第26話 姐さんのこと その三
いつきの口から飛び出してきたリプリンを、白音がみんなに紹介する。
突然のことだったが、魔法少女たちはスライムであるリプリンをあっさりと受け容れた。
とりわけ莉美は、リプリンから『パパ』呼ばわりされると、躊躇なく『娘よ』と認知までする。
「パパー!」
「はいよー」
「いや……あんたたち…………」
白音がどうツッコめば良いものやらと言葉を探して口ごもると、莉美とリプリンがまるでシンクロするように揃って白音の方を見た。
「んー?」
「んー?」
綺麗なユニゾンだった。
「…………パパとか呼ばれて、さっきもノータイムでよくあんな風に返せたわね。あんた、ほんとすごいわ……。急にそんなこと言われて驚いたりとかないの?」
白音にそう言われて、莉美は改めてリプリンの顔を覗き込む。
「あたしたちの間に急におっきな娘ができててびっくりしたよ? いつそんなことしたっけって思った」
「ああ、うん……」
聞くだけ野暮だったかと白音は思った。
やはり莉美もリプリンの顔に、自分自身と白音の面影を感じているらしい。
それを動かぬ証拠とばかりに、あっさりふたりの娘と認めて認知してしまったのだ。
「あなたリプリンちゃん……って言うのね」
皆の輪の中で楽しそうに笑い合っているリプリンを見て、どうやらキリが警戒を解いてくれたようだった。
初めて見る不思議な生き物である彼女に、少なからず興味を抱いている。
それどころか、リプリンの斬新な触り心地とやらを試したそうにすらしている。
けして悪いスライムじゃないとさえ分かってもらえれば、すぐに距離は縮まる。
やはりどこへ行こうと、リプリンは子供たちに圧倒的な人気があるらしい。
きっと子供たちにしか分からない何かが彼女にはあるのだろう。
それは、白音がつい嫉妬を感じてしまうほどだ。
白音はキリにリプリンの試触をしてもらいつつ、そのついでに魔法解除もお願いすることにした。
そして…………、
「!!」
キリがリプリンにぷにっと触れると、リプリンがいきなり素っ裸になった。
「いやん」
どうやら魔法少女の変身が解けて、リプリンのコスチュームが消失してしまったらしい。
リプリンが前を隠して恥ずかしそうな仕草をすると、智頭とアルトルドが慌てて目を逸らす。
大魔道には白音が蹴りを入れて後ろを向かせる。
しかし、だ。そらの鑑定によると、キリの魔法は基礎魔法や固有魔法に対してのみ効果を発揮するということだった。
もっと深く魔法という根源に立脚した存在、魔法生物や魔法少女に対しては、『解除』という概念が入り込む余地がないらしいのだ。
実際白音たちも先に魔法解除を受けているのだが、変身は解けなかった。
なのにリプリンだけコスチュームが消えたということは、自分の意思で変身を解いているはずだ。
そして変身を解いた後、普段着にしている黎鳳女学院のセーラー服が、魔法解除されてしまったのだろう。
セーラー服を形作っていたリプリンの擬態は固有魔法なので、解除の対象になり得る。
つまり、これはリプリンが仕組んだ『イタズラ』だということだ。
裸になるところまで想定していたかどうかは知らないが、リプリンは本当にこういう体を張ったスライムジョークが好きだ。
ただ、今回に限ってはリプリンよりもキリの方が一枚上手だったかもしれない。
あるいは子供ゆえの無邪気さか、リプリンが裸なのをいいことにその全身の触り心地を堪能し始めた。
リプリンに抱きついて胸に顔を埋める。
リプリンが、少し困った顔をして白音の方を見た。
「白音ちゃん?」
「いや、だから、知らないわよ。もう…………」
白音もそう言いながら実は、キリのおかげでひとつ疑問が解けてすっきりしていた。
前からずっと気になっていたことだ。
リプリンが魔法解除されて素っ裸になったということは、やはりなんの擬態もしていない『元の姿』がこの少女の姿なのだ。
突然変異のスライムとして生まれ、白音や莉美たちの魔力によって育まれ、星石と融合して成長した姿がこの少女なのだ。
白音もリプリンの、なんの擬態もしていない素っ裸の触り心地を少し堪能させてもらう。
「あん。白音ちゃんまで……」
◇
白音たちは、朝まで交代で見張りをしながら睡眠を取ることにした。
もちろん智頭とキリには見張りはさせず、先にゆっくりと眠ってもらっている。
しかし佳奈とアルトルドは、どうせ休もうとしないだろうと分かっていた。
だから白音は、始めから見張りのローテーションにふたりを組み込んでしまっている。
ふたりともその方がきっと喜ぶ。
白音は自分の見張りの番が終わると、こっそり議事室の片付けをしていた。
マナーの悪い酔漢が長年に渡って汚し続けてきたらしく、酷い有様だった。
そういうのを見ると、なんだか放っておけなかったのだ。
以前白音は莉美に「白音ちゃんは働かないと頭がおかしくなる」と言われたことがある。
なのでそれ以降、おかしくならないように適度に働くよう心がけている。
莉美はそういう意味で言ったわけではないと思うが、ともかくそうすることにしている。
もちろん白音も、ずっと働き続けていたいわけではない。
この大掃除が終わったら、親友たちと一緒に眠ることを楽しみにしていた。
何しろ謁見の間で、莉美がもちふわの魔法障壁でベッドを作ってくれているのを見てしまった。
さらにリプリンが、上からスライム毛布で皆を包み込んでくれるらしい。
白音の寝心地ランキング一位と二位のコラボがついに実現したのである。
果たして朝、そこから起きて抜け出す勇気があるのか、心配になるくらいだった。
白音はこの後のことが楽しみすぎて、掃除をしながら時折鼻唄が漏れている。
とりあえず目立つ大きなゴミを拾い集めて議事室の隅の方へと集めていく。
するとあっという間に、驚くような大きさの山になってしまった。
白音は現世のゴミ袋って便利だったなと、改めて思い知った。
マイクロプラスチックなどいろいろな問題はあるのだろうけれど、無いとなればやはりその使い勝手の良さが身に染みる。
白音がゴミの山を見つめてどうしたものかと考えていると、大魔道が議事室に入って来た。
やはり寝ずに起きていたらしい。
黙って掃除を手伝い始めてくれた。さすがは『白音専属ストーカー』というところか。
「道士」
「はい?」
白音が話しかけると、大魔道は嬉しそうに返事をする。
「アレイセスとリビアラっていう夫婦の話、したっけ?」
「あー……、確か仮面の男に助けられたのが『アレイセスさんたち』だと仰っていたように思います。リビアラさんの方は名前は聞いていませんが、その『たち』の中に含まれるのでしょうか?」
本当にさすがは専属ストーカーである。
白音がほんのひと言発しただけの言葉をよく覚えている。
「ああ、うん。その人たちのことね。ふたりは夫婦で、アーリエっていう子供がひとりいるの。その三人には、今あなたの研究室に住んでもらってるのよ。大切な場所でご免なさいなんだけど」
「おお。お役に立てて良かったです。わたしが眠っていた場所、魔法研究所の地下ですね? あそこはわたしが快適に過ごせるように手を加えていましたから、少しは暮らしやすいでしょう」
確かにあの地下室には趣味の白音グッズなどのコレクションがあって、大魔道が快適に日々を過ごしている様子が目に浮かぶようだった。
「いや、まあ…………。ええ、うん。あそこが壊れずにのこっていたおかげで、ふたりは無事にアーリエちゃんを育てることができたんだと思うの。感謝してるわ」
「いえいえ、とんでもない。わたしは何もしてませんよ。あの荒野の中であそこに辿り着かれたのでしたら、それはそのお三方の力でしょう」
大魔道は白音とふたりきりで話をしていると、たまにこういう『良識ある大人』みたいな言動をする。
いつも佳奈や莉美たちのせいで、『ツッコむことが日常業務』みたいになっている白音からすると、少し調子が狂う。
ぷっにぷにの、すっべすべ




