第22話 囚われの魔法少女たち その二
佳奈とそらはバリケードを築き、『謁見の間』にふたりで立て籠もった。白音が到着するまでの時間を稼ぐつもりだった。
しかしかなりの重量物で塞いだはずの扉を一撃で粉砕し、侵入してくる者があった。それは身長3メートルを超す大男だった。その男の判断には迷いがなく、迅速だった。それにその巨躯から溢れ出る力強い魔力。かなりの強敵と判断した佳奈が、少しやる気になってしまった。
「ぬうんっ!!」
大男がまるで重戦車のように佳奈に向かって突進し、巨大な拳を振り下ろした。渾身の力が込められている。小さな少女を相手にするにしてはまったく遠慮がない。佳奈の強さを知っており、そうしなければ倒せないということをよく知っているのだろう。
佳奈は体を開いてサッカーボールよりも大きそうなその拳をかわすと、懐に入り込んで巨漢の鳩尾に肘を入れた。ミスリルゴーレムに打ち込んだのかと思うような堅さだったが、ダメージはあったらしい。男がよろよろと後ずさって尻餅をついた。
「そら、下がってろ」
「うん」
佳奈もそらも、これで終わるはずがないと思っていた。
佳奈がそらを庇うようにして拳を構え直すと、果たして大男はゆっくりと立ち上がる。
「…………」
立ち上がりながら、大男が何か呟いた。
彼は内心驚いていた。強いと聞いてはいた。だから決して見た目で舐めたりはしていない。なのに自分がこんなに軽くあしらわれるとは、思ってもみなかったのだ。
「うおあぁぁぁぁっ!!」
男は佳奈をひたとにらみ据えると、雄叫びを上げた。魔力が膨れ上がり、元々の巨躯がさらに大きくなったように錯覚する。
「うるさいなぁ……。いちいち喚かなきゃ、戦えないのかよ…………」
佳奈がびりびりと鼓膜を震わす大音声に耐えていると、そらが指さした。
「佳奈ちゃん、あれ見て」
大男の背に、立派な皮翼が生えていた。魔法の明かりを反射して、黒く鈍く輝いている。そして頭部には乳白色の双角、臀部には黒くしなやかな尻尾が揺れている。
「あんた、魔族なのか?」
「驚かないようだな……」
「ダチとおんなじだね」
佳奈はそらの魔法によって、人族語を理解できるようにしてもらっている。しかし佳奈は気にせずずっと日本語を喋っていたし、大男も今は魔族語を使っている。だから互いの言葉が通じているはずはないのだが、なんとなく会話が成立してしまっている。
「友達が魔族なの」
そらがこそっと佳奈の背後から顔を出し、魔族語で大男に教えた。
「ほう?」
「いや、ダチの方がもっとヤバイんだけどさ」
大男も佳奈も意味は分からないままにそんなやり取りを交わし、そしてほぼ同時ににやりと笑った。互いの力量を認めるのに、どうやら言葉は必要ないらしい。
◇
夜闇が濃くなるとともに、白音たちは行動を開始した。
昨晩とは違い、大魔道がいてくれるので地下の抜け道を使う必要はなかった。宿の部屋からそのまま目的地へと転移の魔法陣で向かうことができる。
ただし、莉美が囚われているのは、対魔法使い用の牢獄がある区画だと思われた。そこは魔法による脱出を阻止するために、中から外、外から中へと通り抜けるような形では魔法を行使することができなくなっている。そのため、直接狙ってすぐ側まで転移することはできない。
「夕べ、佳奈と会った辺りは避けましょうか」
白音が大魔道と、転移魔法陣の出現地点について相談を始めた。
「どうしてっすか?」
いつきが疑問に思って尋ねる。
佳奈と出くわした階段のさらにその先に、対魔法使い用の区画があると言っていたのは白音だ。あそこからが一番近いと思うのだが。
「いや、ほら……、派手に壊しちゃったから、夜だけどまだ人がいるんじゃないかと……」
「あー……。姐さんたちが派手に暴れてたからっすね」
「佳奈が、ね? わたしはお返しに胸を五回揉み返しただけなんだから……」
「揉み返してたんすね……」
その超高速の返事は多分、「わ・た・し・も・よ」あたりの意味なんだろうと思う。いつきはもう目の前で何をされていても、きっと見えないんだろうなと思った。
「それと大魔道、警備隊には音で探知するタイプの魔法少女がいるの?」
「昼間白音様がおっしゃっておられたので考えていたのですが、確かに索敵を担当していた者が、音で探査をしていたように思います。みなさん自分の能力を吹聴していたわけではないので確証がありませんが、音を使っていたと考えると腑に落ちる部分が多々あります。園山とかいう魔法少女だったと思います。男性ですが」
「あ、だ、男性ね……。」
「ソナー音が聞こえなかったから、パッシブソナーと推定」
ちびそらが保有する幅広いデータを参照し、知見を述べる
「パッシブ? 受動? ああ、こっちが発生する音を探知してるってことね?」
「うむ。ソナー音を発して、その反射音を分析して探知するのがアクティブソナー」
「コウモリみたいね……」
「コウモリか潜水艦か……。いずれにせよ石造建築物に対して通常の音波探知が有効とは考えにくいので、私には未知の領域、すなわち魔法による所産と推測できる」
「ま、そうよね……。多分その人に探知はされるだろうから、対応される前に莉美を救い出したいわね。スピード勝負で行きましょう。じゃあみんな、準備はいい? 変身よっ!!」
白音がそう言うと、大魔道がぐぐっと身を乗り出した。特等席でみんなの変身を見られるのが嬉しくて堪らないらしい。
しかし艶やかな橙色のコスチュームに変身したいつきがひとり、なんだか申し訳なさそうにしている。
「すいませんす。僕が音を消せれば、もっと楽になるのに……」
「もう、気にしないでよ、いつきちゃん。いつきちゃんのおかげでわたしたち、どれだけ助かったと思ってるのよ。警備隊が捕まえに来たって、わたしがなんとでもするわ」
白音の言葉に、ちびそらもリプリンもうんうんと頷いている。
「もう少しで何か見えそうな気がしてるんすけど、情けなくてほんとすみませんす」
そんな風に悲しそうにしているいつきを見て、けれど白音は気づいた。いつきは謝りたいわけではない。皆の役に立ちたいのだ。
こういう時、何もかもをひとりで解決してしまおうとするのは白音の悪い癖だ。頼るべきところはみんなに頼ると、決めたではないか。
「能力強化してみる?」
白音がいつきの手をそっと握る。
「いえ、以前してもらった時に、自分自身が進化しない限りその領域には手が届かないって、はっきり感じたんす。僕も星石と融合できたらって、ずっと願い続けてたんすけど、叶わなくて…………」
いつきの瞳に、じわぁっと涙が浮かんだ。
「い、いつきさん。泣いてると、その……あの……、元気を出して下さい」
大魔道がいつきを慰めようとしたのだが、上手く言葉が出てこなかった。どうやら彼は女の子の涙にはとても弱いらしい。
そんな大魔道の頭――正確に言うと鉄兜の上からだが――を撫でる手があった。リプリンだった。リプリンが触手を伸ばし、大魔道を励ますようにしている。
白音には、『セクハラ大魔道を撫でる』という発想はなかった。
そしていつきにも空いた方の手――リプリンの場合は幾つでも空いているのだが――を伸ばすと、同じように頭を撫でた。大魔道もいつきも、平等に撫でている。
「リプリンちゃん…………。ありがとっす……」
こうしてみると見かけだけなら、本当に見かけだけなら、リプリンが長女に見える。だがやはり、中身は物心ついて間もない、魔法少女初心者の末っ子なのだ。
「いつきちゃん、わたしが星石の代わり、してあげるっ!!」
リプリンがそう言うなり、細長いスライムの姿になった。白音はよく知っている。こういう時のリプリンは『穴』を狙っている。
「え?」
何の躊躇もなく、そして容赦もなく、いつきの口からにゅるにゅるとその胎内へと侵入していく。
「うおっ!? おぼ……、かばっ………」
いつきが酸素を求めるように口をパクパクさせながら、両手両膝を床について四つん這いになった。
「の、喉ごし、喉ごしっす…………」
今度は別の意味で涙目になったいつきが、わなわなと震えながらその食感について報告してくれる。
侵入の手口がだんだん手慣れてきた模様。




