第22話 囚われの魔法少女たち その一
予定より一日遅れての更新になります。
ご迷惑をおかけしてすみませんでした。
優美な曲線を描いてそそり立つ石造りの尖塔、その上層に位置する小さな窓から、宇宙ミッターマイヤーが物憂げに夜空を見上げていた。
古代ローマ時代の『ストラ』のような一枚布でできた衣装を体に巻き付け、さらにその上から防寒用に、これもまた古代ローマ時代の『パルラ』を模した布をマントのようにして羽織っている。
長い金髪をふた房の三つ編みにし、見知った星座がないかと澄んだ青い瞳で探すその姿は、白音たちが想像したとおりの囚われのお姫様だった。
そらがいるのは、旧エーリュコス王朝の王城だった。
今では『天空城』と呼ばれ、空中高くに浮揚してしまっている。
翼も転移の魔法もない彼女には、到底単独で逃げ出せるような場所ではない。
だが、物憂げな顔をしている理由は別にあった。
そらのストラには背中に大量の洗濯ばさみのようなものが挟んである。
ストラが大きすぎたので、調整のために身幅や丈を詰めてあるのだ。
しかし、そらの憂鬱の理由はそれでもない。
洗濯ばさみはあくまで間に合わせのものなので、しばらくしたら『子供用の物』を仕立てるので待っているようにと言われたのだ。
実はそらは、その言葉に一番むかっとしていた。
そらは百人議会の議員だと名乗る召喚英雄から、託宣として未来の予言をするようにと強要されている。
さもないとそらの親友であり、共に異世界へと渡ってきた佳奈や莉美に危害を加えると脅されたのだ。
当然佳奈や莉美に対しては、そらの方が人質として脅しの道具にされているのだろう。
いつもなら彼女たちに危害など加えられるはずがないと取り合わないところだが、三人は街に入る際に髪の毛を奪われてしまっている。
いくら佳奈でも、召喚英雄に取り囲まれた中で無力化されれば危ないだろう。
脅しをかける彼らのその様は、どう見ても議員というよりはその辺のごろつきという感じだった。
大魔道と名乗る珍妙な格好をした魔法使いが髪の毛を破棄してくれたという朗報は、三日前に佳奈から聞いている。
しかし念のため今しばらくは大人しく従っているふりをして、機を窺っていたのだ。
そして昨日、待ちわびた報せが佳奈からもたらされていた。
白音が助けに来てくれた、と。
そらが窓から下を覗くと、そこには魔法少女に変身した佳奈が立っていた。
他にももうひとり召喚英雄がいて、ふたりひと組で扉を守っているのだ。
尖塔から外へと通じる扉の前に陣取って、中からも外からも、人を通さないようにと命じられているらしい。
気配に気づいた佳奈が窓を見上げ、親指を立てて合図を寄越してくれる。
[白音、今夜来るかな?]
佳奈が精神連携を通じてそらに語りかけてきた。
白音が想像したとおり、ふたりは離れていても、そして声に出さずとも、これで意思の疎通ができている。
[白音ちゃんの性格なら、間違いなく今晩、急いで準備して莉美ちゃんを助けに来てくれると思う]
[相手がそらだったら、白音の奴、行動読まれまくりだな]
マインドリンクを通じて佳奈の笑いが伝わってくる。
[信頼の証、なの]
しばらくそうやって時を過ごし、ふたりで見知らぬ夜空に勝手に星座を結んで遊んでいた。
[来たの]
そらの声と同時に、佳奈も近づいてくる魔力の気配に気づいた。
やがて現れたのは、やや気弱そうな顔をした若い男性だった。
彼は園山という名の召喚英雄で、佳奈の部下として警備隊に配属されている。
園山は戦闘が不得手らしく、専ら魔法による索敵を任務としている。
「隊長、おっしゃるとおり、湖の地下牢に突然音のしない空間が発生しました。それが移動しています。ご指摘がなければ見逃していたところです。さすがで…………うぐっ!?」
だが園山は、最後まで言葉を続けることができなかった。
瞬く間すらあったのかどうか、鳩尾に佳奈の拳がめり込んでいた。
彼はおそらく、殴られたことにすら気づいていないだろう。
そのまま意識を失った。
「た、隊長!! 何を?!」
佳奈と共に見張りに就いていた男性がそれを見て警戒態勢を取った。
こちらはさすがに戦闘能力を買われて警備隊に配属された召喚英雄である。
突発的な事態への対応が早い。
「がっ……」
だがそれだけのことであった。
佳奈が一瞬、紅玉のような魔力を夜陰にひらめかせた。
誰の目にも留まらぬ速度で男性の真正面から顎に一撃、掌底を浴びせる。
脳を揺らされた男性は何の抵抗もできず、膝からくたっと崩れ落ちて動かなくなってしまった。
「ごめんな。これ、アタシの言うとおりじゃなくて、そらの言うとおり、なんだ」
佳奈の掌底をまともに食らった召喚英雄の名は武藤という。
ふたりとも部下として配属されてはいるが、佳奈が裏切らないよう監視役としての役割も与えられているようだった。
だが悪い奴らではない。
佳奈も短い付き合いだが、けして嫌いではなかった。
ただ、今は敵対するより他に道がないのだ。
佳奈はふたりの召喚英雄を手早く両肩に担ぎ、尖塔の中へと引き込んだ。
男性ふたりの重みをものともせずに、軽快に石段を駆け上がっていく。
佳奈は音による索敵魔法が使える園山に、
「人工湖の地下で不自然に音が途絶える箇所が発生したら、それは警備隊員の手には余る強敵が現れたというサインである。隊長である自分が直々に対応するので、急ぎ知らせに来るように」
と言い渡してあった。
つまり園山の索敵能力を逆手にとり、白音が来たことを教えさせる。
そうして彼が報告に来たらそのまま無力化して身柄を確保。
白音たちの潜入が露見するのを少しでも遅らせて時間を稼ぐ。
園山からの定時連絡が途絶えれば、おそらくはカルチェジャポネの軍部から尖塔への状況確認が行われるはず。
そこで佳奈とそらは『託宣の間』に立て籠もり、さらに時間を稼いで白音たちが莉美を救い出してくれるのを待つ。
それがそらの描いた絵だった。
佳奈が『託宣の間』で、予め用意していた頑丈なロープで園山と武藤を縛り上げていると、上階からそらが下りてきた。
衣装の丈が長すぎて、床をその裾で掃き掃除してしまっている。
「これでオッケー?」
佳奈が振り返ってそう確認したが、そらのぶかぶかの格好を見て思わず笑いそうになる。
そらはきゅっとその小さな唇を尖らせて、しかし一応指でオッケーのサインを出してくれる。
「一枚布でできてるから、フリーサイズなの」
「そ、そうなんだ?」
気絶したままの召喚英雄たちを立派な石柱にしっかりと括り付けると、次は扉を塞ぐようにしてバリケードを築いていく。
この部屋には、扉が一カ所しかない。
扉は塔の内周を取り巻くようにしている螺旋階段へと通じており、上から来ようと下から来ようと、この扉を通る以外に部屋へと入る方法はない。
当然カルチェジャポネの兵士がやって来るのもここからだろう。
立て籠もるのに適しているのでここを選んだのだ。
もちろんバリケードの材料にも目星は付けてある。
予言を下ろす儀式の際に使う巨大な祭壇、石造りの彫刻、立派な台座に載せて飾られた煌びやかな装飾品類。
おそらくは予言という神秘的な雰囲気を盛り上げるために配置されているのだろう。
佳奈とそらはそれらをふたりがかりで、一応壊さないように気を遣って移動させていく。
なかなか前衛的な芸術品の山が完成した頃、螺旋階段を上って誰かがやって来た。
扉を開けようと試みる気配がするが、高価なバリケードのおかげで扉はびくともしない。
「おい、どうなってる?! ここを開けろっ!!」
野太い男性の怒鳴り声と共に、扉を何度も乱暴に叩く音がする。
佳奈とそらがそれを無視して息を殺していると、やがて扉の向こうで魔力が膨れあがるのが感じられた。
[来るぞ、そら]
佳奈とそらは物陰に身を隠し、気絶している園山と武藤にも危害が及ばないことを確認する。
身構えていると、その野太い声に見合った乱暴さで扉が破壊された。
一撃で木製の扉が簡単に吹き飛んで粉々になる。
もちろん巻き込まれた美麗な装飾品たちも、ただの産業ゴミに変わってしまった。
しかしバリケードはかなりの重量になっていたはずだが、ものの数秒ももたないとは少し想定外だった。
「あー……」
「ちょっともったいなかったの」
自らが作った瓦礫の山を踏み越えて部屋に入ってきたのは、見事に鍛え上げられた肉体を持つ小山のような大男だった。
身長は掛け値なしにそらの二倍はあるのではないだろうか。
「巨人の血を引いている」、そう言われれば信じてしまいそうだった。
男は佳奈とそらがあげた嘆息の声と、床に散らばった元芸術品の断片を見て、しまったという顔をした。
しかしすぐに切り替えて部屋を見渡すと、佳奈の方に焦点を合わせた。
どうやら彼女を標的に決めたらしい。
佳奈も戦力としては貴重だが、そらの戦略的な価値は計り知れない。
逆らうようなら真っ先に佳奈を潰すよう言われているのだろう。
カルチェジャポネに来て日の浅い佳奈たちは、この大男の顔を知らない。
警備隊ではなく、別の隊に所属しているはずだ。
そしておそらく、佳奈たちに何か問題が発生した場合の対処を一任されている。
彼の判断には迷いがなく、迅速だった。
それにその巨躯から溢れ出る力強い魔力。
佳奈が少し、やる気になってしまった。
この年頃の男子同士で星座作らせると、下ネタ合戦になっちゃう奴です。




