第24話 心の内はそら模様 その三
謁見の間で、白音と佳奈が強大な魔力波を放った。
隣接する議事室にいた者たちは、その明確に殺意の込められた波動に反応し、天の岩戸よろしく扉をそっと開く。
中から顔を出したのは、明らかに泥酔した大勢の男たちだった。その先頭に二代目の知事を名乗る男、斉木翔がいた。
彼は足をもつれさせ、千鳥足で白音たちの前に進み出ると、間の抜けた調子で問うた。
「なんらね、ちみらちは」
やはり斉木も茹でダコのように顔が赤い。
かなり酔いが回っているのだろう。
完全に茹で上がっているので定かではないが、多分彼は智頭と同年代かやや上、五十歳前後だろう。
議事室で酒盛りをするような連中に良識があるとは思えない。
しかし白音は、一応の筋を通すつもりだった。
「斉木さんと百人議会の方ですよね?」
「んあ?」
彼だけは白音たちの魔力波を受けても、それほど慌てている様子はなかった。
自身の固有魔法によほどの自信があるのか、それともただ酔いで危機管理能力が麻痺しているだけなのか。
斉木を除けばそこにいるのは全部で二十一人。
造反したという議員の数と一致している。
魔力の感覚からしても、さらに別の人間が隠れているということはなさそうだった。
「うちのヤヌルと大空とミッターマイヤーは返していただきますね」
それでようやく斉木も理解し始めたらしい。
懸念していた、『強力な能力を持つ召喚英雄の反乱』が起きたのだ。
特に目を付けて、上手く使えば値千金と値踏みしていた三人の新参者が反旗を翻したのだ。
「本当はもっと酷いことを言いたいところなのですが、このまま大人しく市長の座から退いていただけませんか。智頭さんたちに政権を返していただければ、何も言うつもりはありません」
白音は努めて冷静に、この場を平和裏に収めようとしていた。
ただ、確かに白音はこれ以上何も言うつもりはなかったが、その後は智頭たちが斉木の罪を裁くことになるだろう。
無駄な血を流さないために、その点については敢えて触れていない。
「いや……、いやいや…………。わらしと智頭君が作り上げらこのカルテリャポネらがね、これからはわらしの下でもっと発展させていきたいと考えれいる。らから、君たちも私に協力したまえ!!」
少し呂律がしっかりしたかと思えば、最後の言葉に魔力がこもるのを感じた。
だから佳奈が反射的に殴りかかって止めようとした。
しかし、それよりも速く、白音が神速で割って入って佳奈の拳を止めてしまった。
「白音?」
「佳奈、斉木さんの言うとおりだと思うのよ。わたしたちも彼に協力するべきよ」
「は? ……っ!! 斉木っ、お前の魔法かっ?!」
「ヤヌル君、らったかな? そんなことはいいから、君も私の政策を支持したまえ。清き一票!!」
これが斉木の固有魔法だった。
斉木がこの魔法と共に言葉を発すると、それが正しいことのように思えてしまう。
莉美には持ち前の精神魔法に対する頑強な抵抗力があるので、清き一票の魔法はまったく効果がなかった。
しかし佳奈とそらにはそんな便利な特技はないので、精神連携によってなんとかその影響を凌いでいた。
佳奈の脳内では「斉木が正しいのかも」と思いそうになる度にそらの声がして、「私以外見ちゃダメ」と言われるのだ。
反対に、そらの心には佳奈が声をかけている。
「お前に必要なのはアタシの言葉だけ」だの、「アタシさえいれば他はいらないだろ」だの、まるで愛の告白のような甘い言葉ばかりだ。
佳奈は恥ずかしいから嫌だと言ったのだが、そらに「安全のため絶対必要」と押し切られて仕方なく従っている。
だから佳奈たちの精神には、斉木の言葉の入り込む余地はまったくない。
「白音、お前はアタシだけを見てろ!!」
佳奈はそれに倣い、斉木のことなど無視して白音に語りかける。
しかしその想いは一方通行だったようで、白音には、真顔で首を傾げられてしまった。
精一杯のきめ顔で声を張ったので、かなり恥ずかしい。
やはりいくら甘い言葉でも、直接頭の中に語りかけなければ効果は薄いようだった。
[白音ちゃんをこっちに]
佳奈がひとりで赤面していると、精神連携でそらの声が聞こえてきた。
ちらりと扉の方に目をやると、そらが手招きしている。
なるほど、白音にも接触してリンクを確立するつもりなのだろう。
しかし今の状況で「白音をそちらへ向かわせる」というのはかなり困難なミッションに思えた。
言葉で説得する自信は皆無だったし、無理矢理行かせるにしても何しろ白音の戦闘能力が高すぎる。
佳奈が何か妙案はないものかと考えていると、突然扉の陰、そらの後ろから大魔道が飛び出してきた。
大魔道は佳奈たちと同じく、その戦闘能力を買われて警備隊に配属されていた。
だから佳奈も見知っている。
昨晩地下で白音と遭遇して以来、彼は行方不明になったとの報告が上がっていたはずだ。
鉄兜にローブという異様な風体、もし初見だったら、佳奈はきっと反射的に殴り飛ばしていたと思う。
大魔道は気合いの言葉を発しながら、何故か白音へと襲いかかった。
だが佳奈は知っている。
大魔道は転移魔法の使い手だ。
本気で白音に一撃入れる気だったなら、白音の背後に転移で現れたはずだ。
それをわざわざ、愚直に真正面から襲いかかっている。
「ちょ、大魔道!! 裏切る気?!」
白音が思わず大魔道に対して防御の姿勢を取った。
その時佳奈の脳内に、精神連携でそらの声が聞こえた。
[今なの]
なるほど、と思いながら、隙のできた白音を佳奈が蹴り飛ばす。
大魔道の戦闘能力の高さはよく知っている。
かかってくるなら白音も本気で防がなければならないだろう。
そうしてできた隙に、容赦なく前蹴りを食らわせて思いっきりそらの方へと吹っ飛ばす。
「何度もごめんな、白音」
「佳奈っ?!」
白音は咄嗟に翼を開いて、その場に踏み留まろうとした。
魔族の翼を大きく開けば、自在に様々な方向へと揚力を発生させることができるのだ。
だが同じく扉の陰にいたいつきが、口から触手のようなものを発射して白音の翼を絡め取ってしまった。
触手はぐるぐると白音の体に巻き付いて、強制的に翼を閉じさせてしまう。
それはもちろんいつきの胎内にいるリプリンの触手なのだが、佳奈にはそんなことを知る由はない。
「少し見ない間に、随分とすごい特技を身につけたもんだ」と感心した。
ただし、愛らしいいつきには似合わない、随分とホラー寄りな能力ではある。
かくして白音は、待ち構えていたそらの両腕の中にきっちりとデリバリーされた。
白音を届け終えると、舌の形をした配達員はいつきの胎内へと帰って行った。
「白音ちゃん、会いたかったの」
「う、うん……」
白音は佳奈に蹴られた脇腹がズキズキしている。
多分肋骨が何本か折れていることだろう。
だがそんなことより、あっさり斉木に操られてしまったことが恥ずかしかった。
そらが白音との精神連携を確立させると、白音の視界の隅っこに投げキッスをしてハートマークを飛ばしているそらの似顔絵アイコンが表示される。
白音の頭の中がそらのことでいっぱいになり、斉木に対する正常な評価能力が戻ってきた。
「ありがと、そらちゃん。あとは任せて」
白音が、怒りと恥ずかしさに震えながら斉木を見据えた。
「お、おお、お前ら、この街の市長に手をらす気か?! 民主主義を暴力で破壊するなど、許されないことらぞ!!」
赤ら顔の斉木が、甘噛みしながら一生懸命まくし立てている。
清き一票を連発しているが、白音たちにはもう効かない。
そらが[みんなは私の嫁、あんなおっさんにはやらない]とマインドリンクで高らかに宣言している。
[正論ぽく喋っているのは、あいつの魔法の限界なの。根拠の乏しい主張ほど、説得力が失われて魔法の効きが悪くなると推測]
[なるほど…………]
清き一票とやらを発動させるには、形だけでも弁舌で相手を説得することが必要なのだろう。
その微妙な制約が、まるで斉木の中にある政治家の残滓のようで、白音には余計癇に障った。
「分かっら、お前らちの実力はよく分かっら。警備隊長の今の倍額の報酬れ全員召し抱えようじゃないか。な?」
論破できないと悟って、斉木が今度は金の力に訴えてきた。
白音は馬鹿馬鹿しくなってかえって冷静になれた。
斉木の後ろに控えている二十一人の議員たちの顔がよく見える。
やはり皆赤ら顔に充血した目をしていて、立っているだけでフラフラと揺れている。
そらの鑑定どおり酩酊、それも相当酷い泥酔状態にあるように思われた。
智頭を幽閉してカルチェジャポネの街を手中に収めた者たちが有頂天外、我が世の春を謳歌していたというところだろう。
「智頭さんが、また一緒に働きましょうって言ってたわよ? 下で待ってるって」
「ひっ」
白音が少し意地悪く言うと、斉木は議員たちをかき分けて議事室の奥に引っ込んでしまった。
「白音、お前はアタシだけを見てればいいんだ」
キリッ!!




