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ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】  作者: 音無やんぐ
第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける
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第17話 律動のメッセージ その四

「ねえねえ、白音ちゃんこれ食べよ?」


 白音が装身具(アクセサリー)屋の主人と人族語で話し込んでいると、リプリンが日本語で会話に割って入ってきた。

 隣で串焼きを焼いている店を指さして言っているのだが、少し機嫌が悪い感じがする。

 大人しく待ってくれているのをいいことに、少し話が長くなり過ぎたかもしれない。

 空腹のリプリンにとっては、明日の小麦よりも今食べられる肉が必要なのだ。


「ごめんね、待たせちゃって。さっきからいい匂いしてるよね。みんなで食べよ」



 (いち)の立っている大広場からは浮揚している城の全貌がよく見える。

 串焼きを焼いてもらっている間、定期的に運行されているらしいロープウェイの動きを興味深く眺めていると、串焼き屋の女性店主に声をかけられた。


「隣のルッツさんとの会話聞こえちゃってたんですけど、召喚英雄様方、この街は初めてなんですって?」

「ええ。すごい街ね。特に城が浮いているのと、あのロープウェイ。驚いたわ」


 やはり彼女も身分差を感じさせるような話し方をする。

 どうやら白音の方が慣れる外なさそうだった。


「さすが召喚英雄様。乗り物のお名前ご存じなんですね。あっちの世界にもあるんですか?」

「ええ、そうね。山とかに行けば結構あるわね……」

「山にあるものなんですね。……確かに峠越えが楽になりそうです。ニホン、ていうのはすごいところらしいですねぇ。あたしも一度、是非行ってみたいものです」


 大きな串焼きを十本も注文したので、焼き上がるのになかなか時間がかかる。

 その間ずっと、リプリンは熱心に店主の手元を見つめて待っている。


「ランドメルメアのお肉、ボルークより好き……」


 リプリンが串焼きの香ばしい煙を堪能しながら呟いた。

 屋台には確かに『ランドルメア肉の串焼き』と書いてある。

 しかしそれは人族語なのでリプリンはまだ読めないはずだ。

 どうやら匂いだけで判別しているらしい。

 さすがこの子はグルメだなと白音はこっそり感心する。


 人族語の分からないいつきやリプリンには退屈かもしれないが、白音はこの機会にもう少し情報収集をさせてもらうことにした。


「城が浮いてるのとか、ロープウェイ動かしてるのって、全部魔力よね? ものすごい魔力量が必要になるんじゃないの?」


 それ以外に街の照明などにも魔法が使われている。

 この街のインフラはかなりの部分を魔法に依存しているように見える。


「エテールなんとか……っていう奴が湖の真ん中にあるらしいですよ。それがこの街の全部の魔力を支えてるんですって」


 そんな風に応じる串焼き屋の店主も、身近に魔法がある暮らしに慣れているように見える。

 さすがに肉を焼いている火は炭火らしいが。


「発電……じゃなくて、魔力を作ってるっていうこと?」


 白音は湖の真ん中と聞いて、思わず水力発電のようなものを想像してしまった。

 しかしエネルギーを生み出すには水位の落差が足りないように思う。


「魔力を生み出す……仕掛け? とかいうものはまだ開発中らしいです。今は市民から魔力を買い取っていたり、囚人から提供させたり、とからしいですね」


 魔力を吸い取れることは白音も身をもって知っているが、どうやらそれをエネルギーとして利用できるらしい。

 そらが作ってくれたスマホ用の充電装置も魔力を電力に変換しているのだから、確かに理屈の上ではできそうな気がする。

 しかし魔力を買い取るとは、白音は以前日本で行われていたという『売血』を思い出してしまった。

『献血』ではなく、金銭を受け取って自分の血液を売る行為のことだ。

 これには質の低下や感染症など、様々な問題が発生していたと聞き及んでいる。

 魔力であればそういう問題はないのかもしれないが、何か少し危うい気もする。



「さあどうぞ。焼き上がりましたよ。召し上がれ」

「ありがとう」


 店主はおまけして十二本焼いてくれていた。

 リプリンは初め十本の指にそれぞれ串をくっつけて運ぶつもりでいたらしい。

 それが二本増えていたのではたと困ってしまった。

 そこで指を十二本に……しそうになったので白音が慌てて止める。


「う、ちょ、リプリン……」


 そもそも指に串がくっつく時点でおかしいのだが、目の前で指が増えるのはさすがに不自然極まりない。

 白音がみんなで手分けして持っていくように促す。


「ありがとうお姉さん、すごく美味しそう。たくさんあるから、みんなで分けて持って行きましょうねー。ねー?」

「あい? あ、あーい!」



 広場にはあちこちに、オープンカフェにあるようなテーブルと椅子が設置されている。

 こういうところも日本ぽいのだが、白音たちはその一角を四人で占拠した。

 リプリンといつきの間にちびそらを挟み、周囲の目から隠すフォーメーションだ。

 そのテーブルからはロープウェイがよく見える。

 運行の様子を見学しながら、みんなで焼きたての串焼きをいただく。


「美味しい!!」


 グルメスライムのリプリンが太鼓判を押した。

 ぴりっとした辛みがあって、ほんのりと(いぶ)されたような香りのするタレを使って焼いてある。

 この異世界独特の調味料だ。

 白音は前世で食べたことがあるが、いつきやリプリン、もちろんちびそらにとってもそれは初めて経験する味だった。

 串焼き屋の屋台はどうやら、この異世界風の味付けを売りにしているらしい。

 日本人にとっては目新しく感じられることだろう。

 大広場には様々な食べ物の屋台が出ていて、日本でもおなじみのファストフードはひと通り揃っている。

 しかしそれと同じくらい、異世界風の料理を出している店もあるようだった。


 はぐれ召喚者たちのベースキャンプで見た飲食店は、どこも日本料理の再現に力を入れているような印象だった。

 それは多分望郷の念なのだろう。

 しかしこのカルチェジャポネでは、「現世界と異世界、双方の文化を合わせて新しいものを生み出そう」、「互いのいいところを取り入れてより素晴らしいもに発展させよう」、そんな熱意を感じる。

 なんでもこだわりなく取り入れて自分たちのものにしてしまう、日本人特有の気質が目に見えるようだと白音は思った。


 リプリンが手包丁で……文字通り本当に手を切れ味鋭い刃物のようにして、串焼きを切り分け始めた。

 ちびそらが大きすぎる串焼きに苦労しているのを見て、小さくしてやっているのだ。

 その姿はまるで姉妹のように見える。

 随分仲良くなったものだと白音は口元を緩めた。

 しかし世話をしているのはリプリンなのだが、立ち位置はきっとちびそらが姉だろう。

 それはなんとなく想像がついてしまう。


「次はアレ!!」


 そう言ってリプリンが指さしたのは、どうやらお好み焼き屋の屋台のようだった。

『広島VS大阪』と燃える炎のような書体の日本語で書かれている。


「前食べた時も美味しかったの」


 以前白音が現世で食べた時に体の中で一緒に味わっていたのだと思う。

 リプリンは白音の買い食いをすべて知っている。

 リプリンは立ち上がると、屋台に向かって駆け出した。ひとりで買ってくるつもりのようだった。


「銀貨は先に手の中へ出しておいてね。人前で直接体の中から取り出さないでね」

「あーい!」


 変なことをして周りを驚かさないかと心配している白音をよそに、リプリンはうきうきとして屋台に並ぶ。


「最初リプリンちゃんて、かなりの人見知りだった気がするっすが……」


 いつきから見てもかなり臆病な印象だったのだが、白音の体から出てきたばかりのリプリンはもっと内向的だった。

 知らない人を見ただけで震えていたのはついこの前の話だ。


「もうあんまり気にしてないみたいね。それよりも食欲の方が勝っているというか……」

「なはは」


 その姿はさながら、どこへでも向かう飽くなき食の探求者のようだった。

十四本渡すと、指も十四本に。

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