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ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】  作者: 音無やんぐ
第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る
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第8話 スミレの魔法少女と鬼軍曹のしごき その二

 白音たちは休日、鬼軍曹から戦闘訓練を受けていた。

 鬼軍曹からの激しい銃撃に、もはやひとつしか活路はないと見て取った白音は、避けるのをやめた。

 そして弾丸をすべて喰らう覚悟で突進して、渾身の一撃を見舞う。

 鬼軍曹も、その覚悟を真正面から受けて立つ。


「はあぁぁぁっ!!」

「くっ……、ダメージを入れたのは見事!!」


 軍曹は自分の首筋に突きつけられた光の剣を見つめていた。


「だが……」


 白音の渾身の一撃は軍曹の首筋に傷を付けていた。

 傷を付けていたがしかし、銃身を盾にしてそこで止められていた。


「弾丸の痛みを抑えるために防御へ魔力を回していたな。それでは俺には届かんぞっ!!」


 そして背後に現れた大量の銃から斉射を受ける。


「あうっ……、うああぁっ!!」


 長く続く強烈な痛みの連続に、たまらず白音は膝から崩れ落ちた。


「戦闘技術は一流だが魔法少女としての戦い方が分かっていない。もっと魔力を手足のように使いこなせ」


 軍曹が倒れた白音を見下ろして言った。

 肩で息をしてそのまま立つそぶりがないのを見て取ると、再び莉美に向かった。


「泣いているだけのこいつの危機を、今の貴様は救えるのか? 逆に貴様が危機の時、こいつは助けになってくれるのか?」


 もう一度拳銃を手にして、まだ仰向けになったままの莉美の胸のあたりに銃口を向ける。


 俯せのまま、顔だけ莉美の方へ向けてそれを見ていた佳奈が、全身にざわっと殺気をみなぎらせた。

 それだけで軍曹の動きを止めさせる効果があったのだが、佳奈はまだそれ以上は動けないようだった。


「ふん」


 軍曹は再び莉美に向き直って引き金に指を掛ける。


 だがその時、林の向こうから何事か喚きながら走ってくる人影があった。

 軍曹も思わずそちらを見る。

 藪の中をなりふり構わず走ってきたらしいその人物は、走りながら大きなスーツケースを放り出すと、紫色の輝きに包まれて魔法少女に変身した。

 神一恵だった。

 変身したと思えば、走り続けるまま一恵の姿が突然ふっと消えた。


「死ねぇぇぇぇっ!」


 軍曹の直上に一恵が現れて降下してきた。


 空中にできた蜃気楼のような円形の揺らめき。

 うねうねと波打つ水面のように見える円盤から一恵は出てきた。

 一恵は空間に干渉する魔法の使い手であると白音たちは聞いている。

 遠く離れた空間と空間を繋げるゲートが作れるのだ。

 人里離れた場所にあるこの場所へひとりで来たのも、多分その魔法なのだろう。


 一恵は落下しながら、軍曹目がけて手刀を振り下ろした。

 軍曹はやはり最小限の動きでそれをかわすが、手刀から発生した見えない斬撃のようなもので、地面にぱっくりと鋭利な切り口の割れ目ができた。

 空間に裂け目を作って、それで物体を切断するのだ。

 切り口を見ればどれほどの切れ味があるのか想像がつく。

 本当で殺す気に見えた。


「その意気や良し」


 軍曹は斬撃の威力を見ても動じる様子はなく、そう言って少し笑みすら浮かべた。


 そんな軍曹をにらみつけるようにして、一恵が殺意をまったく隠そうともせず苛烈に攻める。

 なんとしても切り刻まんとして、周囲にかまいたちのような刃が飛び交う。

 しかしその見えない殺意の嵐を、軍曹は流麗な動きで平然とかわしていく。

 コスチュームのスカートがひらひらと残像のように舞う。



「おい、ピンク。リーダーなのだろう? 見ていていいのかな?」


 軍曹は一恵の致命的な一撃をかわしざま、太もものシースからダガーナイフを抜いた。

 その柄で一恵の背中に痛打を食らわせる。


「ぐ……」


 軍曹は少し、白音がまた立ち上がるのではないかと期待していた。

 それで挑発をした。

 そしてやはり彼女は、軍曹が直感したとおり『本物』だった。

 桜色の魔法少女は再び力を振り絞るようにして立ち上がると、剣を構えてみせた。

 瞬時に一恵と目配せを交わす。


 ただ、何故かすぐには飛びかからず、少し問いかけるような目で軍曹を見ている。

 

(ああ、一騎打ちと言ったのに、ふたりでかかっていいのかと聞いているのか)


 軍曹は気づいた。律儀なリーダーだ。


「歯ごたえがなさ過ぎる。束で来い」


 軍曹がそう言った途端、ふたりが同時に動き出した。


 接近戦の剣と飛ぶ刃、白音と一恵のコンビネーションは抜群だった。

 白音が正面から軍曹と対峙し、手数の隙は一恵が連携して瞬時に埋めていく。

 白音は一恵が魔法少女として戦うのを見るのは初めてだったが、呼吸を合わせるのがとても心地よかった。

 一緒に戦うのが初めてとは思えないほどに戦いやすい。

 多分一恵が完璧に合わせてくれているのだろう。

 白音は彼女の能力の高さを肌で感じた。

 やがて一恵の方も一緒に戦ううちに殺気が消えて、次第に白音に合わせるのを楽しんでいるようだった。


 莉美はいつの間にか泣き止んで、ダンスのようなふたりのコンビネーションに見入っていた。

 そしてその傍に、どうにか動けるようになった佳奈がやって来る。


「莉美、平気か?」

「うん、ありがと……。ねぇ、佳奈ちゃん」

「ん?」

「一恵ちゃんと白音ちゃんって……すごく息が合ってるね」

「…………そだな」


 莉美が素直な感想を言うと、佳奈はなんだか少し悔しそうにした。


「さっき一恵さんが変身した時、星石が見えなかったの。初めての時も感じたんだけど、あの人星石と融合していると思う」


 そらがそう教えてくれた。

 彼女もようやく意識が戻ったようで、体を引きずるようにしてふたりの元へと寄り添う。


挿絵(By みてみん)


「白音ちゃんと同じってこと? すごい……」


 そらは以前、それを『強さの証』だと言っていた。

 星石と融合することによってより大きな力を引き出せるようになる、そんな風に言っていたのを莉美は思い出した。

 そらによれば、星石が体内で恒久的に融合すると核を為し、魔法少女としてより高みに達することができるらしい。

 魂と星石が一体となって、ひとつ上の段階へと成長するというのだ。


 しかしそんな高みへと達したはずのふたりの攻撃を、軍曹は完璧に捌き続けていた。

 ふたりがかりでやってもなお、手数は軍曹の方が上だった。

 一度に操れる銃器の数が多すぎる。



「軍曹は、一恵ちゃんのあの見えない刃、どうやって避けてるんだろ?」


 莉美は自分ならきっとまったく避けられないだろうと思う。

 当たってもどこから飛んできたのかすら分かるまい。


「多分魔力を感じてるんだと思う。白音ちゃんもほら、軍曹の銃撃を背中で避けれるようになってきてるの」


 確かにそらの言うとおり、完全な死角から銃撃されても、白音はそれを見もせずに避けている。

 初めのうちはそうではなかったように思う。

 そらは戦闘能力は低いが感知能力には長けていた。

 だから、白音たちほどではないにせよ、何となくその雰囲気は掴めていた。

「目に見えない魔力を感じ取る」、そのことが今後を考える上で重要なファクターになるとそらは考えていた。


 佳奈は唇を噛みしめた。

 どうして白音の隣が自分ではないのだろうと思う。

 そしてそらの言葉を聞いて、自分も魔力を感じてみようとする。

 なるほど、軍曹の銃の位置や、一恵の見えない刃が飛んで行くのが少し肌で感じられるのが分かった。

 どうやら佳奈にも学ばねばならないことは確かにあるようだった。

 しかし断じて、軍曹や一恵に白音の隣を譲る気はないのだ。



「ほら、得意の能力強化はどうした?」


 白音と一恵の完璧とも思える連係攻撃を、軍曹はかわし続けていた。

 無駄のない動きは見ていて美しい。

 そしてもう一段、ギアを上げろと白音に要求さえしてくる。


「怪我しても知らないんだからっ。能力強化(リーパー)!!」


 白音がふたりの能力を強化した。

 ここにいる全員を強化したら、きっと佳奈たちも参戦するだろう。

 それはさすがにずるいのではないかと感じたのだ。



「ありがとうございます。名字川さん!!」


 一恵は恭しく、貴人から宝物を下賜されるような態度で魔法を受け取った。

 身体能力を強化され、白音と一恵の動きが目の覚めるような変化を遂げると、さすがに軍曹が押され始めた。

 パワーもスピードも桁違いになっている。

 次々に一恵が投射する刃を避け切れずに軍服が裂ける。


 白音はさりげなく自分が攻撃役を買って出て、一恵には牽制を任せる。

 一恵に攻撃を任せると、致命傷とまでは行かなくとも、何か酷いことをしそうな気がしたからだ。

 一恵は何も言わなくとも白音の意図をくみ取り、素直に従った。


 そろそろさすがの白音も体力の限界が来ていた。

 白音が一恵の目を見つめると、無言で了解の意を返してくれた。

 白音が渾身の斬撃を繰り出すと、それに合わせて避けづらいところに一恵が飛刃を投げる。

 軍曹がそれを何とかかわすと、隣にもう一枚刃が並行して飛んでいた。

 慌ててふたつの刃の間に軍曹が身を滑り込ませると、顔の前を通過する瞬間に、それまで透明だった刃が突然真っ黒になった。


「!!」

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― 新着の感想 ―
ノリノリで軍曹さんを殺しにかかる一恵さんが素晴らしかったです。殺意もノリノリでしたね。素晴らしい闘争心に感服させられました。そこが全てを持っていきました。読んでいてとても楽しかったです。
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