第8話 スミレの魔法少女と鬼軍曹のしごき その三
『鬼軍曹』を相手にした白音と一恵の模擬戦闘は終盤を迎えていた。
白音の体力がもうこれ以上はもちそうになかった。
次の一撃で勝負を決めるしかない。
目だけで合図をして白音が渾身の斬撃を繰り出すと、一恵がそれに合わせて完璧なタイミングで魔法を放つ。 すべてを切断する空間の裂け目。それを刃のようにして飛ばす。
軍曹は飛来したその二枚の飛刃の間に身を滑り込ませて、なんとかやり過ごそうとする。
しかしその瞬間、刃が真っ黒になった。
「!!」
それまではまったく目に見えず、避けるのが厄介だった空間の裂け目は、軍曹の目の前を通過する瞬間に突如として見えるようになった。
一恵が自分の作った空間の裂け目の構造に干渉して、電磁波の通過を禁止したのだ。
漆黒と化した二枚の刃の間に挟まれ、軍曹はほんの僅かな時間視界を奪われた。
その、ほんの僅かな時間があれば白音には十分だった。
刹那の後、気がつけば白音の光剣が、軍曹の喉元に突きつけられていた。
「うむ。参った。見事だ。今日のところは褒めておいてやろう。特にピンクと紫は既に戦場に立つ覚悟があるな。だが五人で連携を高めれば、もう一段上に上がれるだろう。精進せよ」
さすがにもはや白音たちは体力も気力も尽きていた。
全員がへたり込んで動けなくなったのを見て、軍曹は訓練の終了を宣言した。
しかし当の軍曹だけは平然としている。
まだまだ戦えそうだった。
ひとりでさっさと去って行くそんな軍曹を、莉美が走って追いかけた。
魔力の総量が多いと言われている莉美は、もしかしたら回復も早いのかもしれない。
「キッカちゃん、あたし頑張るからっ!! 足手まといのままなんて、嫌だから!」
他の四人からは離れてよく見えないことを確認してから、軍曹はそれまでの厳しい表情を解いて、にこっと笑った。
莉美の頭をくしゃくしゃと、これ以上ないというくらいに撫でる。
そして耳元に顔を近づけて小声でそっと囁いた。
「周りがすごすぎてついて行くの大変だろうけど、大丈夫、星石を信じて。星石はここがあなたの居場所だって言ってくれてるのよ」
髪がぼっさぼっさになるまで撫で回された莉美は軍曹を見送ると、そのまま四人の元へと駆け戻った。
「みんな、集まって」
少し笑顔を取り戻した彼女は、四人に向かって両手を差し出す。
もちろん酷く消耗している魔力を回復させるためだ。
これから何が起こるのかをよく知っている白音、佳奈、そらの三人は思わず目を閉じる。
「あら?」
それを見た一恵も三人に倣い、少し期待をして一緒に目を閉じた。
「な、なあ、莉美。さっき、ぐ、軍曹に何言われてたんだ?」
莉美に魔力を分けてもらいながら、佳奈が変な声を出さないようにぷるぷるしている。
「エヘヘ、すごい人たちについていくのは大変だろうけど、あたならきっとやれるよって言ってくれたの」
「ぐっ、軍曹……が? おっ、鬼、どこ…………」
「どこ行ったんだろうねぇ。一瞬だけいなくなってたみたい。鬼は外?」
そんなふたりのやり取りを見て、白音は目を細めた。
その頬がほんのり上気しているのは、魔力の回復が心地良いだけではあるまい。
軍曹が莉美にかけてくれた言葉が嬉しかったのだろう。
「な、名字川さ……、んっ…………」
初めて莉美から魔力を譲り受けた一恵が、白音の隣でやけに艶っぽい声を出した。
実はまだ一恵には、白音たちに酷いことをした軍曹を許せないという気持ちがわだかまっていた。
しかし軍曹の想いを知り、白音がそんな顔をするのを見て、ようやく矛を収める気になった。
白音にはきっと欲しいものがあるのだ。
軍曹はどうやら、それを手に入れるための手助けをしてくれているらしい。
「……それにしてもさっきの白音ちゃんと一恵ちゃん。すごかったよね。息ぴったりだった」
莉美が知ってか知らずか、そんなことを言うから一恵の声がますます艶っぽく喜びに染まっていく。
だが佳奈の方はどうやら、その言葉が聞き捨てならなかったらしい。
「ア、アタシだって白音と一緒ならあのくらいっ!」
そう言って思わず身を乗り出した。
しかしそうすると、大量の魔力を流していた莉美の手にぐいっと胸を押しつけるような格好になってしまう。
「やれ、やっ……る…………」
佳奈は声を出せなくなった。魔力がすごく回復した。
「じゃあ佳奈ちゃん、わたしたち三人で戦えば、もっとすごいよね」
耐えることで精一杯になってしまった佳奈に、一恵がにこやかな笑みを浮かべてそう言った。
無表情で知られる一恵がテレビでは決して見せることのない、優しい表情だった。
「あ、大人だこの人。うん、佳奈ちゃんの負けぇ」
莉美主審が冷静にジャッジして、一恵の一本勝ちを宣言した。
「うぐぅ……」
相変わらず莉美の魔力は底が見えない。
四人で莉美の魔力を十分すぎるほどにもらい受けると、体に少し余裕が生まれてほっと一息をつく。
「……一恵さん」
そらが一恵の紫のコスチュームをちょいちょいと引っ張った。
「さん、はよそよそしいかな。なあに? そらちゃん」
「ん。一恵ちゃん、スーツケースがほったらかしなの」
一恵のスーツケースは来た時に放り投げたまま、無造作に山の斜面に転がっている。
「ああ、ありがと。ちょっと待ってね」
一恵が魔法で小さなゲートを開いて中に手を突っ込むと、スーツケースの方に一恵の手が現れてそのハンドルを掴み、異空間へと引きずり込んだ。
手を戻すと、しかし一恵の手は何も握っていなかった。
「あれっ、カバンは?」
莉美はてっきり、こっちにスーツケースが出てくるんだろうと想像していた。
「んん? しまってあるよ。邪魔だしね。人目に付くところだと持ってないと不自然だから、仕方なく持ってるんだけど」
「すごーい。手品みたーい」
「いや莉美、それ魔法なんだけど………」
確かに空間を操るという一恵の魔法は手品っぽくはある。
あるが、もっとすごいことがわたしたちにはできるじゃないかと、白音は言いたい。
「便利すぎて怖い……」
一方、一恵の手品を見たそらは、そんな言葉を漏らした。
ひと目見てその能力の利用法を様々に思いつく、そらならではの感想だろう。
(そうか、そらちゃんが怖いと思うくらい便利に使えるのね…………)と白音は思った。
「スーツケースが入ったところに行ってみたい」と言う莉美を、一恵が困り顔でなんとか押しとどめている。
異空間である。
人間を入れてみたことはないので、さすがに検証もなしにいきなりやるのは危険が大きい。
莉美も何故、そんなことに興味を持つのか。
「莉美、人んちの押し入れ勝手に覗いちゃダメでしょ」
「ああ。そかぁ」
白音がそんな風に言うと、莉美は納得したようだった。
なるほどそういう言い方をすればこの子は止まるのかと、一恵はひとつ学習した。
片足をゲートの中に突っ込んでいた莉美を丁重に引きずり出してゲートを閉じる。
そのまま閉じたら本当に足を切断してしまいかねないのだ。
そして一恵はすーっと大きく深呼吸すると、改まって白音の真正面に立ち、その手を取る。
「名字川さん、遅れてごめんなさい。これからは、もう離れたりしません」
ほっそりとした一恵の手は、なんだか少し冷たくなっていた。
「でもお仕事大変でしょ? 無理しなくてもいない間は四人で平気ですよ?」
佳奈が割り込んできた。
佳奈が敬語で話すとか気持ち悪いにも程がある。
さっき頭でもぶつけたのかしらと白音は思った。
「ふふふん。仕事、しばらく休止ってことにしてもらってきちゃった」
「え……、は?」
一恵が今度は、思わず絶句した佳奈の手を取っている。
『今日、学校休み』みたいなニュアンスでさらっと言ったが、それは大ごとではないだろうか。
莉美が急いでスマホを見ると、『Hitoe、突然の活動休止発表』というニュースがトップになっていた。
「一恵ちゃん、本気だ……」
活動休止の理由に関する様々な憶測が、既にネット界隈を飛び交っている。
もし本当の理由がばれたら…………、
『白音たちと共に魔法少女をやるために芸能活動休止します』
なんてことがニュースになったらどうなるのだろう。
『魔法少女をやるため』の部分はギルドが隠蔽してくれそうだが、そうすると白音たちと一緒にいるために休止したことになる。
「わたし、ファンの人に刺されそうなんだけど……」
「そうなったら白音のファンが一恵さんを刺すんじゃない?」
「やめてよ佳奈。怖いこと言わないでよね。だいたいわたしのファンなんていないから!!」
四人の魔法少女が一斉に、
「は?」
という顔をした。少なくともここに、四人はいるようだ。
「ホントは引退でも良かったんですけどね。でも名字川さんを芸能界に誘ってたから、籍は置いておきたくて。あなたがその気なら、いつでも一緒に芸能活動させていただきますからね」
Hitoe活動休止の真相は、白音たちの事も含めて丸ごと隠蔽してもらえないか、ギルドにかけ合わねばならないと白音は思った。
一恵はまた白音の手を取ると、きゅっと握ってにこにこしている。
白音の体温が遷って、一恵の手も少し温かくなってきた。
白音は少し戸惑っていたが、嫌われてはいないようだったのでひとまずはほっとした。
(それでも、わたしにだけなんでか敬語なのよね…………)
第9話に続きます




