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ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】  作者: 音無やんぐ
第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける
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第21話 絶景観光ツアーへようこそ!! その三

 白音、いつき、リプリン、ちびそら、大魔道の五人は、浮揚城を偵察するためにロープウエイ乗り場へと向かった。

 さすがに街の中枢へと向かうロープウェイは保安検査(セキュリティチェック)が厳重に行われている。

 しかし白音たちにとって、それをすり抜けることはさしたる苦労ではなかった。

 魔法を使う不審者を見つけ出すことなど、そう簡単にできるものではないだろう。

 結局魔法少女にとって、セキュリティなんてザルも同然なのだ。


 二階プラットホームに上がると、魔法強化支索エーテルフォーストロープの続く先に、浮揚している美しい城の姿が見えていた。

 今日はあいにくの曇天で空が霞んでいるのだが、それでも城を支えている岩塊はあまりにも巨大ではっきりと視認できる。

 距離は目算で五百メートル前後といったところだろうか。

 ロープウェイは交走式なので、ふたつのゴンドラが交互にやって来る。

 片道の所要時間は十分もかからないが、運行間隔はだいたい三十分に一本くらいらしい。

 乗車賃は、城の見学料金と合わせてもかなり安価に設定されていた。

 多分人族向けのレクリエーションとして考えられているのだろう。

 ゴンドラが既にホームで待っていたので、早速五人で乗り込む。

 ちびそらはいつきの『お人形』として肩から下げたポシェットの中で大人しくしている。

 定員は二十名ほどだろうか。

 先に六人ほどの客が乗り込んでいて、白音たちを見ると一斉に頭を下げた。

 そして一番前の見晴らしのいい席に座っていた親子連れの乗客が、「どうぞ召喚英雄様方」と場所を譲ってくれようとした。

 しかしそれはさすがに固辞する。

 せっかくなんだからみんなで楽しく行きましょうよ、と白音は思う。


 しばらく待っていると、甲高い鐘の音がカンカンカンとけたたましく鳴り始めた。

 やや遅れて、遠くの方からも同じような音が聞こえてくる。多分城の方からの応答だろう。

 その鐘の音が鎮まると乗務員がドアを閉め、やがてゴンドラがゆるゆると動き始めた。


「いよいよ敵城(・・)視察っすね。詩緖ちゃんがよく言ってた奴っす!」


 いつきが小声でそんなことを言った。


「ん?」


 張り切ってくれているのだろうが、白音にはなんだか少し言葉のニュアンスが違うように聞こえた。

 しかし白音はそのまま気に留めないことにする。

 細かいことをいちいち気にしていたら、チーム白音のリーダーは務まらないのだ。

 いつきを始めとするエレメントスケイプの四人は皆、幻覚系や精神操作系統の魔法の使い手である。

 秘匿任務に向いているため、敵情(・・)視察などの潜入任務も多くこなしているのだろう。

 頼りにしている。


「下から見た感じだと、かなり広い範囲が丸ごと削り取られてるって感じだったのよね。だから周りの庭園とか兵舎とか、何もかも一緒に浮かんでると思うの」


 到底一日で調べきれる規模ではないだろうと白音は考えていた。


「我々の目的は莉美さんを救出した後に佳奈さんとそらさんをピックアップするとこですから、最低限その経路を確保しておきたいですね」


 基本的なプランAでは大魔道の言うとおり、三人と合流できさえすれば良いのだ。

 転移も翼もある白音たちにとって、空の上からの脱出はさほど難しいことではない。

 だから今回の下調べの最大の目的は、位置関係を把握しておくことだった。

 大魔道が自由にどこへでも転移できるようになれば、あとは白音がなんとでもする。



「夕べ佳奈が、音で丸分かりとか言ってたから、城に着いたら大事なことは口に出さないようにしないとね」


 白音がそう言いながら、唇に人差し指を当てる。


「はーい!!」


 一番心配なリプリンが元気よく返事をしてくれた。


「姐さん、すいませんす。僕が音も消せたら良かったんすが……」


 いつきが申し訳なさそうにしている。

 しかしそれはまったく彼女の責任ではないだろう。


「気にしないで、いつきちゃん。聞かせたくないことはSNSでやり取りしましょう。リプリン、スマホの使い方分かった?」

「おっけー!!」


 ちびそらが5G回線によるデータの送受信も担ってくれているのだが、先程から全員のスマホに大量の悪戯メッセージが送られてきていた。

 白音に聞かれるまでもなく、既にリプリンはスマホを自由に使いこなしている。

 元々白音が使うのをその胎内から見ていたので、飲み込みが非常に早い。

 それに触ってみたくて仕方がなかったらしい。

 欲しいとは言わない方がいい気がして、ずっと我慢していただけなのだ。


「と、いうことはむしろ心配なのは道士かな……?」


 多分大魔道の方はすぐには使いこなせないだろうと、白音は勝手に考えていた。

『新しいテクノロジーについて行けないおじさん』みたいな姿を想像していたのだ。

 しかしどうやら大魔道の方も、既に使い方はマスターしてしまったらしかった。

 さすがは現世界出身でありながら魔法の第一人者にまでなった人物である。

 やはりその頭脳は明晰で、理解力も人並み外れているらしい。


 リプリンがスマホデビューで嬉しそうにパシャパシャと地上の写真を撮っている。

 どうやら彼女のスマホは、地球上では到底あり得ないような絶景と怪奇現象のアルバムになりそうだった。

 その両隣で白音と大魔道もやはり熱心にゴンドラ内部を観察したり、地上の街や近づいてくる城をカメラに収めている。

 端から見たらただのお(のぼ)りさんだが、ふたりの目線は完全にスパイのそれである。

 もちろん街の空撮写真なども本来は軍事機密に当たるだろう。

 しかし乗務員に見咎められるようなことはなかった。

 リプリンの屈託のない歓声がいいカモフラージュになってくれているのかもしれない。

 ロープウェイの出来栄えは実に見事なもので、現世界の物と比べても遜色なかった。

 魔法ばかりではない。工作技術の方もかなりの発展をみせているようだった。

 しかしさすがにゴンドラ本体やそれを支える支索(ロープ)は強度が出せなかったらしい。

 そこはしっかりと魔法で構造強化されているのを感じる。


「なんか浮いてるよ?」


 リプリンが前方を指さして言った。

 滑車のような物がいくつか連結されており、それが下から支索(ロープ)を持ち上げるようにして支えている。

 しかしリプリンの指摘どおり、滑車自体は何の支えもなく宙に浮いている。


「支柱……柱がないからなんて言うんだろう。滑車だけ魔法で浮かせて、それでロープを支えてるんじゃない?」


 白音もそんなにロープウェイに詳しいわけではないが、支柱がないとロープがたるんだりとかしそうな気がする。


支索(ロープ)が二本あって、それを滑車できっちりと固定している。横揺れに強い構造。フニテル……」


 ポシェットの中のちびそらが周囲に聞こえないよう、ものすごく小さな声で囁いた。

 よく聞こえなかったが、語尾がフニだった気がする……。

 可愛らしいが、何か変な言語学習でもしたのだろうか。


「本来は鉄塔か何かで支えるんでしょうけど、魔力で支えてるってことよね」


 では魔力が切れたら落下するのではないかと白音は危惧した。

 もっとも、その時は城も丸ごと落ちるのだろうから、あまり意味のない心配かもしれない。


 様々な見所はあるのだろうが、結局一番盛り上がったのは下りのゴンドラとすれ違う時だった。

 白音たちも人族の観光客も皆入り交じって歓声を上げ、すぐ横を通り過ぎるゴンドラに向かって手を振る。

 ただ早朝のためか、残念ながら地上行きには乗務員以外誰も乗っておらず、大量の荷物が積まれているだけだった。

 しかしきっちりとした制服に身を包んだ乗務員が、笑顔でその歓声に応えて手を振り返してくれた。


 やがて城の姿が大きく見えてくると、城門に大きく『天空城』と書かれた看板が取り付けられていた。

 それを見た白音はさすがにちょっと苛ついた気持ちになった。

 もしかしたら日本の城でも観光に特化されているものは、昔の住人が見たら同じような気持ちになるのかもしれない。

 巨大な岩盤はやはり広さが十分あり、城の手前に地上と同じような二階建ての駅舎が建てられていた。

 そこへ滑るようにゴンドラが到着する。

 一階に下りた白音たちはまず、駅の案内板を確認した。

 白音の前世の記憶と照らし合わせると、見学は『謁見の間』まで入れるようだった。

 それ以上奥への案内表示はない。

 現在の統治者である『シチョー』は、どうやら謁見の間を必要とはしていないらしい。

 近代以降の現世界のやり方を真似た政治形態では、使うような機会がないのだろう。

 王の威厳を保つためのその豪奢な装飾は、白音の記憶にもよくのこっている。

 一般公開されているのなら、きっと一番の目玉になって喜ばれていることだろう。

 白音たちはまずはその謁見の間を目指すことにした。

 同行していた乗客たちもほぼ全員が同じ方向を向いている。


 謁見の間へと至る歩廊は、そのまま王の拝謁者を威圧するための演出になっている。

 採光は最小限に抑えられていて、天井が高く取られているために昼でも薄暗い。

 拝謁を望む者はそんな場所をかなり長い距離に渡って歩かされることになる。

 歩廊の両側に立ち並ぶ柱はそびえ立つように高く太く豪壮で、等間隔に設けられたアーチはそれと対極をなすように煌びやかで優美な装飾が施されている。

 要は、王に会いに来た者をその手前で怖じ気づかせるために造られているのである。

 ディオケイマス(リンクス)の父であるオルディアス・エーリュコスはよく、「少しでも争いを減らすための方便だ」と言って笑っていた。

 ここを歩く度に拝謁者は畏敬の念を、白音たち近衛兵は誇りを胸に抱いていた。

 そして観光客たちは、楽しみに胸を躍らせる。


 謁見の間に足を踏み入れた白音は、思わず感嘆の声を漏らしていた。

 他の観光客も同じなのだが、白音にはやはり特別な思い入れがある。

 謁見の間は往時の荘厳さをそのままに再現されていた。

 戦乱で一度は大きく損傷してしまったが、カルチェジャポネの人々が綺麗に修復してくれたらしい。

 デイジーは成人してすぐに――魔族の成人は十四歳であるが――ディオケイマス王子(リンクス)の近衛隊長に異例の大抜擢をされている。

 その時に叙任を受けたのがこの部屋だった。

 当時ひとつ年上だった王子が嬉しそうに笑ってくれていたのを懐かしく想い出す。


「きれい……」

「ほんとっすねぇ……」


 リプリンといつきがそう言いながらも、細部をじっくりと丁寧に観察している。

 普通の観光客からすれば、ややマニアックな鑑賞方法に見える。

 彼女たちのような本物を真似る能力を持つ魔法少女には、本物を見るということがとても大切なのだろう。


「ゲームの世界みたい?」


 白音がちょっと思いついて聞いてみた。


「もうゲームを超えてるっすよ」


 いつきがゲームの煽り文句とは真逆の感想を漏らす。

 普通はゲームの方が頑張って本物を超えようとするものだろう。

フニテルはロープウエイの一種だフニ。

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