第25話 やっぱり一緒がいいね その二
佳奈は、アルトルドと一対一の真っ向勝負を望んだ。
しかしこのまま本気でぶつかり合えば、アルトルドの命を奪いかねない。
そう判断した佳奈は勝負を降り、白音に助力を頼んだ。
能力強化の魔法によって身体能力を飛躍的に向上させ、アルトルドをひと息に無力化しようと考えたのだ。
「白音っ! リーパー頼む!!」
佳奈がちらりと白音の方を見た。
白音は佳奈に力強く頷きを返す。
「分かった。任せて!! 四重増幅強化!!」
「え?」
あまりの強烈なリーパーの増幅効果に、佳奈が目をむいた。
「ちょ! ちょ、白音? 強すぎ!!」
佳奈が襲いかかるアルトルドの全力の拳を、指一本で止めてしまった。
それでも力が出すぎないよう、必死で抑えている。
(スパアァァァン!!)
佳奈はまったく動いたように見えなかったが、謁見の間に強烈な破裂音が響いた。
すると、アルトルドが俯せに倒れ込んでそのまま動かなくなってしまった。
白音や大魔道の目にしか捉えられなかったが、佳奈がアルトルドの頬に一発、平手打ちを入れていた。
白音が、佳奈のちょっと熱い言葉に触発された。
それで随分と張り切って、恐るべき威力のリーパーを掛けたものだから、かえって佳奈は手加減が困難になってしまった。
跳ね上がりすぎた自分の能力に一瞬戸惑い、そしてどうすればアルトルドにあまりダメージを与えずにすむかを必死で考えた。
その結果、そっと撫でるような平手打ちをして、脳しんとうを起こさせようとしたのだった。
「何してやがる!!」
再びアルトルドが倒れたのを見て、斉木が唾を飛ばし始めた。
きっと目の前で何が起こったのか、まったく理解できてはいまい。
「いいから立て立て立て、戦え!! 人質を殺すぞ!!」
とうとう自らが『人質』だの、『殺す』だの、直接的な言葉を使い始めている。
本人は気づいてもいないのだろう。
だがそれでも、アルトルドはその言葉に従って動こうとした。
「これ以上はもう、ホントにだめだって……」
佳奈が倒れたアルトルドの背中を必死で押さえつけるが、大男は呻きながらも戦おうともがいている。
佳奈は力はあっても体重は軽いので、その巨体を抑え込むには甚だ心許ない。
白音も一緒に加勢して大人しくさせようとするが、体重の差はまったく覆らない。
アルトルドが皮翼をばたつかせて浮き上がりそうになるのを、白音も銀翼を広げ、反対方向に揚力を発生させて押し留める。
「あ…………」
白音は、その大きな漆黒の翼を見ていて、ふと気がついたことがあった。
「そういうこと、だったのね……」
そして、気づくのが遅れたことをとても後悔した。
「キリちゃんは無事よ!! 斉木はもうあの子に手を出せないわっ!!」
白音の言葉にアルトルドがぴくりと反応を示す。
そして顔を上げて白音の方を見る。
その目が言葉以上に雄弁に、「本当か?」と問うていた。
どうやら白音の予想は正しかったらしい。
「やっぱり……。道士、お願い!!」
「了解」
白音の言わんとすることを一瞬で理解した大魔道は、これまでに見たこともない速さで魔法陣を開き、そして消え失せた。
「アル、アル!! しっかりして。今キリちゃん連れてくるから、暴れないで。大人しくして!!」
白音が、アルトルドの顔を真正面から覗き込んで訴えかける。
するとその瞳が、はっと何かに気づいたように見開かれた。
「た、隊長……。助けに来て下さったのですね。不甲斐ないところをお見せして……、申し訳………あ、ありま…………」
巨漢の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
それは間違いなく、かつて田舎から王都へ出てきて兵士に召し抱えろと直談判をした少年、命知らずにも白百合に腕試しを申し込んだ少年、アルの顔だった。
ほんの僅かな時間だったと思う。
そうしていると、再び転移の魔法陣が開いた。
中からキリを抱きかかえた鉄仮面の大魔道が姿を現す。
対魔法結界や集魔装置があるため、キリの囚われているところまでは直接転移できない。
だからきっと、大魔道は走ってキリを連れ出してきてくれたのだろう。少し息が荒い。
端から見れば、その様は完全な幼女誘拐通報案件なのだが、そこはアルトルドには目を瞑ってもらうことにする。
キリの安全を確保するためにも、大魔道にはついていてもらわなければ困る。
「ありがとう、道士。アル、アル、あっちを見て」
「っ!? キリ!!」
「パパっ!」
やはりキリはアルトルドの娘だった。
彼を忠実な手駒として使うため、囚われて人質にされていたのだ。
大魔道がキリを下ろしてやると、アルトルドの方へと駆け出した。
慌てて後を追う大魔道の姿は、やはりどう見ても不審者事案だ。
白音がアルトルドの体を起こして座らせてやると、その胸にキリが飛び込んだ。
[愛の力だねぇ]
精神連携で繋がっている莉美から、そんな言葉が流れてきた。
扉の陰でVサインを送っている。
こういう時の莉美は、異常に察しがいい。
しっかりとアルトルドとキリを守るように、強固な魔法障壁を張ってくれている。
「お、おお、お、お前ら、何してくれてんだ?!」
先程まで威勢の良かった斉木がうろたえ始めた。
もうすっかり酔いは覚めたらしい。
自分に酔ってすらいない。
しかし、どうも斉木のうろたえようは尋常ではなかった。
人質を奪還されたとは言え、斉木にはまだ清き一票がある。
戦闘慣れしているようには思えないので、彼我の戦力差はよく理解できていないだろう。
絶大な信頼を置いているらしい護衛に命令して、白音たちを排除すればいいだけの話なのだ。
「なんだかおかしいわね……」
白音には、ただ単に人質を奪い返されたというに留まらないうろたえ方に思えた。
「それに……」
他にも少し、気になったことがある。
確かにそらの甘い言葉で頭を占拠されると、斉木の嫌な言葉を消し去ることができる。
だから愛の力で魔法に打ち勝てる、というのも分かる気はする。
アルトルドは、自分の娘であるキリを抱きしめた瞬間、完全に正気を取り戻したように見えた。
しかし、だ。
先程、佳奈に「自分だけを見てろ」と言われた時には術が解けなかった。
白音の佳奈に対する気持ちも、けしてアルトルドたちに負けていないはずなのに。
それで白音は直感した。
[そらちゃん、この子を鑑定して]
[あい。…………白音ちゃん、その子の固有魔法は魔法解除なの。魔法少女の天敵]
[なるほど……。ありがとう]
それは、斉木とは最悪の相性だろう。
斉木の固有魔法、清き一票をを完全無効化してしまえる。
白音たちのようにそらとリンクしていれば一時的に効かなくすることは可能だろうが、ずっとそうしているわけにもいくまい。
キリの魔法解除は、斉木への抜本的な対抗策になり得る。
「キリちゃんはあなたの魔法を解除してしまえるのね。だから恐れていた。彼女が議員たちの魔法を解いてしまえばあなたは孤立、終わりだものね」
「はは、はははは。そんなわけない」
斉木は顔を引きつらせながらも、白音の言葉に反駁してみせた。
「ここにいる議員たちに、私は魔法など使っていないよ」
白音はそらの方を見た。
「斉木の言うとおり。そこにいる議員たちは酩酊している。けれどそれは酒によるものだけ。斉木の魔法の効果は受けていないの!!」
そらが斉木の言が正しいことを保証する。
マインドリンクは使わず、大きな声で叫んでいる。
この場にいる全員に聞こえるように、意識してのことだろう。
「うはははは。ほら見ろ。ここにいるのは全員私の同志たちだ。術が解けたところで何も変わらない。他の八十人にしても私の考えに賛同してくれている者ばかり。術が解けたところで多数派は揺るがない。正義は多数決で決まるものだからな!!」
「何言ってるの……」
白音が嘆息する。
同時に、その場にいた全員が呆れた顔をした。
「ホントそれな……」
そう言って佳奈が、斉木に数歩近づく。
「そりゃここにいる全員、遠慮なくぶっ飛ばしていいってことだろ?」
佳奈の凄みのある笑顔を見た斉木が、数歩後ずさった。
「それに結局、地下にいる人たちの意見が、本当の多数派ってことなんでしょうしね」
白音の至極真っ当な指摘だった。
本来良識があればこれでぐうの音も出ない。
しかし白音はもはや、斉木がまともな話の通じる相手ではないと確信していた。
「それと……」
そう言って白音は人差し指を一本立てた。
「この街の運営に関わる人全員が、あなたの同志って訳じゃないでしょ?」
もしそうなら、ここは斉木の街と言ってもいいかもしれない。
それならば斉木が私物化するのにも、一定の理があるだろう。
しかしそんなはずはあるまい。
「その人たちには都合良く魔法使って言うこと聞かせてるはずよね。その魔法を解かれるのが怖いからキリちゃんを閉じ込めてたんでしょ? あなたのその心配を現実のものにしてあげるわ」
「うぐ……。もはやこれまで。えーい、ものどもかかれー!!」
斉木は、絵に描いたような悪人のセリフを吐いた。
「おお!」
それを聞いて、莉美が思わず感動の声を漏らした。
莉美は両親の影響で古いドラマ、特に時代劇などに詳しい。
しかしまさか、本物を生で見られるとは思ってもみなかった。
隣のいつきを捕まえて、早速そのシチュエーションの解説を始めている。
「莉美ったらもう……。確かにわたしも、もう言葉が出てこない感じだけど」
莉美の時代劇知識が、マインドリンクを伝って流れてくる。
その造詣の深さに、白音は苦笑した。
佳奈が爆速で機転を利かせて、アルトルドを無力化できたのは、佳奈なりのクアドラプルハウリングリーパー思考のおかげ。




