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ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】  作者: 音無やんぐ
第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける
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第18話 紅の弾丸 その一

 白音、いつき、ちびそら、リプリン、四人の魔法少女たちの眼前に、豊かな水を湛えた人工湖が広がっている。

 彼女たちは、カルチェジャポネの南東区画にやって来ていた。

 一緒に連れていた二頭の馬は、装身具(アクセサリー)屋の男性店主に引き続き面倒を見てもらっている。


 そこはかつてエーリュコス王朝の王城があった場所だった。

 しかし現在魔族の王はおらず、そこにあるはずの城も上空へと浮揚してしまっている。

 この辺り一帯は、元々小高くなだらかな丘陵だった。

 そして歴史を遡れば、そこに古代の丘上要塞が築かれていたらしい。

 魔族たちはその小さな砦を大規模に改築してエーリュコス城を築き、周囲を城郭都市として発展させたのだ。


 湖の畔に立って上空を仰いでみても見えるのは土台を支えている岩盤のみで、城そのものの姿を確認することはできなかった。

 どうやら丘陵がまるごと、魔法で空中に浮かべられているらしい。

 城の高度は数十メートル、いやひょっとすると数百メートルはあるのかもしれない。

 岩盤があまりに大きくて、距離感が上手く掴めなかった。

 かなり傾いた夕刻の斜陽が、しっかりと湖面全体に行き届いている。


 城を支えている巨岩の形と湖の輪郭を見比べれば、その形状がよく一致している。

 やはり城を浮かすためにくり抜いてできた窪地が、そのまま大きな人工湖になっているらしい。

 湖の中央付近に小さな島があって、そこに建屋があるのが見えている。

 白音たちの目には、そこから直上にきらきらと魔力(エーテル)が立ち上っているのが感じられた。

 多分人族には見えていないだろう。

 魔力を感じられる者だけが分かる魔力流(エーテルストリーム)だ。



「そうか……電気じゃないから送電線みたいなものはいらないんだ……」


 どうやら日本の名物とも言える大量の電柱と電線は、ここでは必要ないらしいと白音は悟った。

 湖からあちこちに生活用の水路が延びているが、それに沿ってエーテルが流れているのも感じられる。


「こっちが街に供給している方ね……」

「効率的な都市計画だな」


 インフラ設備は、かなりよく練って整備されたものだと素人目にも分かる。

 白音は感心して、リプリンの頭の上に仁王立ちしているちびそらと頷きを交わす。


「いつきちゃん、またちょっと紫外線見せてくれる?」

「はいっす。美肌注意報(UVセンサー)っす!!」


 薄暮を迎えて(ようよ)う光が弱まりゆく中、魔力(エーテル)が放つ紫外線だけが煌めいてよく見えた。

 小島から立ち上るエーテルも、水路に沿って流れるエーテルも、やはりリズムを刻んでいる。


「街が、全身でエレスケちゃんの歌を唄ってるみたい……」


 その美しさに、白音は思わず呟いていた。


「姐さん…………」


 幽玄な光景に見蕩れている白音の服の裾を、いつきが後ろからそっと掴んだ。


「僕今、鳥肌立ったっす……」


 それは思わず息を呑むような、街が奏でる無音のライブだった。


「……このリズム、それにこの規模。これだけのことができるのは、やっぱり莉美しかいないわよね」

「僕も、そう思うっす」

「それに…………」


 白音がリプリンの方をちらりと見ると、魔力流(エーテルストリーム)を少し味見したリプリンが全身に鳥肌(さざなみ)を立てている。


「やっぱり味? も莉美のもので間違いなさそう」

「それで、どうする? 今すぐ行くのか?」


 そう尋ねたのはちびそらの声だったが、先程までいたはずのリプリンの頭の上にその姿はなかった。

 どこにいるのか見つけられず、白音は視線を彷徨わせる。

 するといつきの着ているローブの背中、たるんだフードの中からちびそらが顔を出していた。

 リプリンが魔力流(エーテルストリーム)の味見に行ったので飛び移ったのだろう。


「ああ………。いいえ。まずは状況が知りたいけど、いろんな可能性を考えると誰にも気づかれずに行きたいわ。でもあそこはこの街の心臓部だと思う。警戒も厳しいだろうから、暗くなるのを待ってからにしましょう」


 白音はあまり楽観的には考えないように心がけていた。

 現状では莉美がどうなっているのかまったく情報がない。

 脳天気に真正面から莉美を探しに行って、状況が悪化してしまうことだけは避けるべきだろう。

 まずは誰にも見咎められずに、小島の内部を偵察したいと考えていた。

 完全に日が沈んで辺りが闇に包まれるには、あと一、二時間というところだろうか。


「一旦冒険者ギルド(ハローワーク)へ行って情報収集をしましょう。それで今夜の宿を確保して、それからあの島へ潜入しましょう」

「おっけーっす」

「あいあい」

「了解した」




 途中で大広場に寄って馬たちと合流すると、四人はギルド(ハロワ)へと向かった。

 ギルド(ハロワ)は大広場からそう遠くはないと聞いている。

 郭門で場所を確認した時に、確か衛士の班長から「立派な建物だからすぐに見つかるよ」と言われていたと思う。

 そしていざギルド(ハロワ)に着いてみるとそれは本当に立派で、白音たちは唖然としてしまった。

 十階建てはあろうかという大きな塔を中心に据えて、いくつかの建物が複合する形で構成されている。

 周囲の景観に馴染むような、古めかしいロマネスク様式の建築だ。

 しかし白音が見た感じ、それは現世界における『中世風(なんちゃって)』建築と言えるものだろうと思った。

 実際にはおそらく、鉄筋のような芯が入ったコンクリートで建てられているのではないかと感じる。


「傾いてないピサの斜塔みたいっすね」


 いつきがそんな感想を漏らしたが、白音もなるほど言い得て妙だなと思った。


 ギルド(ハロワ)の横手に駐輪場よろしく馬繋柵(ばけいさく)が設けられていたので、そこに馬たちを繋がせてもらった。

 念のためいつきの幻覚でリプリンの姿を作り出し、見張り役として置いていくことにする。

 今回の幻覚は、馬たちにも認識できるようにしてもらった。

 無言でにこやかに馬を撫で続ける少女と、その少女をはむはむし続ける馬というシュールな光景のできあがりだ。

 これに何か悪さをしようとする者はまずいるまい。


 白音はローブのフードを頭からすっぽりと被って顔を隠した。

 ちょっと気合いを入れ直すと、自然に魔力(エーテル)がぴんと張り詰める。


「何してんすか、姐さん?」

「未成年の女ばかりの集団だと知られたら、舐められて変な絡まれ方するかもしれないでしょ? 面倒だからそういうのは避けたくて」

「あー、中は召喚英雄が多そうなんで、幻覚は使わないで行くってことっすね? もしばれたら、余計厄介なことになりそうっすもんね」


 白音がこくりと頷く。


「それで見た目で舐められないようにと……。いやー、でもっすね……」


 いつきが申し訳なさそうにする。


「今の気合いの入った姐さんに絡もうなんていう猛者、いないと思うんすけど。見た目とか関係ないっすよ……」


 絡まれるとしたら、それは魔力(エーテル)を感じる能力のない人族だろう。

 白音ならひとり一秒もかからずに片付く問題だ。


「え、そう……?」


 いつきとリプリンは殺意にも似た白音の魔力(エーテル)を感じて、今まさに肌がぞわぞわとさざ波立っている。

 この感覚を好きと言えるのはこのふたりくらいだろう。

 普通は裸足で逃げ出したくなる。


「まあ、確かにフードを被ったままっていうのも怪しいかなぁ……。でもみんな、油断はしないでね」


 白音は顔を隠すのはやめることにした。

 しかし肝心の緊張感の方は(みなぎ)らせたままで、ギルド(ハロワ)の扉をくぐる。


 白音は建物の外観を見て、ただの職業紹介所にしては随分規模が大きいなと思っていた。

 しかし中に入るとその規模の理由が理解できた。

 ここはむしろ、『移民管理局』と呼ぶべき場所なのだ。

 ロビーには分かりやすく、各部署の場所や手続き毎の手順案内が掲示されている。

 それは現世界風のやり方を取り入れたものだろう。

 もちろん言語は人族語と日本語が併記されている。

 その掲示によるとここでは召喚英雄の適性検査や職業の斡旋の他に、出入国や在留者の管理、果ては観光案内までやっているらしい。

 そういうものを全部ひとところにまとめたような施設だった。

 多分郭門で採取した髪の毛の残り半分も、ここに保管しているのではないだろうか。

 例の『召喚英雄の魔力を封じ込める魔動装置』もこの建物のどこかで管理、運用しているとすれば納得の巨大さだった。


 そう考えると、このギルド(ハロワ)はカルチェジャポネの命運を左右するような重要な組織だと思えてくる。

 ここでの成果、すなわちどのくらいの召喚英雄を味方として確保できるかが、タイアベル連邦との対立の行く末を決定づけるかもしれないのだ。

 職業の紹介にしても、やはり軍務関係のものが多い。

 明らかに召喚英雄たちは戦うことを期待されている。

 戦術や戦略に有利な魔法が使えれば、きっと兵士になるよう強く勧められることだろう。

 壁一面に、様々な部署、部隊への兵員、戦闘員の募集ポスターが張り出されている。

 こういうところも現世界のやり方を意識しているらしい。

 ポスターの雰囲気が日本の『自衛官募集』のものに似ているのは偶然ではなさそうだった。

めくるめく、光のリズムを刻む街。

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