第21話 絶景観光ツアーへようこそ!! その四
天空城の謁見の間に入った白音、いつき、リプリン、ちびそら、大魔道の五人は、その荘厳な雰囲気に圧倒された。
しかしリプリンといつきは感動しながらも、ややマニアックに細部をじっくりと丁寧に観察し始めた。
彼女たちのような本物を真似る能力を持つ魔法少女には、本物を見るということがとても大切なのだろう。
「ゲームの世界みたい?」
白音がちょっと思いついて聞いてみた。
「もうゲームを超えてるっすよ」
いつきがゲームの煽り文句とは真逆の感想を漏らす。
普通はゲームの方が頑張って本物を超えようとするものだろう。
謁見の間より奥はやはり立ち入りが禁止されており、執務室や議事室があるらしかった。
案内板の説明文によると、議事室は百人議会のために新しく作られた、広くて立派なものなのだそうだ。
なんだか誇らしげに書いてある。
自慢したそうなのに、見せてくれないのかな? と疑問に思って案内板をよく見ると、ところどころ修正された跡がある。
最近まで入れたのではないだろうか。
戦争の気運が高まって、少しはセキュリティが厳しくなったのかもしれないと白音は思った。
近衛隊長時代の記憶によれば、議事室のある辺りは元々王族の居室があった場所だ。
そこにそんな広い空間は存在していなかったと思う。
あれば護衛任務がやりにくくなって困る。
きっと壁を何枚も打ち抜いて場所を確保したのだろう。
白音はその破壊の様を想像して眉をひそめた。
ひとつひとつ、人族や召喚英雄たちが為したことを見る度に、白音の感情が上や下へと激しく揺さぶられる。
結局、力ある者は何をしても許されるのだ。
それが善行だろうと、悪行だろうと、許されてしまうのだ。
[白音様はご存じでしょうが、あちらの通路から尖塔へといけます。その尖塔にそらさんが囚われています]
大魔道がSNSを使って、白音にメッセージを送ってきた。
その尖塔の中程に、今朝大魔道が言っていた『託宣の間』とやらが設けられているらしい。
[普段そらさんは塔の上におられて、予言を下す際に託宣の間まで下りてこられます。そこより上に誰も近づけないようにすることが警護の人間の役目でした]
[こっちこそ本当に塔に囚われのお姫様じゃないの!!]
すると白音のメッセージに呼応して、リプリンが大量に血管マークのスタンプを送信してきた。
[白音ちゃんキレまくり!]
[いやいや、そこまでキレてないけど……]
[笑 リプリンちゃんもうスマホカンペキっすね]
謁見の間に隣接した控えの間が、資料展示室として使われていた。
白音たちはそこで初めて『シチョー』の肖像画を見た。
肖像画と言っても写真のような仕上がりで、おそらくは実物を忠実に再現しているのだろうと思えた。
『初代市長 智頭究人』『二代目市長 斉木翔』と書かれた肖像画の他にも、議員の顔がずらりと並んでいる。
「ふむ……」
それを見た大魔道が意味ありげな声を漏らした。
「道士?」
しかし大魔道はそれ以上は何も言わなかった。
帰ってから話すつもりでいるのだろう。
一応肖像画も写真に撮って収めておく。
その後も見学できる場所はすべて見て回り、ほぼすべてカメラと記憶の中に焼き付けることができた。
[大体は記憶の中にあった通りだから大丈夫、迷うことはなさそう]
白音がスマホでそうメッセージを送ると、
[わたしもいけます。警備していた場所と、今見た範囲ならどこへでも転移できます]
と大魔道から心強い返事が返ってきた。
これでできるだけの下準備はできただろう。
あとは出たとこ勝負するしかあるまい。
◇
宿へと戻った白音たちは夜に備えて早めの夕食を食べ、早々に自室へと下がることにした。
広いリビングに置かれたテーブルを皆で囲む。
「道士、昼間何か言いかけてたわよね?」
白音は肖像画の前での話に水を向けてみた。
「白音様、気づいておられましたか。わたしに関心を持っていただいて嬉しいです」
「いや……、まあ。それで? 何かあったの?」
「はい。市長にはまだ会ったことがなかったのですが、あの肖像画を見て思い出しました。あの顔と斉木翔という名には覚えがあります」
「現世界での市長を知ってるっていうこと?」
「ええ。間違いないと思います……」
大魔道が現世界での斉木翔について、聞かせてくれた。
「彼はここのウエイトレスさんもご存じでしたが、確かに県会議員でした。しかしあまり評判は良くなかったように思います。公共工事を請け負う建設会社との癒着を疑われており、逮捕が間近と噂されていました。ただ、彼はその疑惑のさなかに突然消息を絶ってしまいました。どこかで自殺しているのではないか、と考える人が結構いたように思いますが…………。どうやらこちらの世界に来ていたようですね」
「異世界召喚で逮捕を逃れるなんて、なかなか凄まじい人生ね……」
白音はふと、異世界にいても時効は完成猶予されるのかしら、といらぬ心配をする。
「かなり昔の話ですし、当時は芸能スキャンダルのニュースに隠れてあまり報道されませんでしたから、知らない人がほとんどかもしれません」
「でも、大魔道は良く覚えてるのね?」
「私の地元の議員でしたから。それにこいつとは仕事で一緒になったことがあるのです」
「こいつって……」
「高圧的でパワハラ体質の嫌な奴でした」
「なるほど、それで『こいつ』呼ばわりなのね……」
「ねぇねぇ、セクハラ大魔道はパワハラ嫌い?」
突然横からリプリンが会話に割り込んできた。
彼女は自分が蚊帳の外に置かれていると、どうやらそういうことをしたくなるらしい。
なかなかの直球発言に、白音といつきがチラッと大魔道の反応を窺う。
「もちろんですよ。セクハラはいいものですが、パワハラはだめなものです」
「いやいや、セクハラもだめっすよ」
いつきが思わずツッコんだ。
しかし白音は、パワハラの話よりもセクハラよりも、県会議員時代の斉木翔を大魔道が知っていたことの方が気になった。
「やっぱり道士は人間だったのね。召喚英雄としてこの世界に喚ばれてきたの?」
「ああ……。ええ、そうです。召喚されて、いきなり魔法使いとしての素養が高いなどと言われて、魔法の理論や実践をいろいろ学ばされました。それは良かったのですが、しかしわたしはどうしても魔族の側について戦いたいと感じましたので、兵士として白音様たちの軍に潜り込むことにしたのです」
「いやでも、戦争の真っ最中だったでしょ?」
白音は大魔道の大胆というか、衝動的というか、その行動力に驚かされる。
「そうですね。わたしが召喚英雄だとばれれば殺されるでしょうから、そうならないよう必死でしたよ」
その間ずっと頼みの綱にしていたのであろう鉄兜を、大魔道はこつこつと指で弾いて笑う。
「そうまでしてなんで魔族に味方をしてくれたの? いえ、わたしたちは助かったし、あなたに命を救われた魔族も大勢いたと思うんだけど……」
「それは魔族の方々が皆美形揃いで、私の好みでしたから」
大魔道は堂々、きっぱりと言い切った。
そして慌てて付け加える。
「あ、もちろん白音様と出逢ってからは白音様一筋ですよ?」
「そう……。でももう正体隠す必要無いんじゃない?」
白音が大魔道をじっと見ると、大魔道の方が兜の下で目を逸らした。
なんだか恥ずかしそうにしている。
「なんで照れるのよ……」
「いえ、白音様が私に興味を持って下さったのが、その……」
「兜取ったら? それ、煩わしくないの?」
「ずっと隠していたので今更恥ずかしいといいますか……」
「あ、そう。じゃいいわ」
それきり白音が興味を失ってしまったので、大魔道は露骨にしょんぼりした。
しかし実のところ白音は、斉木の話が何年前の事で、大魔道はいったい何歳なのか、気になってはいた。
しかしそれを問うと、大魔道に燃料を与えてしまうような気がしたので何も言わなかったのだ。
これ以上燃え上がられては困る。
「あ、あの、踏ん切りが付いたら兜取りますので……」
大魔道が小声でそう言うと、白音は素っ気なく返す。
「はいはい」
いつきはそんな大魔道を見ていて、だんだん健気に思えてきた。
彼は一途に白音のことを想い続けているだけなのだ。
『セクハラ大魔導が白音専属ストーカーにレベルアップした』というのは言い得て妙だと思う。
本当に専属なのだ。
ただしもちろん、いつきも自分専属のストーカーだなどと言われれば、とても健気には思えまい。
それはもうそういうもの、としか言いようがない。
ふと見ると、いつの間にか大魔道の膝の上にちびそらが乗っていた。
そして「やれやれ」というように肩をすくめると、その小さな手で大魔道の脚をぽんぽんと叩いた。
どうやら慰めてくれているらしい。
「ちびそらさん…………」
やがて夜の帳は平等に、善悪の区別なくすべての謀を覆い隠していく。
莉美の魔力が生み出す明かり、夜街の賑わいを後目に、白音たちは行動を開始した。
リプリンが送ってくる悪戯メールには、あらゆる心霊写真がほぼほぼ再現可能です。
要SANチェック。




