第21話 絶景観光ツアーへようこそ!! その二
白音、いつき、リプリン、ちびそらの四人に、新たに大魔道が心強い(?)仲間として加わってくれた。
しかし白音たちが宿泊する宿屋にはもう部屋の空きがなく、五人は仕方なく同室でひと晩をすごすことになった。
そして朝目が覚めると、いつきが心配そうに大魔道の方を見ていた。
どうやらいつきは大魔道がちゃんと息をしているかどうか、確認しているらしかった
「おはよう、いつきちゃん。道士の頭と胴体はちゃんと繋がってるわよ?」
「なはは。よかったっす」
夜の間に大魔道が期待したような『ラッキースケベイベント』が起こることはなく、おかげで大魔道は五体満足でいるようだった。
いつきは、いろんな意味でほっとした。
朝食は一階の食堂で取ることになっているので、身支度をしてから五人で階下へと向かった。
白音は一瞬「バイキング形式かしら」と思ってしまったが、さすがにそんなことはなかった。
朝食を食べるのは宿泊客がほとんどなので、つまり周りにいるのはほぼ召喚英雄たちばかり、ということになる。
召喚英雄様たちはゆったりとテーブルについて給仕を受けるのが当たり前らしい。
夜ほど混雑してはいないものの、それでももうかなりの席が埋まっている。
白音は今更ながらに召喚英雄の数の多さに驚いた。
当然、用意された朝食の量でリプリンが満足するはずもなく、周囲の召喚英雄様たちから注目を浴びるほどの量を追加注文している。
リプリンにはバイキング形式の方が向いているのかもしれない。
リプリンが浴びた注目の波が少し引くのを待ってから、五人で今日の行動計画を練り始める。
「佳奈とそらは普段どこにいるのかしら」
少し声のトーンを落として、白音が大魔道に尋ねた。
大魔道は僅かな期間とはいえ警備隊に所属していた。
内部情報を知る者がいてくれるのはかなり心強い。
「佳奈さんは警備隊長なので、任務がなければ普段は城の中かと。そらさんは予言を授ける『託宣の間』というのが塔の中にありまして、普段は『託宣の間』の上、塔の上層部で暮らしておられるはずです」
『莉美ちゃんの方を任せるの』、それが佳奈とそらからのメッセージだ。
であれば白音たちが莉美救出に動けば、同時にふたりも何らかの行動に出る公算が高い。
しかしふたりが今いるのは空の上だ。
飛行する手段はないだろうし、もちろん転移の魔法も使えないはずだ。
できればこちらから迎えに行ってやりたいと、白音は思った。
「莉美救出の前に、一度城の内部を見ておきたいわね。なんとかして潜入できないかしら?」
莉美の救出はできれば今夜にも決行したい。
その前に下見をするなら昼の間に城に忍び込む必要がある。
しかしそれには厳しい警備をかいくぐらなければならないだろう。
白音は、大魔道に何かいいアイディアがないかと期待して尋ねた。
「一般開放されていますので、お金を払えばケーブルカーに乗ってお城を見学に行けますよ。もちろん立ち入り禁止の区画はありますが」
「へ……?」
城の見学ができるとは、白音もさすがに予想外だった。
危機管理が甘いのか、それともよほど守りに自信があるのか……。
確かに現世界では城の内部公開などよくある話かもしれない。
しかしこの世界での城や砦は現役の軍事機密だろう。
もし白音が近衛隊長をやっていた時代なら、何があってもそんなことは許可しない。
変なところで現世界の平和ボケした気質が出ているように思える。
こんなことでタイアベル連邦との争いに勝てるのかと心配になるが、白音たちからすれば余計な手間が減って大いに助かるというものだ。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えてみんなでお城見学ツアーに行きましょうか…………」
時間は早め、量はかなり多めの朝食を終えて白音たちは宿を出た。
ロープウェイの乗り場は、中央広場の北西角に設けられている。
城から架空された魔法強化支索が広場の上を横断する形になっているので、下からゴンドラの運航をよく眺めることができる。
白音が買っておきたいものがあるというので、五人はロープウェイに乗る前に露店へと立ち寄っていた。
「白音様、何をお求めですかな?」
大魔道が白音の買い物に興味津々といった様子で尋ねた。
「あー、ごめんなさい。ちょっと待っててね」
しかし白音は大魔道を置いて、いつきとふたりでお目当ての品物を物色に行ってしまった。
今回の買い物に、彼の出番はないのだ。
「白音様……」
ちびそらとリプリンは、ふたりで勝手に昼食用のお弁当を買いに行っている。
大魔道はその場に独り、取り残されてしまった。
白音がちらりと振り返って、独りにされた大魔道に手を振って寄越す。
それだけで大魔道は百年でも待てると思った。
「んー、いつきちゃんどれがいいと思う?」
白音は露店でお目当てのものを選定する。
白音はその方面の情報にあまり詳しくないのだが、いつきがいてくれればさすがに百年はかからないだろう。
「これが最新の奴っすね。こっちの世界だとそういうの区別できないみたいっすね。古くても新しくても値段一緒になってるっす」
「なら新しいのがいいわよね……」
白音たちが買い物を終えると、丁度ちびそらとリプリンも大魔道と合流していた。
三人でお弁当のつまみ食いをしている。
この三人はなんだかウマが合うようで、割と仲良くしている。
『セクハラ』というパワーワードをちびそらとリプリンが気にしていないからもしれない。
大魔道の方も『白音専属』にレベルアップしているというくらいだから、あまり心配しなくても変なことはしないだろう。
「リプリン、これ」
白音が手に持ったスマホをリプリンに差し出した。
「んー?」
「あなたにも持ってて欲しいのよ」
白音は露店に売られていたスマホを買ってきていた。
いつきによれば割と最近発売された機種らしい。
「みんなと同じ!!」
リプリンは喜んで受け取ったが、しかしすぐに少し顔を曇らせた。
そして、
「でもいいの?」
と聞いた。
いつきにもリプリンが言わんとしていることは分かる。
そのスマホはおそらく、元々召喚英雄の誰かの持ち物だったはずだ。
どんな方法で手に入れたのかも分からない品々が売られているのを、白音はあまり快く思っていないようだった。
それをいつきもリプリンも見ている。
いつの間にかリプリンは、白音のそんな繊細な心の動きにまで気が配れるように成長していたのだ。
「いいの。気にしないで」
実は白音は夕べ、ちびそらから自分の機能を改良したと聞かされていた。
それにより、自身を基地局として5Gのローカルネットワークが構築できるようになったらしいのだ。
半径1キロメートル程度の距離ならそれで通信できるだろうと言っていた。
リプリンから白音へとダウングレードした胸の中で、ちびそらはファームウェアをアップグレードしていたらしい。
それを聞いた白音は、念のためリプリンにも連絡手段を持っておいて欲しいと思った。
だから元の持ち主に感謝を捧げ、有り難く使わせてもらうことに決めたのだ。
「よかったですね。リプリンさん」
大魔道が興味深げにスマホを覗き込んでいる。
「うん!!」
そんな風にしていると、娘にスマホを買った父親に見えなくもない。
「道士、あなた昔の人よね。スマホは持ってないわよね?」
「し、白音様……。そのおっしゃり様はあんまりです…………。確かにわたしが異世界へ召喚されたのはスマホとやらが出回る前でしたから、触ったこともありませんが」
白音の身も蓋もない言い方に、さすがに大魔道が抗議する。
「や、あ……。ごめんなさい。あなたの分もスマホあるんだけど、使い方分かるかなって思って」
「!? なな、なんと!! ありがたき幸せ。スマホなら以前の携帯より綺麗な写メが撮れるとか。白音様のお姿を撮りまくりますとも!!」
「写メって……? ああ、写真ね。変な写真撮ったら、酷いわよ?」
「はいもちろん。期待していて下さい」
「ああ、もう……」
大魔道が懲りることは、きっとない。
ロープウェイの駅は二階建ての櫓のような構造になっていて、二階にプラットホームがある。
一階で料金を支払った後保安検査を受けるようになっているのだが、この検査はさすがにかなり厳しいものだった。
持ち物は隈なく調べられ、武器になりそうなものはたとえ小さな物でも預けなければならない。
しかしその反面スマホは平気で持ち込めたり、召喚英雄の魔法への効果的な対抗策がなかったり等、問題も散見される。
現世界のテクノロジーや魔法による悪意に対しては決して万全な防備ではないだろう。
ただ、それではどのようにすれば万全なのかと問われると、元近衛隊長である白音にもその答えは出せない。
完璧に目を光らせているつもりでも、きっと想像もつかないような方法で抜け道を作ってしまうのが魔法というものなのだ。
白音たちにしても、訪問の目的からすれば紛うことなき不審者である。
本来なら城に行かせてはならない類いの集団だろう。
しかし白音たちがセキュリティを抜ける際に苦労したことと言えば、せいぜいが笑わないように我慢していたことくらいだった。
手荷物と一緒に台の上に並べられて、一生懸命人形のふりをしているちびそらが得も言われず可愛かったからだ。
そしてこのメンバーならば、たとえ手ぶらで城に行ったとしても重要機密を盗み出すくらいのことは苦もなくやってのけられるだろう。
魔法少女にとって、セキュリティなんてザルも同然なのだ。
そろそろ食費が心配に…………。




