第26話 姐さんのこと その一
それはさながら、野戦病院のようだった。
ただ、その中心にいるのがやや幼気な容姿を持つそらだったので、どうしても『こども職業体験コーナー』のように見えてしまう。
天空城見学コースの目玉となっている『謁見の間』に、間に合わせの救護所が設けられていた。
医療用の設備はないが、莉美が魔法障壁を使って医療ベッドを用意してくれている。
これらはあくまで万一の場合に備えてのものだ。
もちろん白音たちのためではない。
登城してきた議員たちにまかり間違って怪我をさせてしまった場合に、治療を施すためのものだ。
想定では怪我をさせず、穏便に無力化することになっている。
そして救護所のすぐ側には、机と椅子を寄せ集めて作った臨時の作戦指揮所がある。
その中央にそらが陣取っていた。
職業体験コーナーのような見た目とは裏腹に、魔法少女たちを集めて明日の細かな段取りをレクチャーしているのはそらの方だった。
全員が真剣な顔をしてそらの説明を聞いている。
今夜のうちに万端準備を整えて、その後は朝まで少し眠っておきたいと考えていた。
佳奈とアルトルドに関しては、さしもの『魔核』持ちと言えどまだ明らかに怪我が治りきっていない。
だから皆が口々に救護所で休んでいろと言うのだが、ふたりとも揃ってそういう時の聞き分けはすこぶる悪い。
力仕事は自分たちに任せろとばかりに、あちらこちらとせわしなく動き回り、明日の『政権奪還作戦』に備えた準備を熱心に手伝っている。
明朝、何も知らずに登城して来るであろう者たちを、まずは『自発的な斉木の支持者』と『斉木の魔法で操られている者』に峻別する必要がある。
悟られぬよう、両者を別ルートへ誘導して隔離する。隔離して後は順次無力化して拘束していく。
『斉木支持者』の方はそのまま地下牢の魔法封じの区画で勾留、一時的な措置として集魔装置の部屋へ入ってもらう。
『魔法で操られている者』は無力化して安全を確保した後に、キリに協力してもらって魔法を解除する。
魔法が解けた後はひとまず軟禁状態に置き、奪還作戦が成功した後に慎重に事情聴取を行う。
「重要なのは、相手に不穏な気配を察知されないことなの。何かが起こっている、ということを知られる前に個別に速やかに処理していかないといけないの。手際が大事」
そらが作戦の概要を簡潔にまとめてくれた後、最後にそう締めくくった。
「はーい、そらちゃん。ばれそうになったら、あたしが世間話でもして引き留めたげるね」
莉美がふふふと笑いながらそんなことを言う。
訳の分からない長話をされて、迷惑そうな顔をしている自称議員たちの顔が目に浮かぶようだ。
女子高生と斉木の手下。
種類のまったく違うならず者同士の世間話がどんな風になるのか、白音も少し興味が湧く。
リストにある斉木支持者の数からすれば、入れ替わりに今集魔装置に囚われている議員と人質たちはすべて解放できそうだった。
正当な議員たちを助け出し、一刻も早く政庁を正常な状態に戻す。
まずはそれが白音と智頭たちの目指すべきところである。
もちろん当面は、議員やボランティアも動員して魔力を供出するつもりでいる。
そしていずれ魔力供給安定の目処が立てばしかるべく裁判を行い、罪の軽重に応じた魔力供出義務を課していくことになるだろう。
佳奈とアルトルドがようやく戻ってきた。
改築工事に見せかけた誘導用の迂回路をふた通り、準備し終えたらしい。
少し疲れた様子の佳奈が、臨時指揮所の椅子に腰を下ろす。
アルトルドの方は立ったままだった。
多分座ると、その巨体で椅子を壊してしまうと思ったのだろう。
するとすかさず莉美が魔法障壁で、象が踏んでも壊れなさそうな巨大椅子を作った。
「どうぞ。アルロルロも座って?」
「いや莉美、それ斉木がまともに言えてなかっただけだし。彼の名前はアルトルド、ね?」
白音が笑って訂正する。
「あ、そうなんだ。ごめんね」
「いえいえ、お気になさらず。椅子、ありがとうございます」
アルトルドが律儀に感謝の意を示し、オーダーメイドの椅子に腰を下ろす。
地球にはこんな大きな人間は存在しない。
座ってもなお巨大なその姿を、莉美が興味深げに見上げる。
やはり彼も相当疲労が蓄積しているようで、肩で息をしていた。
しかしそれがかえって彼の迫力を増しているように思える。
臨時指揮所を設営している間中、佳奈もアルトルドもずっと気持ちが昂ぶったままだった。
ふたりとも戦いの余韻がのこっていたのだろう。
白音はそれが少し気になっていたのだが、ようやく電池が切れたらしい。
ふたりとも椅子に沈み込むように腰掛けて、ゆったりとリラックスし始めた。
「…………地下のあの辺りで音が聞こえるのは知ってたんだ。けど、そうか、莉美だったんだな……。ごめんなすぐ助けてやれなくて」
少し緩やかになった時の流れの中で、佳奈がぽつりと自省気味にそんなことを言った
「いいよ、いいよ、気にしないで。あたし、気持ちよく唄ってたし。みんなに声援もらってたから。へへ」
莉美が笑って智頭の方を見ると、智頭が改めて頭を下げた。
「おかげで、と言うのもどうかとは思いますが、私たちは莉美さんが来られたことで救われました」
白音とそらは、精神連携でこの世界に着いてからのあらましは共有している。
しかし佳奈や莉美とはまだ共有していない。
いつきの記憶も彼女たちは受け取っていないはずだ。
多分そらは、お互いが生の言葉で伝えた方が良いと、考えているのだろう。
白音が受け取った記憶によると、やはり佳奈、莉美、そらの三人は斉木に清き一票の魔法をかけられたらしい。
しかしそらが事前に鑑定し、機転を利かせることでその影響からは免れることができた。
例の『甘い言葉で頭を埋め尽くす』作戦だ。
斉木の魂胆に気づいた三人は脱出の機を窺うため、魔法にかかって命令に従うふりをしようとした。
奪われた髪の毛を取り戻さなければならなかったからだ。
しかし莉美にだけは本当に魔法が効いていなかったので、それが露見してしまう。
斉木はどうやっても魔法の効かない莉美だけを分断して、集魔装置の部屋に閉じ込め、強制的に魔力を搾取し始めた。
佳奈とそらの方には清き一票が効いていると思い込んでいたので、その能力を便利な道具として使おうと目論んだ。
佳奈たちは図らずも、莉美を人質に取られるような格好になってしまったために、斉木の命令に従わざるを得なくなったのだ。
そらからもらった記憶と、皆が口々に話してくれたことをまとめると、およそそういう経緯だったらしい。
「それでアル、キリちゃんには結構な人数の魔法解除をしてもらうことになりそうなんだけど、大丈夫かな? もちろん彼女のことは、わたしたちがこの身に代えても守るつもりだけど」
小さな女の子に負担を掛けるのは、白音としても心苦しかった。
しかし斉木が恐れたとおり、キリの持つ魔法解除が最も確実な解決手段であろう。
キリはアルトルドが巨大椅子に腰掛けると、とことことやって来てその広い膝の上に座っていた。
大男と小さな女の子の取り合わせが反則級に可愛かったが、今はすやすやと寝息を立てている。
「もちろんです! 隊長がいて下さるので何の心配もしていません。存分にお役立て下さい!!」
アルトルドが大きな声を出したので、キリがその膝の上で身じろぎをして、
「んー」
と声を出した。
「いや、えと、あんまり無理はさせないでね。まだ小さいんだから。こっちもキリちゃんの体調には気を付けてるから、よろしくね」
アルトルドがまた大きな声で返事をしそうだと思ったので、白音は先に唇に人差し指を立てて黙らせた。
「んー」→翼がぴこぴこ→即死キュンコンボ




