第24話 心の内はそら模様 その一
「佳奈たちの元へ向かいましょうか」
白音がそう声をかけると、莉美、いつき、大魔道が即座に頷いた。
莉美の肩の上に乗ったちびそらも、同じく目で同意の意思を伝えてくれる。
それにいつきの左右の瞳には、それぞれ蛍光グリーンの『O』と『K』の文字が浮かび上がっていた。
当人は気づいていないのだろうが、例によって、胎内にいるリプリンがいつきの体を使ってサインを送ってくれているのだ。
ほんの刹那の、一糸乱れぬチーム白音の意思確認だった。
あまり時間に猶予はない。
莉美の無事が確認できないままでは佳奈とそらが動きにくいだろう。
もし分断されたままどちらかが人質にでもなれば、チーム全員が窮してしまうことになる。
そうして全員の無事が確認できたなら、次はこの集魔装置に魔力を吸われ続けている百二十人を救い出さなければならない。
莉美は平気な顔をして、たったひとりで街ひとつ分の魔力を供給し続けていた。
しかし常人にそんな真似はできない。
魔力を根こそぎにされる苦しみから、彼らを一刻も早く解放したかった。
「託宣の間まで直通でよろしいですか?」
大魔道が丁寧な礼の姿勢を取り、白音に奏上した。
いささか芝居がかっている。
「ええ。お願い道士」
白音が応じると、大魔道はお辞儀をして部屋の外へと向かった。
魔法封じの結界が破られてはいるが、この部屋では集魔装置が全力稼働している。
その影響を受ければ魔法が予測不能な動作をしかねない。
誰しも、まかり間違って地中深くや空中高くに転移したくはないだろう。
「それでは皆さん行ってきます。必ず助け出しますので、しばしのご辛抱をお願いします」
手を振ってくれたキリに白音たちは笑顔で応えると、天空城へと転移した。
転移陣で瞬時に移動して現れたその先、託宣の間には誰もいなかった。
そして…………、床もなかった。
石造りで頑丈なはずの床に何かで破壊されたような大穴が空いており、白音たちはその真上に転移して現れた。
白音は反射的に翼を開いて空中に留まったが、他の者はそうはいかない。
白音は為す術もなく落ちていくいつきの体を掴み止めようとしたが、その前にいつきの口から例のカメレオンの舌のようなものが飛び出した。
蛍光緑色のそれはもちろんリプリンの触手だろう。
超高速で伸張して側面の壁に張り付くと、瞬時に縮んでいつきの体を壁際へと引き寄せた。
壁沿いにはまだ無事な床が残っている。
リプリンはそれを足場にして見事、いつきの体を着地させてみせた。
もうそういう魔法を使う魔法少女みたいだ。
「うぁばはぁ!! ……っす」
触手に喉を塞がれたいつきが何か言っている。
多分リプリンに礼を言っているのだろう。
しかしいつきを気にかけている間に白音は、莉美を取りこぼしてしまった。
「また、落とし穴!?」
莉美は落下しながらそう叫んだ。
しかし様々な経験を積んで成長した彼女は、今までとは違う。
咄嗟にすぐ近くにあった白音の尻尾を掴んだ。
「いぃぃ、いだだだだだだ!!」
「ごめん、白音ちゃん、ごめんよぅ」
謝りながら莉美は、白音の尻尾と脚を伝って体をよじ登ってきた。
「ううん、いいの……。それより莉美、よく反応できたわね」
白音がしっかりと莉美を抱きかかえる。
「えへへ。鬼軍曹と白音リーダーに鍛えられたから」
「始めから脚の方、掴んでくれてれば百点だったけどね」
そんなことを話していると、最後に転移で現れた大魔道も叫んだ。
「白音様、わたしも!!」
白音の方へと手を伸ばして助けを請うている。
しかしその姿勢のまま一向に落ちる様子がない。
よく見れば大魔道の足下に魔法陣が多層構造をなして出現している。
何度も少しずつ上へ転移を繰り返すことによって、その場に留まっているらしい。
「もう…………」
白音が嘆息すると大魔道は諦めたらしい。
空中でもう一度魔法陣を描いて、足場のあるいつきの隣に移動し直した。
「残念です」
白音もふたりの方へと滑るように飛行して莉美を下ろす。
ちびそらが、莉美の肩にしっかりとしがみついていて無事なのも確認する。
「いったい何があったのかしら……?!」
部屋の荒れようを見て、白音は佳奈とそらの身を案じた。
託宣の間へ唯一通じている扉も破壊され、大きく開いたままになってしまっている。
すると、穴の下から大きな喧噪と声が聞こえてきた。
「やるじゃん。いいね!!」
おそらく佳奈の声なのだが、それは人族語だった。
やはり佳奈もそらのおかげで異世界の言葉を習得できているのだろう。
穴は塔の石床を何層も貫いて下の方まで続いている。
五人でその中を覗き込むようにすると、一番下で佳奈が戦っているのが見えた。
どうやらかなり体格の大きな男を相手取っているらしい。
周りの惨状から察するに、佳奈とその大男が格闘しながら穴から落ちて、というか自分たちで穴を作りながら落ちていったのだろう。
佳奈が戦っている位置から少し離れた扉の陰に、そらが隠れているのも確認できる。
多分戦闘の邪魔をしないようにしているのだろうが、大きな穴が幾つも空いているせいで上からは丸見えだった。
そらはサイズの合っていないだぶついた見慣れない衣装を着ている。
一枚布でできた古風な雰囲気からして、おそらくは『予言の巫女』という奴の演出だろう。
しかし相手の大男は佳奈とぶつかり合って、これだけ派手に辺りを壊しておいて、まだ立っていられるとは大したものだと白音は思った。
「ん?」
白音は大男の背中に、漆黒の翼が生えていることに気づいた。
さらにその体格に見合うような立派な角や、尻尾がしなやかに揺れているのも見て取れる。
魔族で間違いないだろう。
そして……、
「アル?!」
白音はその大男に見覚えがあることに気づいた。
前世旧知の人物だ。
間違いない。
「知ってる人っすか?」
舌の長さが通常営業に戻ったいつきが尋ねた。
「ええ。前世でわたしの部下、近衛隊員だった子よ。アルトルドっていうの」
「子って……」
いつきも白音が近衛隊長、つまり偉い人だったことは知っているが、あんな立派な大男を捕まえて子供みたいに言う。
「いや、まあ、今はわたしの方が年下だけど、前世で出会った時、あの子はまだ少年だったのよ。力自慢で田舎から出てきて、仕官したいって言ってて。だから腕前を見せてもらったわ」
「見せて……ってことは?」
「ええ、模擬戦みたいなものね」
いつきはやっぱりっすか、と思った。
身体強化系の魔法を得意とする怪力自慢。
少年だった当時から、膂力だけなら白音よりも上だったらしい。
そんな子がやって来たら、白音なら当然のように腕試しをするだろう。
そして今佳奈は、下の階で心なしか楽しそうに戦っている。
(姐さんズときたら、ホントにもう…………っす)
しかしいつきも、そんな姐さんズの興味を惹いたアルトルドのことが気になり始めていた。
「それでどうだったんすか?」
「どうって?」
「そんな怪力の人と戦って勝てたんすか?」
「当然でしょ。力だけだったもの。足払いで転ばせて踏んづけてやったら大人しくなったわ」
「踏んづけたんすか……」
それはそうなるかといつきも思った。
少し嬉しかった。
「でも見所があったから、わたしが鍛え上げて。そしたらどんどん成長して、結局近衛隊に召し抱えることになったわ。……アル、生きててくれたのねぇ」
白音もなんだか嬉しそうにしている。
そのアルと親友が、死闘を繰り広げている真っ最中ではあるが。
「怪力の少年がさらに白百合に鍛えられて成長して…………、佳奈姐さん大丈夫なんすか?」
「平気でしょ。ただ、ああいうのが相手だと、佳奈は喜んで真っ向勝負するから」
佳奈とアルトルドは、今まさに両手で組み合って真っ向から力比べをしていた。
佳奈の口元には笑みすら浮かんでいる。
少しの間その押し合いは拮抗しているようだった。
しかし佳奈がひと声、気合いを発して全身にさらなる力を込めると、組み合ったままの状態で前進を始めた。
身長3メートルを優に超える大男を、力尽くで押し下げながらどんどん加速していく。
アルトルドも必死で踏ん張ろうとするのだが、抵抗むなしくそのまま後方へと追いやられ、やがて壁に激突する。
「ぐはっ……」
さしもの大男も背中をしたたかに打ち付けられ、苦悶の呻きを漏らした。
佳奈がなおも力を込め続けると、背にした石壁に大きな亀裂が入り、まるでウエハースのように粉々に砕けてしまった。
どうやら佳奈の前進は石壁ごときでは止まらないらしい。
アルトルドの背中で道を造りながら隣の部屋へと姿を消した。
それは昼間見学した謁見の間がある方向だ。
あちこちに大きな穴が空いていた理由が、白音たちにもなんとなく分かった。
秘技『カメレオン迷彩』!!
からの~、舌技『カメレオンウィップ』っす!!
うん、できなくもない。




