第26話 姐さんのこと その四
白音は大魔道に、魔法研究施設を使わせてもらっていると伝える。
地下室には趣味の白音グッズなどのコレクションがあった怪しい研究室だが、寄る辺のない魔族親子、アレイセス、リビアラ、アーリエの三人がそこで当座の雨露を凌いでいる。
白音は勝手に使うことを少し申し訳なく思っていたのだが、大魔道はむしろ喜んでくれた。
「あそこが壊れずにのこっていたおかげで、ふたりは無事にアーリエちゃんを育てることができたんだと思うの。感謝してるわ」
「いえいえ、とんでもない。わたしは何もしてませんよ。あの荒野の中であそこに辿り着かれたのでしたら、それはそのお三方の力でしょう」
大魔道は白音とふたりきりで話をしていると、たまにこういう『良識ある大人』みたいな言動をする。
いつも佳奈や莉美たちのせいで『ツッコむことが日常業務』みたいになっている白音からすると、少し調子が狂ってしまう。
「白音様がそちらへ出向かれる際は、いつでも仰って下さい。周辺地域は様子が激変していて少々戸惑いましたが、あの地下へなら転移で直接行けますので」
そして白音が頼もうと思っていたことを、先回りして申し出てくれた。
「あ、ありがと……」
ふたりでそんな話をしながらせっせと掃除をしていると、いつの間にか不法投棄現場みたいなゴミの山がいくつもできていた。
「ではそろそろ、集めたゴミを捨てて来ましょうか」
そう言って大魔道がゴミの山の隣に転移魔法陣を出した。
「い、いえいえ。さすがにそんなこと、悪いわ」
大魔道は間違いなく世界最高峰の魔法使いであろう。
その卓越した能力をゴミ捨てになど使っていいものだろうか。
「わたし自身いつもやってますから、慣れてますよ」
この街は衛生管理が徹底されており、ゴミの捨て方も厳格に決められているらしい。
捨てる場所がはっきりと決められているから、転移魔法の使える大魔道には、むしろ捨てるのが楽なのだそうだ。
白音もゴミの山のすぐ隣に転移魔法陣があるのを見て、確かにゴミ捨てにはもってこいの魔法だなと思ってしまった。
大魔道は白音に対して流麗なお辞儀をしてみせると、ゴミと共に去った。
大魔道には申し訳ないが、白音はさらに捨てるべきゴミを集めて新しい山を作る。
そうしていると、議事室に莉美が入ってきた。
「もう、また働いて。あんまり働いてると、頭おかしくなるよ?」
開口一番、莉美がそんなことを言った。
(あれ? そうするとわたし、働こうが働くまいが、どっちみ頭おかしくなるんじゃないの。じゃあ好きに働かせてもらうわ)
頭の中がすっきりしたので、白音は莉美にも掃除を手伝わせる。
「んーん、くしゃい…………」
白音が、生ゴミばかりを集めた山を前にして鼻を摘んだ。
その姿が何故かツボにはまったらしく、莉美がころころと笑いながら魔法障壁で大きな箱を作ってくれた。
「この中に入れよ。後で蓋も作るから。ところで白音ちゃん、そのくしゃいって奴、後で動画に撮らせてね」
「い、いやよ、もう……。でも箱はありがとね」
先程も莉美は、そうやってアルトルド専用の巨大椅子を作っていた。
彼女は魔法障壁を、あり得ないくらい自由な形に変形させることができる。
しかし、本来この魔法障壁はそれほど自由度が高くない。
魔法少女であれば誰でも使えるただの基礎魔法に分類されており、普通は身を守るための壁を作る程度が精一杯のはずである。
なのに何故か莉美は、それを自由に変形してゴミ箱くらいなら簡単に作ってしまえるのだ。
「ビニール袋よりよっぽど便利ね……。あとで道士にまとめて捨ててもらいましょう」
そして結局、白音は大魔道も便利に使う。
白音が莉美の作った『ゴミ箱の蓋』を手にとって眺めていると、佳奈も議事室にやって来た。
皆なんだかんだで白音の姿が見えないので、捜していたらしかった。
「佳奈、今見張りの番じゃなかったっけ?」
「ジャンケンで勝ったから、そらに任せてきた」
一瞬、人手が増えて助かると思った白音だが、佳奈が平気でそんなことを言うのを聞いて憤慨した。
「ちょっと、あんた何さらっと酷いことしてるのよ!!」
「冗談だよ。マインドリンク繋がってんのに、ジャンケンで勝てるわけないじゃん」
「……まあ、それもそうね…………」
佳奈がにやりと笑った。
始めから、白音をからかうつもりでセリフを準備していたのだろう。
「それに、そらの遠隔鑑定に勝る見張りはないし」
「確かに」
ふたりでそんな話をしていると、見張りに就いているそらが精神連携で会話に加わった。
[この場は佳奈ちゃんに譲ってあげるの]
[そらちゃん? そらちゃんはそれでよかったの?]
[見張りは誰かがしないといけないの。その代わり、あとで白音ちゃんを独り占めにする権利をもらったの]
なるほど、白音の知らないところでそういう裏取り引きが行われていたらしい。
「ちょっと、わたしのこと勝手にモノ扱いして……。まあ、いいけど」
「いいのかよ」
佳奈がフフッと楽しげに笑う。
あとでそらに独り占めにされる。悪くない話だと白音は思った。
「えと…………あのね、みんな。ちょっと、話があるの」
白音が、声の調子を少し低く落とした。
[そらちゃんもリモートで悪いけど、一緒に聞いてね]
[ん]
「なんだよ、あらたまって」
言いながら佳奈も、白音の雰囲気を感じ取って真剣な表情になる。
密閉式のゴミ箱を量産していた莉美も、手を止めて白音の下へ集まってきた。
白音は三人に、一恵のことを語って聞かせた。
この異世界へと転移する直前に、いなくなってしまったのだと。
その時その場に居合わせたいつきの言葉を、細大漏らさず親友たちに伝える。
一恵自らが『仮初めの肉体』と呼んでいたその体が限界を迎え、崩壊して崩れ去ってしまったこと。
仮初めであるが故に魂を持たず、魔核による復活ももう叶わないこと。
ただ、崩壊するその刹那に、自らの記憶だけはちびそらに託していたこと。
「そういう、ことか…………。一恵のことだけ、何も言わないから、変だとは、思って、たんだよ…………」
少し途切れ途切れに言葉を紡いだ佳奈の瞳からは、涙が溢れていた。
「……佳奈が泣くなんてね。わたし初めて見たかも」
そうして白音も、一緒に涙を流し始めた。
「佳奈ちゃんもしょっちゅう泣いているよぅ。白音ちゃんにだけは見られないようにしてるみたいだけど、……うごっ……、ごほっ」
莉美が余計なことを言うものだから、佳奈に蹴られた。
莉美は自分の失言にむせび泣くことになった。
しかし白音は、莉美の泣き方ならよく知っている。
そうやっておどけたふりをして、ごまかしているのだ。
白音はふたりまとめて自分の胸に抱き寄せた。
「いいから泣きなさいふたりとも」
「ああ…………」
「うん…………」
三人はそうしてしばらくの間、一恵のことを想い、お互いのことを想い遣った。
もう言葉はいらなかった。
(姐さんたち…………)
いつきは扉の隙間から三人の様子を覗いていた。
自分も掃除を手伝おうと思って来たのだが、なんだか邪魔をしてはいけないような気がして、入るのをためらっていた。
せめて三人が一恵のことを偲ぶ間、静かにいられるようにと魔法で音の出入りを遮断しておく。
いつきは、前よりも上手く音を扱えるようになっている。
リプリンと一緒に真・幻想を使ったことで、少しコツのようなモノを掴んだ気がしていた。
白音はふと、そんないつきと目が合った。音が遮断されているせいで気配にまったく気づかなかった。
それで少し驚いたのだが、変身しているいつきを見てすぐにその意図を察する。
いつきだって仲間なのだから、遠慮なんかいらないのにと白音は思う。
それに目の前で一恵が消えるところを見て、一番ショックだったのは彼女のはずだ。
「いつきちゃんもいらっしゃい」
魔法のせいで声は届かなかったが、白音はいつきに向かって手招きをした。
いつきはもう堪えきれず、涙を振りまきながら白音の胸へと飛び込んだ。
いつきには、大好きな一恵を目の前で救えなかったことに、少なからず後悔の念もあるのだ。
そうやって四人で抱き合っていると、やがてゴミ捨てを終えた大魔道が帰ってきた。
到底一度で終わる量ではなかったから、何度でも往復するつもりでいる。
すると目の前に、大魔道の大好物とも言える、四人のかわいらしい魔法少女たちの円陣ができていた。
「おや皆さん、お揃いですか」
「いいですね。わたしも是非、その輪に加わらせていただきたい」
大魔道が冗談めかしてそんなことを言ったが、誰も返事をしなかった。
いつきの消音魔法の効果で何も聞こえず、四人は抱き合ったままだった。
「……………………」
「あの、皆さん?」
「ホントに加わりますよ?」
いいのっかな? 反対されないし、いいのっかな♪
やっちゃいますよ? やっちゃいますよ?




