第24話 心の内はそら模様 その二
※公開が遅くなりまして申し訳ありません。
次週からは予定通り、毎週一話ずつ、木曜日19時頃公開いたします。
大魔道の転移魔法に導かれ、白音、莉美、いつき――とその胎内にいるリプリン、ちびそらは『託宣の間』へと向かった。
『託宣の間』がある尖塔は酷い有様で、床には大きな穴が空き、扉は見る影もなく破壊されていた。
穴だらけで見通しの良くなった床から階下を覗くと、佳奈がアルトルドという名の大男と争っていた。
ふたりは力と力をぶつけ合うような真っ向勝負を繰り広げ、やがて石壁――彼らの体ほど丈夫ではなかった――を突き崩してしまう。
佳奈はそのまま石壁を粉砕し、アルトルドの体で道を作りながら『謁見の間』がある方向へと姿を消した。
何故こんなに尖塔がぼろぼろになっていたのか――白音たちにも容易に想像がつくような激しい戦いだった。
「佳奈姐さん……」
みんな人をぶつけて簡単に石壁を突き破っているが、いったいどうなっているんだろうか。
いつきの頭は理解が追いつかなかった。
生身の人間がもしそんなことをしたら、普通は潰れて死ぬのだ。
「わたしは先に、ここから下へ飛び降りるわ」
白音が四人の魔法少女たち――莉美、いつきとその胎内にいるリプリン、そしてちびそら――には階段を廻ってそらと合流するように言った。
「道士はみんなを守って、お願い」
「承知」
走り去る莉美の肩から、ちびそらが白音に向かって手を振っている。
こっちは任せろ、と言ってくれているらしい。
白音はよろしくね、と言って翼を開き、床に空いた穴へと飛び込んだ。
急降下したあと地面すれすれで速度を落とし、あまり音を立てないようにふわりと着地する。
すぐ横に、今し方佳奈が空けた、謁見の間へと続く大きな入り口がある。
「おお、白音!! 無事だったか。莉美は?」
白音が謁見の間へ踏み入ると、気配ですぐに気づいた佳奈が振り向いて尋ねた。
「オッケーよ、確保したわ」
「ん。さんきゅーな」
まだ力比べは続いていた。
壁を背中で破壊させられたアルトルドも、負けじと抵抗しているらしい。
だがその真っ最中に佳奈は平気で話しかけてくる。
白音は、佳奈が元気そうで安心した。
アルトルドの方は白音の顔をまともに見ている余裕などないようだった。
しかし増援が来たらしいと見て取って、魔法でその巨体を強化した。
勝負を早く付けるべきだと判断したのだろう。
「闘志顕現!!、肉体強化!!」
自身の固有魔法に加えて、基礎魔法も併せることでさらなる強化を図っている。
それを受けて佳奈も身体能力を高める。
「身体強化!、魔力循環強化!!」
お互いが魔法で肉体を強化し合った結果、やはり力比べは拮抗したままだった。
しかしおそらく、佳奈にはまだ余裕がある。
それを肌で感じているアルトルドは出し惜しみするのをやめて、勝負を一気に決めることにした。
「ぬん!!」
アルトルドが気合いと共に全身に力を込めると、その体の周囲を青白い電光のようなものが走った。
「おお、なんだ? ぴりぴりする」
思わず佳奈が顔をしかめた。
その手に伝わってくる痺れるような感触からして、何か電気系統の魔法を使ったのだろう。
頭頂部の立派な双角の間に時折、ぱりっぱりっと放電のような火花が散るのも見える。
どのような魔法かは分からなかったが、その青白い電光を纏うことによって明らかにアルトルドの筋力が跳ね上がった。
消費される魔力の量もこれまでとは段違い。
これが彼の正真正銘、全力だろう。
「ぬお?! ぐ、ぐ……」
佳奈の表情から余裕が消え、少し押され始めた。
「能力強化しようか?」
白音は断られると分かっていて、ややからかい気味に聞いている。
「んにゃ……、いらない。見てろ!! 肉体強化!!」
佳奈が基礎魔法を使った。
これにはさすがに白音も驚いた。
そんな器用な真似ができるとは知らなかった。
佳奈はアルトルドと組み合っていた手の片方を無理矢理振りほどくと、組んだままの方の腕の下に潜り込み、一本背負いで投げた。
アルトルドも踏ん張ろうとはしたのだが、佳奈はその巨体を巻き込むようにして軽々と浮かせてしまった。
推定600キログラムを超す魔族の巨体が、豪快に宙を舞う。
受け身が取れるような丁寧な投げ方ではない。
思いきり背中を下に叩きつけるようにして投げた。
謁見の間の美しい大理石の床に蜘蛛の巣のようなひびが入り、アルトルドの巨体がめり込む。
「ぐはっ!!」
さらに佳奈が鳩尾の辺りを踏みつけると、アルトルドは気を失ったようで、動かなくなった。
やはり彼は踏んづけられる巡り合わせらしい。
佳奈の魔力循環強化は、おそらく身体能力だけでなく魔法能力も強化している。
どうやらそれが身体強化との相乗効果を呼んでいるのだ。
少なくとも昨晩白音が殴られた感覚ではそうだった。
だから同じようにして肉体強化の効果も跳ね上がったのだろう。
しかしあのアルトルドを純粋に力で上回るとは、さすが佳奈だと白音は思った。
「いつの間にそんな基礎魔法覚えたのよ」
「お兄さんに教えてもらった」
佳奈の言う『お兄さん』とはリンクスのことである。
白音の義理の兄に当たるので佳奈はそう呼んでいる。
確かに基礎魔法を多数習得しているリンクスなら、教師としては適任である。
適任ではあるが、あまり「お兄さん」呼びを浸透させたくない白音がちょっとむすっとした。
「ところで、佳奈は斉木とかいう奴の魔法の影響受けてないの? 自分の言うことに従わせる魔法が使えるって聞いたけど」
「あー。そらが対策してくれてる。精神連携で頭の中にいつも、『あんなおっさんより私の言うことを聞くの』ってそらの声が聞こえてる」
「ふふ。それは確かにそらちゃんの方、聞きたくなるわね」
会話を続けながら、白音は手振りだけで佳奈の背後を指し示した。
そこには両開きの大きな扉がある。
百人議会の議事室に通じているものだ。
白音はそちらから複数の魔力の気配を感じていた。
むろん佳奈もそのことには気づいており、黙って頷く。
その魔力の持ち主たちは移動している気配がなかった。
二十人くらいはいるだろうか。
今は深夜の時間帯なので議会が開かれているとは考えにくい。
白音たちの気配はいつきとリプリンが力を合わせて消してくれてはいるが、何か別の手段でこちらを探っている可能性もある。
一応の警戒はしておかなければなるまい。
「白音ちゃん!!」
それは、そらの声だった。
白音の名を呼ぶたったひと言に、万感の思いが込められている。
だがそのはち切れんばかりの言葉の密度とは裏腹に、衣装の方は余裕がありすぎてだぶついている。
なんだか可愛らしい。
他のメンバーもそらと合流できたらしく、そらと一緒に扉の陰で待機しているのが見えた。
白音もそちらへ駆け寄り、今すぐそらを抱きしめたい衝動に駆られたが、ここはぐっと堪えて手を振るだけにしておく。
そらも議事室の方に大勢の人がいることは既に知っているようで、その場に留まったままで頷いた。
そして、遠隔鑑定で分析したのであろう彼らの状態を教えてくれる。
「扉の向こうの人たち、全員酩酊状態なの」
「め、酩酊って……、お酒?! 莉美や真面目な議員さんたちから魔力を搾り取っておいて、自分たちは夜通し酒盛りでもやってるってこと?!」
白音がちょっとキレた。
そらが普通に声を出しているということは、相手にはこちらを探るような能力の持ち主はいない。
鑑定の結果からそう分析したということだ。
その上酩酊状態ときている。
およそ臨戦態勢とはほど遠いだろう。
これ以上時間をかけてもあまり意味は無いと判断した白音は、佳奈に目で合図を送る。
すると、ほぼ同時にふたりが魔力波を発生させた。
いくらいつきが幻覚で誤魔化していても、この強烈な魔力の狼煙なら気づくはずだ。
そして驚き、危機感を覚えるだろう。
そうでなければ、いくら怠惰な酔っ払いと言えど異世界では生きていけないのだ。
果たして、その殺意を持った二柱の魔力波動を受けて、扉の向こうがにわかに騒がしくなり始めた。
ややあって、扉の片側だけがそっと開かれる。
「よっと!」
佳奈が扉のすぐ横に取り付いて、それを待ち構えていた。
ほんの僅かにできた扉の隙間に指をねじ込んで、思い切りよく開く。
すると、扉の勢いに引っ張られてひとりの男がまろび出てきた。
その真正面で、白音が両手を腰に当てて仁王立ちしている。
「ひっ……」
それを見た男は小さく悲鳴を上げ、慌てて扉の奥に引っ込もうとした。
そのもつれるような鈍い足取りは、やはり酒に酔っているように見える。
しかし彼の後ろから、さらに大勢の赤ら顔の男たちが出てきた。
その人の波に押されて、男は逃げることが叶わなかった。
酔漢たちの先頭にいるのは肖像画で見た男、斉木翔だった。
「なんらね、ちみらちは」
佳奈式削岩機。
佳奈之手力男。




