第21話 絶景観光ツアーへようこそ!! その一
異世界で宿を取ったはずなのに、いつの間に日本へ帰ってきてしまったのだろうか?
そう錯覚してしまいそうなほどに、白音たちの泊まる部屋は日本のホテルとそっくりだった。
そこは、召喚英雄向けに作られたかなり高級な宿である。
預けた馬の面倒もしっかりと見てくれて、朝食もついてくると聞いている。
できるだけ快適に過ごせるようにと、現世界のホテルと同じようなシステムになっているのだそうだ。
部屋の造りが細部に至るまで丁寧に仕上げられていて、そのせいで本当に日本と見紛いそうになる。
ただ残念ながら、白音たちにはこんな高級ホテルに泊まった経験がなく、快適なようにと用意されているはずの様々な設備の使い勝手がいまいち分からなかった。
しかしそんな中、大魔道だけはかなり手慣れている様子だった。
かつてはよくそういうホテルを使っていたのだろうと、容易に想像がつく。
「白音様? どうかされましたか?」
彼に聞けばきっとなんでも教えてくれるのだろう。
しかし白音としては、『セクハラ大魔道』にホテル設備の使い方を聞くのもなんだかなと、どうしても躊躇いを覚えてしまう。
そうしていると、代わってちびそらがレクチャーを始めてくれた。
「…………リプリン、その布は靴のままベッドに上がる時に足を載せて使う。かぶる物じゃない。……いつき、そこはお尻を洗うところ。だからそれはフェイスタオルじゃない。……白音、それ椅子じゃない。カバン置くところ。あまり重いと壊れっ………、なんでもない」
もちろんちびそらにも宿泊経験はないだろう。
しかし知識として、こういう高級ホテルでの振る舞い方は完璧に心得ているらしかった。
部屋にある謎の設備やアメニティの使い方は、この小さなレディがすべて教えてくれた。
そして何より、白音が一番驚いたのはシャワー室があることだった。
少なくとも白音の前世の時代には、こんなものはなかったと思う。
魔族だろうと人族だろうと、この素晴らしい文明の利器の存在すら知らなかったはずだ。
しかもどうやっているのかは知らないが、ちゃんと適温の温水が出る。
結構な水圧で気持ちよく噴き出してくれるのも高評価ポイントだ。
ただ、気持ちよく使った後で白音はふと、このお湯からも『莉美パパの味』がしそうだなと思った。
それで少し申し訳なくなったのだが、今はどうしようもない。
鼻歌交じりに気楽にやってくれていることを祈るばかりだ。
部屋はいわゆるスイートタイプで、ベッドルームの他にふた部屋が隣接している。
大魔道がひとりくらい増えてもまったく問題にならないくらいの広さがあった。
これで大魔道だけ厩に追いやったらさすがにいたたまれない。
ベッドルーム以外の部屋はリビングと、驚くべきことに和室になっていた。
さすがに畳はい草で作られてはいないようで、見た目はそっくりだが独特の香りまではしてこない。
しかしそれ以外は日本人から見ても一切の違和感なく完璧に作り込まれていて、窓には布張りの雪見障子まではめ込まれている。
そこから望めるふたつの月と空に浮かぶ城は、なかなかの風情だった。
「これはもしや、ラッキースケベイベントという奴ではないですか?」
風情が台無しになった。
皆で寝ようという頃合いになって、大魔道がそんなことを言った。
なんだかはしゃいで見える。
すると、白音がすうっと目を細めて笑った。
「もし何かしたら、それが脳に伝わって認識される前に神経を焼き切ってやるわ。道士にとってはアンラッキーイベントになるでしょうね」
白音が全き殺意の魔力波を大魔道に放って警告する。
それをすぐ傍で見ていたいつきは、また背筋がゾクゾクッとするのを感じたが、何故か大魔道も同じようにゾクゾクしている。
(やっぱりヘンタイだと思うっす……)
おかげでいつきは、この大魔道に対する不安が再燃してしまった。
同じ部屋で眠るのがどうにも落ち着かない。
しかし明日は莉美の奪還作戦の予定である。しっかりと休むべきだろう。
仕方なくいつきは、自分に対してファンタジアをかけた。
大魔道がもふもふの巨大ゆるキャラに見えるような幻覚だった。
あれはケダモノではない、ケダマなのだと、なとんか自分を誤魔化して眠りに就く。
そんないつきの涙ぐましい努力を知ってか知らずか、セクハラ大魔道は意外と行儀が良かった。
白音たちが寝室のベッドを使うので彼はひとり、和室で寝袋にくるまって眠ることにしたようだった。
死にたくないのか、白音に嫌われたくないのか、どちらだろうか。
白音は例によっていつきとリプリンにぎゅむっと挟まれて眠っていた。
ちびそらはリプリンの胸の谷間をベッドにしようと挑戦している。
人工生命体である彼女は眠る必要がないから、多分一緒につき合って静かにしているだけだ。
リプリンが大人しく寝ている隙に、その寝心地を調査しているのかもしれない。
深夜皆が寝静まった頃、白音はいつきたちを起こさないようにこっそりとベッドを抜け出した。
そして和室に腰を下ろし、雪見障子をそっと持ち上げる。
「佳奈とそらは元気にしてた?」
白音が声をかけると大魔道もまだ眠ってはいなかったようで、すぐに静かな声で返事が返ってきた。
「ええ。脱出の機会をずっと窺っておられるようでした。私は脱出しようと思えばいつでも脱出できましたのでお誘いしたのですが、もうおひと方、莉美さんの動向が掴めない間は迂闊には動けないとおっしゃって。ですのでわたしもお傍にいて、何かお手伝いができればと考えていたのです」
「…………道士があそこにいたのって、ほんとに佳奈たちのためだったのね」
「はい。わたしは女の子の味方ですから。あ、もちろん白音様が一番ですよ?」
「ふふ」
白音は月明かりに映えるその顔に、柔らかい笑みを浮かべた。
ふたつの月は盛りを少し過ぎ、下弦の月へと向かおうとしている。
「道士がいてくれて本当に助かったわ。殿下と一緒に逃げてた時のことを想い出す。……ねえ道士、みんなの救出にも力を貸してくれる?」
「そんなこと、わざわざ確認されなくとも当然です。大切なお仲間なのでしょう?」
「ええ。こっちの世界には七人で来たのよ。大切な、大切な親友たち」
「ではわたしにとっても大切な方たちです」
白音の言う七人には神一恵がいて、大魔道の思う七人にはリプリンがいる。
やや齟齬があるのだが、大切な親友であることに変わりはない。
「でもね、道士。ちょっと聞いてくれる?」
「はい。是非に」
白音の口調が少し変化していた。
あまり飾らない、年頃の女の子のそれになっている。
誰かに少しは愚痴を聞いて欲しかったのだろう。
あるいは雪見障子から見える、ふたつの月が綺麗だったからかもしれない。
「こっちの世界に来る時ね、みんなわたしに黙って勝手に準備してたの。何の相談もなしに荷物まとめて、ご家族への挨拶まで済ませてて。わたしだけ、ホント蚊帳の外だった。リーダー、リーダーって担いでたくせに、なんなのよ、もう、って思ったわ……」
「…………聞いた限りの情報でわたしが思うに、ですが……」
大魔道が寝袋に入ったまま、静かな声で応えた。
「何よ、言ってみなさいよ」
「白音様には自由に道を選択して欲しかったんじゃないでしょうか?」
「…………、なんでそうなるのよ?」
「異世界に行くのか、それとも現世界にのこるのか、先入観を与えずにフラットな状態で白音様に選択して欲しかったのではないでしょうか? 白音様に好きな道を選んでいただいて、皆様方は白音様が何を選ぼうともそれを実現できるように、ついて行けるように、準備を整えていたのではないでしょうか?」
「………………」
白音はしばらくじっと、ふたつの月が浮かぶ星空を眺めていた。
「…………ふーん。もう、なんか、腹立つ……」
そしてそれだけを言うと、大魔道の寝袋をパンパンと叩いて寝室へと戻ってしまった。
白音は不覚にも、大魔道の言葉に感銘を受けていた。
今まで知らなかった仲間たちの心遣いを教えられたような気がする。
そして、より一層佳奈たちが恋しくなってしまった。
再びベッドに潜り込むと、白音はリプリンの胸の谷間に挟まって抜け出せなくなっていたちびそらを助け出し、もう少しゆとりのある自分の谷間に収めた。
そしていつきとリプリンの間に自らきゅっと挟まると、今度は朝まで眠った。
次の日の朝、白音が目を覚ますとその体が半分ほど、寝ぼけたリプリンに呑み込まれかかっていた。
最近はもう、そういう目覚めも悪くないかなと思い始めてしまっている。
いつきは既に起きていたらしく、和室の方へと首を伸ばして覗き込むようにしている。
大魔道のことが不安で見ているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
寝袋が規則正しく上下しているかどうか、確認しているようだった。
「おはよう、いつきちゃん」
「あ、姐さん。おはようございますっす」
「道士の頭と胴体はちゃんと繋がってるわよ?」
「なはは。よかったっす」
ということは昨晩、彼は何もせずに大人しく眠っていたのだろう。
いろんな意味でいつきはほっとした。
朝になってももちろん、いつきの目には巨大な着ぐるみが寝ているように見えているわけですが。




