第23話 黄金珠玉のソロライブ その三
白音は莉美から、ここに至るまでの経緯を聞いた。
莉美もやはり白音たちと同様、こちらの世界に転移してきた時には独りぼっちだったらしい。
そうしてやはり、白音と同じように魔力波を周囲に放った。
自分の居場所を親友たちに報せるためだ。
おかげで莉美は、早々に佳奈やそらと合流することができた。
しかし同時にその強大な魔力は、カルチェジャポネの召喚英雄たちの興味を引いてしまったらしい。
それで三人の能力を有用と考えた街の上層部の人間に、うまく利用される羽目になってしまったのだ。
「やっぱ、考えなしにあんなことしちゃダメだよね」
「え、ええ、そうね……。行動は、慎重にするべきよね……」
白音にも身に覚えのありすぎる話ではある。
話が脱線しがちな莉美から辛抱強く事情を聞き出していると、一緒にいた議員のひとりが白音たちに話しかけてきた。
召喚英雄なので日本語を理解しているのだろうが、彼が発したのは人族語だった。
「すごい魔力量の召喚英雄が現れたって、こんな牢獄にまで噂は届いてたんだよ。けど、実際に目にして本当にびっくりしたよ。俺たち全員の分を、ずっとひとりで肩代わりしてくれてたんだ」
「へっへん」
しっかり人族語を理解している莉美が得意げな顔をした。
ちょっと鼻につくが白音にはまったく反論の余地がない。
そのとおり莉美の魔力量は凄まじい。
「そのかわり配給の食事に付いてくる甘いものを多めにくれって」
「あんたねぇ……」
安心のツッコミどころがあって白音は嬉しい。
「いやいや。やってる事すごいのに、なんだか可愛らしくてね。その程度のことで、彼女は我々をあの苦しみから解放してくれたんだ。感謝してもしきれないよ。エネルギーを根こそぎ吸い取られるのは本当に耐えがたい苦痛なんだ」
その話を白音がいつきに通訳して聞かせている様子を見て、男性議員は言葉を日本語に切り替えた。
「ああ、すまないね。この世界に溶け込む意味でも、我々議員たちは普段から人族語を使うことにしててね」
「いえ、ご配慮ありがとうございます」
少し考えて、白音も日本語を使わせてもらうことにした。
この場にいて日本語が分からないとしたら、魔核を持っていながら日本人ではない、つまり魔族くらいのものだろう。
日本語以外を話す現世界人が魔法少女や召喚英雄になったという話は、まだ聞いたことがない。
「あのそれで、牢番たちはずっと外で見張りをしているのですか?」
白音が見る限り、この部屋には囚人しかいないようだった。
「ここにいたら、一緒に魔力を吸い取られてしまいますからね。我々としては歓迎しますけどね」
そう言って笑ったのは智頭だった。
「次に牢番たちが入ってくるのはいつでしょうか?」
魔力供給は多分三交代制くらいになっているだろう。
白音はそのように予想していた。
いずれ智頭たちの代わりに誰か囚人が連れてこられるはずだ。
白音たちはその時に気づかれないよう、慎重に立ち回らないといけない。
「夕食の配給はもう終わりましたから、朝までは誰も来ませんよ」
けれど智頭の答えは白音の想像とは違うもので、実にシンプルだった。
智頭が他の議員たちにも確認を取ってくれる。
想定外の事態が起こらない限り、次に牢番がやってくるのはやはり朝食の配給時になるらしい。
「え、でもこの部屋にいる間は魔力を吸い取られてしまうんですよね。朝まで交代はないんですか?」
本来ならここにいる百二十人でカルチェジャポネの全魔力を賄っていたはずだ。
それを朝までやらされるなんて、莉美でもなければ音を上げてしまうだろう。
「いえ、我々には交代はありません。ずっとこのままです。他の犯罪者たちは一定のサイクルでここへ連れてこられますので、その間は我々も少しは楽になりますが、基本的にはずっと魔力を吸い取られっぱなしです」
「そんな……酷い…………」
魔力が枯渇するのは本当に苦しい。
体力的にも精神的にも厳しい拷問のような所行だ。
それを休憩もなしに長期間に渡ってやり続ければ、いずれ死人が出るのではないかと白音には思えた。
「酷いよねぇ」
莉美がそんな百二十人分の酷いことをたったひとりで引き受けながら、涼しい顔で言う。
周囲を見渡せば、未成年の子供たちも何人か見受けられる。
彼らを守ることは、きっと莉美にしかできなかっただろう。
白音は莉美という魔法少女が自分の隣にいてくれることを、心から誇りに思う。
白音はふとその子供たちの中のひとり、最年少の女の子に目を留めた。七、八歳くらいだろうか。
その子は多分魔族だ。
偽装して翼を隠してはいるが、幼いためかまだそんなに魔力の隠蔽が上手くないらしい。
普通の召喚英雄たちなら、その少し変わった体内魔素の質を個性の範囲だと判断するだろう。
しかし同じ魔族である白音は、同族の匂いとでもいうものをその女の子から感じ取っていた。
「この子は?」
白音はできるだけ何気ない風を装って莉美に聞いてみた。
だが莉美は、そんな白音の思惑をよそに、あっけらかんと問い返す。
「ああ、魔族の女の子?」
「ばか、莉美っ!!」
世情を考えれば、彼女は多分魔族であることを隠して暮らしているはずだ。
白音は慌てて周囲の大人たちの反応を見る。
しかし彼らに驚いた様子はまったくなかった。
女の子が魔族だと聞いても平然としたままでいる。
「魔力が吸い取られると変身が解けて正体がばれちゃうんだってば。だからここにいる人たちはみんな、キリちゃんが魔族だってもう知ってるんだよう……」
「あ、そうなんだ。ご免……、怒ってご免…………莉美」
「いいよ、あたしいつも余計なことして怒られてるもんね」
「う……。本当にご免なさい」
白音は、莉美の屈託のない笑顔になお一層心が痛んだ。
「でも白音ちゃん、キリちゃんのこと、ひと目で魔族だって分かるんだ?」
莉美が不思議そうにしている。
もしこれがリプリンだったなら、「魔族の味がする」とでも答える場面だったかもしれない。
「んー、自分が魔族だからかなあ。なんとなく感じるのよね。多分大人になれば、もっと上手く隠せるようになるんだろうけど」
白音が「自分が魔族」と言ったので、さすがに議員たちも少しざわついた。
召喚英雄でありながら同時に魔族でもある、というのはどういう状態なのだろうか。
彼らの理解の範疇を超えている。
しかしそれは、白音が意図的に発した言葉だった。
彼女はどよめく議員たちの目の前で魔法少女のコスチュームを翻し、見せつけるようにして魔族の姿を現した。
偽装を解いて白銀の翼を広げると、しゃがんで「キリ」と呼ばれたその女の子に向かって手招きをする。
戦争に負け、散り散りになってしまった魔族たちは、おそらく正体を隠してひっそりと暮らしているだろう。 この街ではことによると、魔族同士お互いの正体を知らぬままにすれ違っていることも有り得る。
もしかしたら心細い思いをしているかもしれないキリに、すぐ傍に同胞がいるよと知らせたかったのだ。
ちらりといつきの方を窺うと、にこっと笑って
「おっけーっすよ」
と言ってくれた。
白音がいつきに確認したのは、自分の魔力の状態のことだった。
どうやら上手くコントロールできているらしい。
魔族の姿は現したが、周囲を威圧するような質の魔力はしっかり抑えておかないと、また女の子に怖がられてしまう。
そんな涙ぐましい努力の甲斐あって、キリが手招きに応じておずおずと近づいてきてくれた。
白音が喜んでキリの頭を撫でると、キリの方は白音の翼に手を伸ばす。
魔族の中でも取り分け希少な白銀に輝く翼が、やはりキリにはもの珍しいらしい。
そして何故か、ついでに莉美が白音の尻尾を掴んでいる。
「おー、なんかこの感触、久しぶり」
莉美のことだからキリの尻尾は既に調査済みなのだろう。
触り心地を比べているに違いない。
「皆さんは尻尾……じゃなくて、魔族も受け容れていらっしゃるんですか?」
白音はそう言って議員たちの方を見た。
少し試すような形になってしまったかもしれない。
しかし彼らは、白音が白銀の翼を現しても驚きこそすれ、拒絶するような雰囲気はなかった。
キリに対して向けられている眼差しにも、なんら含むところは感じない。
それは幼子に対する慈しみの心、種族分け隔てのない純粋な好意だろう。
「この街に、魔族の方が一定数紛れて暮らしておられるのは予想の範疇でした。顔立ちである程度の推測ができるとは言え、異世界間での混血もかなり進んでいます。私たちには召喚英雄と魔族を見分けることができませんから」
そう応えてくれたのは、百人議会の議員の中にいた女性だった。
彼女は大宅という名前だと、智頭が紹介してくれた。
年齢は智頭よりも少し若いくらいだろうか。
日本では弁護士資格を持っており、カルチェジャポネでは法務を担当していたらしい。
白音が目指している資格、先輩だ。
「私たちとしては、魔族の方でもまったく区別なく市民として受け容れる用意があります。ただ、人族の皆さんとの間に軋轢があるのは確かなので、正体を隠されることについては今は何も言うつもりはありません。人族も魔族も我々も、いずれは共に良き隣人となれる、というのが基本的な考えです」
それは智頭や議員たちが持つ共通理念らしく、大宅の言葉を聞いて全員が深く頷いている。
「さすがに魔法少女さんが魔族だったとは少し驚きましたが」
大宅が悪戯っぽい笑みを浮かべてそう付け加えた。
この先輩は、どうやら少し茶目っ気のある性格をしているらしい。
利き尻尾の権威、莉美先生。
「んー、このむにむに具合は……、リンクスさん!!」
「なっ?!」




