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ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】  作者: 音無やんぐ
第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける
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第19話 再会 その二

 莉美の姿を求めて地下牢(ダンジョン)へと侵入した白音たちは、佳奈に行く手を阻まれた。

 何か事情を秘めている様子の佳奈に、白音たちはひとまずの撤退を決める。

 白音が警備の手が回っていなさそうな脱出経路を思い出そうとしていると、突然背後から声をかけられた。


「こちらから逃げられます」


 唐突に男性の声でそう言われたので、全員が飛び上がるほどびっくりした。


「ひいぃぃぃっ!!」


 ちびそらを除いた三人でかわいらしい悲鳴を上げる。

 男性の声は、魔族語だった。

 慌てて振り返れば、いつの間にかすぐ傍に鉄兜姿の大魔道が立っている。

 しかし三人が盛大に悲鳴を上げたせいで警備兵に気づかれてしまったらしい。

 幻覚の向こう側がにわかに騒がしくなり始めた。


「大きな声はお控え下さい。気づかれてしまいました」


 誰のせいだと思ってるのか、と言いたかったがそれどころではない。

 白音は全員を引っ掴んで翼を開いた。

 一刻も早く大魔道から逃れるべく、慌てて飛び立つ。

 すぐにリプリンが飛びやすいように小さくなってくれた。

 狭い場所なので全速とはいかないが、前方を魔法の照明で照らして可能な限りの速度で急ぐ。


「いや、えっとセクハラ、セクハラっすよね?!」


 セクハラはされていないのでえん罪だが、いつきの言いたいことは分かる。

 以前大魔道について話したことが強烈な印象だったのだろう。



「大魔道、やはり油断できないわね」


 少し立ち止まって周囲の様子を窺っていると、すぐ側の地面に魔法陣が浮かび上がり、中から大魔道が現れた。

 白音が以前、弟たちと一緒にゲームをやった時に見た悪魔召喚みたいだ。

 再びいつきたちを掴んで逃げようとすると、大魔道が口に人差し指を当てた。

 正確に言うと鉄兜の口の部分に、だ。


「しっ、前方に誰かいます。要警戒」


 白音はその仕草を見てつい、リンクスや大魔道、それに近衛兵を連れて敗走していた頃の事を思い出してしまった。

 大魔道が魔法で周囲の警戒をして、よくそうやって危機を知らせてくれた。

 それで白音は反射的に魔法の明かりを消して臨戦態勢になった。

 確かに何者かが前方にいる。

 魔法か何かで気配を消しているらしい。

 言われなければ見逃していたかもしれない。

 やはり大魔道は有能だった。


「少々お待ちいただけますか」


 そう言って大魔道が白音たちの前へ進み出ると、先程と同じ魔法陣が足下に出現した。

 そして大魔道がその中へ消えると、すぐに少し前方で物音がした。


「うぐっ……。なんだ貴様っ!!」


 その声は人族語だった。

 白音が明かりを照らして前方へ進み出ると、鉄兜の大魔道が仮面を付けた男を捕らえ、首筋にダガーナイフを突き付けていた。

 その男は、カーニバルで使うような目だけを覆う仮面(ドミノマスク)を着けている。

 鉄兜とドミノマスクの男ふたり。

 怪しさで言うとどちらもいい勝負であろう。


「その人、リンクスさんじゃないすか?」

「え?」


 いつきに指摘されて初めて白音も気づいた。

 大魔道は平均的な日本人男性ほどの背丈だが、仮面の男はそれよりも頭ひとつ分大きい。

 背格好は確かにリンクスに近い。

 では何故いつきに言われるまで何も思わなかったのだろうか。

 それはおそらく…………。


「失認の魔法がかかってそうっすね。解いてみるっす」



『失認魔法』。

 幻覚や精神操作系の魔法を得意とする魔法少女たちの間でそう呼ばれている魔法がある。

 幻覚などで別のものに見せかけるのではなく、見えているのにそれがなんなのか分からなくなる。

 脳の認識機序に作用する魔法である。

 正体を隠すことに特化した魔法と言えるだろう。

 脳に直接作用して欺くので、魔法の存在に気づくことすら難しい。

 これに対抗できるのは、元々強固な魔法耐性を持つ莉美のような魔法少女か、いつきのような幻覚魔法の使い手くらいだろう。

 いつきが少しの間解除を試みていたが、やがて首を振った。


「ご免なさいっす。僕には無理みたいっす。解いたと思ってもすぐに復活してしまうみたいっす」

「いつきちゃん、多分あの仮面が失認の魔法効果をもたらすんだと思うわ。魔道具は魔力の供給を断つか、壊すかしないと働き続けるから、簡単には効果を上書きできないの」


 魔法と同様の効果をもたらす『魔道具』、というものは白音の知る限りこちらの異世界にしか存在しない。

 いつきにとっては馴染みの薄いものだ。



「セク……、道士、やめて。その人多分リンクスさんです」


 白音が魔族語で言った。ひとまず落ち着いて話を聞いてみるべきだろうと思う。


「ん? 誰です?」


 大魔道が『リンクス』の名前を知る由もない。

 白音は言い直した。


「ああ、殿下です。ディオケイマス殿下です。今はリンクスって名乗られてます」


 すると大魔道がはっとして男を解放した。

 そして仮面の男もその言葉に反応を示す。


「ディオケイマス…………だと?」

「リンクスさん、ですよね?」


 白音が試しに日本語でそう話しかけてみたが、仮面の男は理解できないようだった。


「殿下、わたしです。マイラキリー……デイジーです」


 白音が魔族語に切り替えて改めて名乗ると、仮面の奥で男の瞳が確かに揺らいだと思う。

 しかし彼は、


「知らんな」


とひと言、人族語で答えただけだった。



「リンクスさんじゃないって本人は言ってるんだけど……。失認魔法のせいでわたしもよく分からないのよ」

「そうなんすね……」


 白音が日本語でいつきたちにも説明する。

 誰に何語で喋るべきなのか、ちょっと混乱してきた。


「仮面のこの出で立ちって、わたしは真っ先にアレイセスさんたちを助けてくれたって人を思い出したんだけど」

「ああ、確かにそうっすね!」


 白音が言っているのは、荒野で出遭ったアレイセス、リビアラ夫妻のことである。

 彼らは娘のアーリエを身ごもり、人族から逃走していた際、仮面を着けた魔族に救われたと言っていた。

 目の前の男は人族語を操ってはいるが、魔族である可能性は十分にあるだろう。


「こんな奇抜な格好の人、他にはそうそういないだろうしね。あ、この大魔道は別にして、だけど」


 ただ、アーリエは生後半年だと聞いている。

 だから助けられたというのは少なくとも半年以上前の話だろう。

 リンクスたちとこちらの世界へ来た時期より随分前のことだ。


 判断に迷っていると、再び追っ手が迫る喧噪が聞こえてきた。

 あちこちで警備兵の声が反響して聞こえている。


「参ったな…………。彼らが追っているのは君たちかな?」


 仮面の男も警備兵に見つかりたくないのは同じらしい。

 彼の方は佳奈隊長に見つかったら、容赦なく本気でぼこぼこにされてしまうかもしれない。

 白音はちょっと申し訳なく思った。


「君たちも彼らから逃げているということなら、私は敵ではないと思うぞ。君たちの目的までは知らないが、同じ侵入者だからな。しかしこの騒ぎでは今日のところは撤退せざるを得んだろう。逃げるのなら君たちも一緒に来たまえ。出口はこちらだ。私としてはこれ以上騒ぎが大きくなるのは好ましくない」


 騒ぎを起こして迷惑をかけた上にいきなり刃物まで突きつけているのに、仮面の男はあくまで紳士的だった。

 そんなところも少しリンクスを想起させる。


 彼は勝手知ったる庭のように白音たちを案内してくれた。

 白音もこの地下牢(ダンジョン)の構造はある程度把握しているので、罠にかけようとしているのでないことは分かる。

 できるだけ見つかりにくい経路を選んで逃げようとしている。

 彼の導きに従ってしばらく歩くと、白音たちが入ってきたのとはまた別の脱出用通路に行き着いた。

 内部は似たような構造だったが、こちらは結構な距離を歩かされた。

 じっとりと湿り気を帯びてかび臭い地下道は、いつきの忍耐をぎりぎりの限界まで試し、やがて農業用水路の石垣の中に顔を出す。

 どうやらこの通路は現在の大きく広がった街のさらに外へ、完全に脱出できるものらしい。

 石垣の向こうを振り返れば、外側の街壁がすぐ近くにそびえ立っているのが見えた。



「次はお互い上手くやろう。ではさらばだ」


 颯爽と去って行くその姿は、確かに『仮面を付けた正義の戦士』といった雰囲気だ。

 ただし今は夜、場所は小麦畑の畦道(あぜみち)である。

 そういう奇抜な格好をした『変質者』なのだと言われれば、それはそれで真実味がある。


「姐さん、あの人やっぱりリンクスさんっすよね?」


 変質者っぽいからでは断じてない。

 失認魔法が効きにくいいつきからすると、やはり仮面の男はリンクスに似ているように思えるのだ。


「んー、魔法がかかってるからなんとも言えないけど、なんか雰囲気が違うのよね。それに現世界の言葉はまったく分かってないみたいだったし…………」

「異世界転移の影響で記憶失ったとかありえないっすか?」

「んー…………」


 確かに可能性を上げればきりがない。

 多くのことが一度に起こりすぎて、少し考えを整理する時間が必要だった。

 しばし足を止めていると、大魔道が忠告した。


「そろそろこの場を離れた方がよろしいでしょう。拠点はどこになりますか?」


 城壁の物見塔にはきっと不寝番がいるだろう。

 確かにいつまでもこうしていては見つかってしまう。

 しかし大魔道は当たり前のようについて来る気でいるらしい。


「え、いや……。ん? 道士、あなた佳奈たちの……カルチェジャポネの警備隊なんじゃぁ……」

「そうでしたが、何の問題もありません。わたしは常にあなた様の味方ですから」

どこまでもついて行きます。

専属ストーカーですから。

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