長閑な桑畑だったらしい。
近くのスーパーで大量の食材や菓子、ドリンク類を買い込んでアジトに到着した。
荷物はすべて、一恵が次元ストレージと呼んでいる異空間の中に収納して運んでくれる。
なるほどそらが「便利すぎて怖い」と言っていたことの一端が垣間見えたが、多分そらが想像したものはまだまだこんなものではないのだろう。
買い込んだ食材以外にも、一恵はいろんなものを運んできていた。
今日に備えて相談がしてあったらしい。
家具とかカーテンとか、そらに頼まれたというPC一式もあった。
しかし既に全部次元ストレージに入っているということは、一恵がみんなの家を回って収納していってくれたのだろう。
(いや……1コ上の先輩を、便利に使わないでよ…………)
皆に代わって白音は、何度も一恵にお礼を言った。
一恵の持ってきた家具調度は、どうやら莉美の希望に寄ったものらしい。
おかげで配置するごとに悪の秘密結社感がハンパなくなっていく。
模様替えや掃除を、エレスケたちにも手伝ってもらう。一恵が頼むと大変快く引き受けてくれた。
エレスケたちも作業を開始するというと、魔法少女に躊躇なく変身する。
どこのチームでもやっていることなのだろうか。
一恵とそらが、何もない壁に向かって難しい顔をして相談していた。
ふたりは気が合うようで、よく一緒に悪巧みをしている。
白音と一恵の間にはいまだに壁があることを思うと、なんだか羨ましい。
そんなふたりが白音を手招きして呼んでくれた。
スキップみたいな小走りでふたりに駆け寄ると、ふたりが壁の一角を指し示した。
そこにはそらと一恵が楽しそうにふたりで写っているプリントシールが貼ってあった。
ふたりは白音に、そのシールに向かって魔力を流し込むように言った。
「シールは位置決めのために使ってるだけなの」
「手近なものがそれしかなくて。気にしないで下さいね」
問われる前にふたりが説明してくれる。
(ふたりでこういうの撮ってるんだ。へーーー)
と思いながら言われたとおり魔力を流し込んでみる。
みんな魔法少女に変身していたから、魔力には敏感に反応する。
全員がはっとして白音の方を見た。
すると、白音が手を触れたところを中心に壁の一部分、丁度扉と同じくらいのサイズの長方形が一瞬光を発したかと思うと消えた。
文字どおり消え失せた感じで、後にはきらきらと虹色に輝いてうねる光でできた液体のようなものが在る。
白音は勢いでその虹色の光に手を突っ込んてしまって慌てて引いた。
何かに触れたような感覚はまったくない。
「な、何これ。綺麗だけど…………触っちゃったじゃないのよ」
虹の光の向こうは別の時空に繋がっているらしい。
そう表現すればなんだか詩的で素敵だが、やっぱりちょっと怖い
一恵がいつもストレージに使っている空間と似たようなもののちょっと大きい奴、らしかった。
光がうねうねと揺らめいて見えるのは、光が位相の違いで時間軸、空間軸共に屈折しているせいだとかなんとか、そらがむしろうねうねと屈折した説明呪文を唱えている。
現実の空間上ではこの壁の向こう側は屋外なのだが、今は一恵とそらがセッティングした部屋に繋がっているとのことだった。
人間が出入りしても安全なことは検証済みだ。
「さっきのシールの位置に魔力を流し込んだら転移層が発動するようにしてあるから、今は魔力さえあれば誰でも開けられるわ」
一恵が難しい理屈はさておき、みんなで使えるようにその使用方法を簡単に説明してくれる。
「後で特定の魔力紋でないと発動しないようにセキュリティをかける。向こう側に同じものを設置しなかったら、ただの魔法少女捕獲罠なの。ふふ」
(ふふって、そらちゃんなんだか楽しそう。神さんの影響かなぁ。そらちゃん、友達選ばないといけない奴じゃないかなあ…………)
思いながら白音は、光の表面につんと指先を触れてみた。
本当に何も感じない。
その時白音の背後に、そっと黄金色の魔法少女が忍び寄っていた。
「捕獲ー!!」
のはずだった。
しかしまったくどうやったのかは分からないのだが、莉美の渾身の突き押しをかわして一瞬で白音が莉美の背後に回り込んでいた。
「正義の魔法少女はそんなに甘くないのよ。悪い奴、捕獲ね」
白音が莉美をどんとお尻で押すと、莉美が光の中に突っ込んでいった。
「押すな押すなは、押せぇぇってぇぇこぉぉとぉぉねぇぇぇ」
言葉の後半が妙に間延びして聞こえた。
屈折とやらの影響だろうか。
しばらくすると莉美が顔を出した。
顔だけが宙に浮いている。
「ただの物置だよう……」
次元扉の向こうの部屋には、そらが運び込んだ荷物が大量に積まれていた。
コンピュータルームにする予定だそうだ。
やはり悪の秘密研究所ではないか。
そらと一恵が「みんなも中に入ってみて」というので、エレスケも含めて全員で中に入ってみた。
安全は既に検証済みなのだが、異空間の居心地をいろんな人に試して欲しいらしい。
5メートル四方くらいはありそうな空間だが、荷物に加えて七人も入るとさすがに狭い。
しかしエレスケたちが一番目をきらきらさせていた。
「すごいすごい! レッスンとか撮影とかし放題じゃない!! いいなぁ」
「音漏れとかしないの?」
エレスケたちからの疑問には、外からそら答えてくれる。
例の間延びした声になっているが、ちゃんと会話はできるようだ。
「通路を閉じてしまえば情報の伝達はなくなる。音漏れという概念がないの」
そして奇妙に歪んで低くゆっくりと響くそらの声に、心なしか不穏な雰囲気が加わる。
「閉じ込められたら誰にも気づかれない」
「名字川さん閉じ込めるとか、かっ、考えただけで興奮する……」
ひそひそと一恵の声も聞こえてくる。
異空間から戻った白音が一恵を見つめた。
多分「閉じ込める」は冗談なのだが、「興奮する」は本当なのだ。
もちろん白音は怒っているわけではない。
一恵に対してくだけた調子でツッコんでいいのかどうか迷っていただけなのだが、無言でじっと見つめていたせいで一恵が焦り始めた。
「む、無理ですよ? 閉じ込めるなんて。名字川さん魔力が高いですから、あの剣、多分時空の境界にも干渉できます。だから、切ったら出られますよ?」
しかしこれにはそらが食いついた。
それは理論的にはあり得ない事象らしい。
「今度是非検証させて欲しい」
そらはひと言で言えば学究肌である。
母親はドイツからやって来た天文学者なのだそうだ。
そんな母親が伴侶に選んだのが日本人の宇宙物理学者。
それが父親である。
日独合同の深宇宙探査プロジェクトに共同で携わったことから発展した、いわば職場結婚だった。
これが当時は新聞の片隅にでも載るようなちょっとしたニュースなっている。
天才博士同士の結婚。
すわ、ふたりで宇宙の謎を解くのか、と騒がれたほどである。
以前はそらの何でも知りたがる性格が『血筋』と評されるのが嫌だったそうなのだが、今は両親からもらった『ギフト』と思って大切に考えているらしい。
なんというか、大人びている。
見た目は年相応で、白音たちとしてはちょっとお姉さんぶってかわいがりたくなるのだが、話していると年下だとはまったく感じない。
何かの研究をする、謎を解く、ということが楽しくて堪らない学者、といった雰囲気だ。
白音は「今度検証させて欲しい」と言われて、それはつまり自分を閉じ込める実験をするということなのかな? と想像する。
いよいよふたりが悪の天才科学者めいてきたように思う。




