第20話 食卓にはパンと肉、それに悪巧みを少々 その二
佳奈、莉美、そらは分断して捕らえられているらしかった。
それはおそらく三人が、街にとって有用な力を持っていたからだ。
その能力を道具としていいように使うため、互いが人質になるような形で捕らえておく。
互いの状況を分からなくしてしまうことで、簡単には逃げられないようにしているのだろう。
だがそれは見方を変えれば、三人が力を合わせて反撃に出ることを恐れている、とも言えるだろう。
「三人が揃えばこの街を滅ぼすことも可能と推測」
ちびそらが夕食に用意された料理を気持ちよく、ぱくぱくと食べながら物騒なことを言う。
「ま、まあ否定できないけど、そんなことしちゃダメよ」
そう言いながらも、白音はちびそらの食べっぷりを見ているのが気持ちいい。
取り皿の空いた部分にいろいろと料理を追加していく。
「便利に使っておいて、反抗できないように分断して、お互いを人質にされてるってことっすか……。酷いっすね。あ、ちびそらちゃんそれはだめっす」
ちびそらが隣席の一団が乾杯に使っていたエールビールを見て飲んでみたいと言ったので、それはさすがにいつきが止めている。
「そうね。でも三人を抑えておくための安全装置のひとつは大魔道が外してくれたわけだから、あとは全員同時に助け出せればなんとかなりそう」
白音がそう言うと、リプリンが挙手した。
「ハイハイッ!! だったらわたしが莉美パパのフリしてれば、その間にみんな逃げれる?」
リプリンのその作戦は確かに有効だろう。
そして最後にリプリンが小さくなって、誰にも見つからずに脱出すればいいのだ。
いやそもそも、と白音は思った。
いつきが幻覚で似たようなことをしてもいいし、大魔道なら転移で逃げることも可能だろう。
結局佳奈、莉美、そらの三人は戦闘になれば無類の強さを発揮できる組み合わせだが、そういう裏工作向きの魔法を持っていない。
そこが問題だったのだ。
だからそらは、白音が来てくれることを信じてあんなメモを佳奈に託していたのだろう。
白音は、『莉美ちゃんの方を任せるの』とそらの筆跡で書かれたメモを取り出してみる。
「道士、佳奈とそらは接触できているってことよね?」
「はい。いつでも自由にというわけにはいかないでしょうが、会うことはできると思います。わたしも警備隊の任務でそらさんを見たことがありますから。小さくてとてもかわいらしい方ですよね?」
そのとおりで間違いないのだが、大魔道が言うとなんだか不穏な響きがある。
「そらさんは未来予知の魔法が使えるそうですね。それで白音様が助けに来ることを読んでおられるのでしょうか」
「いやあ、あれ魔法じゃないのよね…………計算してるだけ。でも計算能力の高さは魔法と言えば魔法、なのかな?」
だからそこまではっきりと、何時何分に助けが来る、と知っているわけではない。
そらは白音たちが助けに来ることは信じている。
だから来た時にどのように行動すれば良いかシミュレートして準備している、といったところだろう。
「なるほど。そらさんは時折、警備を厳重に付けて外出されます。その際の名目が『予言のためには外に出て気を読まなければいけない』とのことでした。それは計算予測をするために基礎データの収集が必要、ということのようですね。辻褄が合います」
予言に説得力を持たせるために、データ収集とは言わず『気』などという言葉を使っているのだろう。
「わたしがそらさんをお見かけしたというのは、その外出の際です。ヤヌル……佳奈さん、ですか? 佳奈さんは隊長ですから、警護任務時にはそらさんとも連携を密にする必要があるはずです」
大魔道の言うとおりなら、その時にふたりは多分情報交換をしたのだろう。
メモを受け渡す隙があったのだから、当然精神連携も確立できていると考えていい。
「やっぱりわたしたちが莉美をなんとかできれば、佳奈はそらちゃんを助け出して脱出できる、ということでよさそうね。あとはタイミングだけど、それは多分、未来予知はできなくとも合わせる自信がそらちゃんにはあるんだと思う」
そらが白音を信じているのと同じように、白音もそらの明晰な頭脳を心から信頼している。
そらがタイミングに言及しなかったのは、言う必要がなかったからだ。
いつでも白音たちのタイミングで莉美を救出していいということだろう。
「ひとまず明日、昼間は情報収集ね。そして夜には潜入決行。できれば明日の夜は、みんなで一緒にここで眠りたいわね」
大まかな方針を決め、ひと息ついた白音がパンに手を出そうとしたら、バスケットはもう空だった。
「はう……」
「話してる間にもう食べちゃった」
リプリンが悪戯っぽく笑う。
「お代わりもらってくるねー」
そして元気に厨房の方へと走っていった。
注文くらいならジェスチャーと片言の人族語でなんとかしてしまうつもりらしい。
多分パンのお代わりだけでは済むまい。
「それにしても……、うーん…………」
白音が少し不満げな顔をした。
「何か問題がありましたか? 白音様」
大魔道が、ずすいと身を乗り出す。
「初めに聞いてたこの街の印象と、佳奈たちを無理矢理働かせるようなやり方が、なんだか少し違うと感じるのよね」
「そうなのですね」
大魔道が白音のマグに飲み物を注ぐ。
もちろんアルコールではないが、その様は宴会の席で甲斐甲斐しく上司の世話をする部下に見える。
「ここに来るまでの開拓村の人たちは、みんな召喚英雄に感謝してたのよ。だからそんな人たちが集まるカルチェジャポネは、きっと良い所なんだろうって思ってたのに」
「まあ、そっすよね」
なんだかんだで仲が良さげに見える白音と大魔道を見比べながら、いつきが同意した。
開拓村の人々が自分たちに信頼を寄せてくれたのは、それまでの召喚英雄たちの行いがあったればこそだろう。
いつきもやはりそう思っていた。
「僕もカルチェジャポネって、異世界に理想の街を作ろうとしてる場所、みたいに思ってたっす」
「入る時、いきなり髪の毛むしられるし……」
白音が髪の毛をむしり取られたと聞いて、大魔道の魔力が一瞬跳ね上がるのを感じた。
また騒ぎになっても困るので慌てていつきが取りなす。
「いやいやいや、むしってはないす。むしってはないっすよ……」
「魔法で領主が別人にすり替わってる、とかないかしら?」
白音がちょっと真剣な顔になって問うた。
いつきやリプリンのような系統の魔法使いが領主にすり替わって何か企んでいる、そのようなことを想像したらしい。
「ここの街、魔法使える人多いっすから、ばれる可能性も高いっすよ?」
確かにいつきの言うとおりだった。
現世界ではそういうこともあり得るかもしれないが、ここでそれは、衆人環視の中で下手な手品を披露するようなものだ。
露見するリスクの方が高いだろう。
何しろこの食堂ですら、大魔道の偽装がばれやしないかと白音たちはどきどきしているくらいだ。
「今の領主様は二代目ですよ」
突然背後から声をかけられて白音は少し慌てた。
気配には気づいていたが、リプリンが帰ってきたのだろうと思って油断していた。
「あ、ごめんなさい。つい聞こえちゃって」
声をかけたのはこの食堂の給仕だった。
少し訛りのある日本語を使っている。
白音たちの会話もちゃんと理解できているらしい。
いったいどこから聞かれていたのだろうか。
「ご注文の品です」
彼女はリプリンが追加注文したパンをテーブルの上に置いた。
人族の女性のようだが、年齢は白音たちとそう変わらないだろう。
こんな深夜にも拘わらず愛嬌のある笑顔が眩しい。
いわゆる看板娘という奴だ。
リプリンの方はまだ他のテーブルの料理を見て回っている。
美味しそうなものがあればそれも注文する気でいるのだろう。
「二代目とはどういう意味ですか?」
大魔道が聞きながら、その娘の方にすり寄っていく。
今の大魔道はいつきの幻覚で女の子に見えているはずだから、娘の方も気にはしていない。
しかし白音としては、そういう魔法の使い方は完全に許容の範囲外だった。
大魔道の手を捕まえてぐいと引き戻す。
「白音様…………」
大魔道が引っ張られるがままに、今度は白音の方へとしなだれかかってきた。
鉄兜越しでも嬉しそうにしているのが伝わってくる。
「もう…………」
白音は大魔道を押しとどめながら、一緒に行動するからにはセクハラ大魔道の名前をコンプラ大魔道に改名させてやる、と誓った。
次に儲かる株は、銀座のママに聞けば分かるらしいですが。




