第20話 食卓にはパンと肉、それに悪巧みを少々 その三
白音たちには違和感があった。
噂で聞いていたカルチェジャポネと、実際に街の中に入って見聞きした印象に、どうしても乖離を感じてしまうのだ。
食堂でのそんな彼女たちのやり取りを、給仕に聞かれてしまっていた。
ウエイトレスはカルチェジャポネの現在の市長は二代目だと、しっかりした日本語で教えてくれた。
「二代目とはどういう意味ですか?」
質問を口実にして彼女にすり寄ろうとする大魔道を引き留めつつ、白音たちはもう少し詳しい事情を聞かせてもらうことにする。
ただし大魔道には、この先『コンプラ大魔道』に改名してもらわねばなるまいが。
「この街を興された初代の領主様はチズ様とおっしゃいますが、今は二代目のサイキ様が治めておられます。だから以前の領主様の時とは違って感じられたのでしょう」
ウエイトレスの娘は、大魔道の質問に丁寧に答えてくれた。
どうやらかなりしっかり話を聞かれていたらしい。
「チズ様とサイキ様は共に手を取り合ってこの街を大きくされた召喚英雄様です。あ、本当は領主様は、シチョー様とお呼びするべきなのだそうですね。そのシチョー様と、百人議会という百人おられる議員様方がこの街を治めておられます」
「えっと……つまりそのシチョー………、あ、市長のことね! その市長さんが代替わりして方針転換したってことかしら? 今の市長さんってどんな人なの?」
「お名前はカケル・サイキ様とおっしゃいます。ニホンでも貴族様であられたらしいですね。確かケンカイギイン? という任務に就いておられたとか」
「市長が代替わりして住みにくくなった、とかない? なんか途中からサービス期間は終了しました、みたいな詐欺を感じるんだけど……」
いつきは白音の変なたとえに思わず笑ってしまった。
契約満了月以外に街を出たら、違約金とか取られそうだ。
しかし白音が躊躇なく市政に批判的な物言いをしたせいだろう、給仕の娘も少し本音を漏らし始めた。
もちろん周囲に聞こえないよう声は潜めている。
「…………、ここだけの話にして下さいね。チズ様とサイキ様は、少し違う考えをお持ちだったみたいですよ」
日本でもそうだと聞いたことがあるが、ここでもやはり水商売の世界の情報網は侮れないものらしい。
先程聞かれてしまった白音たちの会話も、きっとどこかで噂のネタにされるのだろう。
「代替わりされてからは、法律とかが少し厳しくなってますね。あ、でも、悪いことばかりではないんですよ。皆様はこの街に入る時に髪の毛を預けられたと思うんですけど……」
「むしられたー」
白音が給仕の言葉を日本語に通訳して聞かせていると、料理の皿を大量に運んできたリプリンが唐突に会話に参加した。
相変わらず物理的に無理な量の皿を抱えている。
「いや、だからむしられてはないっす……」
いつきがもう何度目かのツッコミを入れる。
そのうち本当にむしられたことになってしまいそうだった。
しかも、リプリンの髪の毛はむしりようがないように思えるのだが……。
「髪の毛をむしる? 切り取る? ようなことをしてまで能力を管理するのは、チズ様はいけないとおっしゃっていたそうです。なんでも『ジンケンモンダイ』とかだそうで。でもサイキ様がそうするようにお命じになってからは、治安が随分と良くなりました。犯罪がぐっと減ったんです」
「やっぱり召喚英雄の中にも、犯罪を犯す奴はいたのね」
人族であるこの少女からしてみれば、たとえ召喚英雄が髪の毛をむしられようとも、治安が良くなった方がいいに決まっている。
先代市長のやり方では召喚英雄の人権を守ることで、結果として人族が泣かされていたのだろう。
「あ、いや、えっと…………」
「ああ、気を遣わせちゃってご免なさい。わたしたちはそういう連中の肩を持つ気はないから安心して。むしろ一緒にされてしまう方が嫌だわ。そういう手合いがいたら人族の手には負えないだろうから、ある程度抑止する手段があった方がいいんでしょうね」
白音はこっそりとリプリンの胎内貯金箱から銀貨を出してもらい、情報提供の礼にと少し多めのチップを渡した。
当然口止め料の意味合いが込められている。
するとこの事情通の少女は少し大げさなくらいに喜び、礼を言ってくれた。
彼女が空になった皿を下げてくれるのを確認して、白音たちは作戦会議を再開する。
「しかし白音様たちは内部情報もなしに、どうやってあの小島に目星を付けられたのですか?」
大魔道が気になっていたことを尋ねた。
そして、
「ご慧眼の白音様ですから、すぐに真相に辿り着かれるのは当然のことかもしれませんが」
と、付け加える。
警備隊にいて内部情報に触れていれば、なんとなく推測はできる。
佳奈やそらも「きっとあの島に莉美が囚われている」と考えていた。
しかし白音たちはいったいどのような『慧眼』をもってその結論に達したのだろうか。
すると、その質問にはリプリンが明確に答えた。
「莉美パパの魔力っ!!」
大魔道は、リプリンの言わんとすることを数瞬考えた。
「放出されている魔力が誰のものか、識別できるということですか?」
「うん、莉美パパの味がする!!」
リプリンが天井から吊り下げられている魔法の明かりを指して、そう言った。
「魔力の持ち主が味で分かるのですか?」
さすが大魔道は理解が早かった。
そして魔法研究者としての好奇心をかき立てられたらしい。
「そうなのよね」
白音も相槌を打ってはみたが、本当のところはよく分からない。
この話を聞くたびに、『魔力の味』っていったいどんなだろう、と思う。
「しかし蓄魔装置から送られてくる魔力となると、いろんな人の魔力が混じり合っていると思われますが」
「蓄魔装置?」
白音はオウム返しに尋ねた。
「はい。あの小島に設置されている装置はそう呼ばれています」
白音たちが発魔装置と勝手に呼んでいたものは、正式には蓄魔装置と言うのだそうだ。
実際に発電機のように魔力を生み出す装置は現在開発中であり、それとは区別するためにそう呼ばれているらしい。
全体が完成すれば発魔装置が正式な名称になるだろうとのことだった。
ちなみに、魔核所持者から魔力を吸収する機構は集魔装置と呼ぶのだと、それも大魔道が教えてくれた。
「蓄魔装置の中では雑多な魔力が混じり合っていますので、そこから特定の魔力を見分けるのはなかなかに大変ではないですか?」
味で魔力の持ち主が分かるという話は興味深い。
しかしさすがにそんな微量分析のような真似は難しいのではないかと、大魔道は思ったようだった。
けれど当然のようにリプリンは首を振る。
「んーん。莉美パパの味しかしないよ?」
ちょっと味を見ればすぐ分かるじゃない? と言いたげだ。
「そんな馬鹿な。それではひとりでこの街の魔力をすべて賄っていることになってしまいますが…………」
大魔道が他の三人の顔を見る。
悪戯好きのリプリンに、また担がれていると思ったのかもしれない。
しかし白音は間近で見てきて、莉美の魔力量の凄まじさをよくよく知っている。
「莉美なら余裕よ」
そう請け合った白音に続いて、ちびそらも肯定する。
「以前見た出力から予測すると十分可能。まだ余裕があるに賛同」
高い演算能力を持つ彼女は、純粋に出力されたエネルギー量の概算で比較しているのだろう。
そうしてそこに、いつきが駄目を押す。
「鼻歌唄ってるくらいっすからね……」
「………………」
しばしの沈黙の後、大魔道が変な声で鳴いた。
「にょやっ?!」
魔法の専門家である大魔道がそんなに驚いてくれたことを、白音は自分のことのように自慢に思う。
しかし同時に、驚くべき能力を持つ三人だからこそ、目を付けられた可能性が高いのだろうとも思う。
「魅力的な能力だからって、勝手に自分たちのために使いたいなんて思われてもね…………」
「佳奈さんの強さ、そらさんの予言……予測ですか? それに莉美さんの魔力、いずれもこの街にとっては高い価値がありますね。確かになんとしてでも欲しい、と思うのかもしれません」
大魔道も十中八九それが真相だろうと思った。
実際大魔道も卓越した魔法能力を持つと分かった途端、半ば脅しのような形でカルチェジャポネの市民となることを要請されている。
もっとも大魔道の場合は、そのような脅しに屈して警備隊に入ったわけではない。
ただ、情報収集に来たついでに佳奈とそらに出会ってしまったからだ。
大魔道曰く、自分好みの女の子や男の子と一緒にいるのが楽しくて仕方がないだけなのである。
もちろんけして浮気なんかではない。
「佳奈は佳奈のもの。莉美は莉美のもの。そらちゃんはそらちゃんのものよ。勝手にしていいものじゃないわ。ねえ道士」
「まったくおっしゃるとおりです、白音様。そしてわたしは白音様のもの、ですよ?」
「ハイハイ。そろそろ部屋に下がりましょうか」
「俺のものは俺のもの。俺はお前のもの」
「?!」




