第17話 律動のメッセージ その三
白音が装身具屋に頼み込み、自分たちの馬を預かっておいてもらうことにした。
二頭の馬を馬繋柵に繋ぎ止めてから、白音は自分の鈴を、馬のたてがみに結わえつける。
装身具屋の主人が、「何か現世界のものだと分かるような飾りを付けておけば、絶対に盗まれない」と教えてくれたのだ。
「持ち主が召喚英雄なら犯人を突き止める魔法が使えるかもしれないし、もし突き止められたら何をされるか分からないからですって」
「なるほどっす」
確かに強力な魔法使いの持ち物を盗むなんて、普通は避けるだろう。
いつきも自分の鞄に付けていた『エレメントスケイプ』のロゴ入りキーホルダーを提供して、もう一頭の馬に括り付けておく。
「ありがと、いつきちゃん」
「いえいえっす。確かに召喚英雄の魔法なら、逃げても急に異次元から長くて綺麗な腕が現れて、捕まって引きずり込まれたりするっすからね」
「何それ、怖いわね」
「はいっす…………。めちゃ怖いっすよ」
想い出すように身震いをしたいつきに、馬たちが鼻をすり寄せている。
どうやら慰めてくれているらしい。
いつの間にか随分と距離が近づいている。
いつきが少しは大型の馬に慣れてくれたのか、それともただ怖いのを忘れているだけなのだろうか。
白音はそんな馬たちの首筋を撫でた。
「少しの間、待っててね」
「ばるるるっ」
「ぶふふぅ」
利口な馬たちだから、ここに繋いでおいても問題ないだろう。
いやもしかしたら、繋がなくてもここで待っていてくれるのではないだろうか?
白音はそんな余計なことを考えていただけなのだが、不安がっているように見えたらしい。
装身具屋の店主が請け合ってくれた。
「私は日が暮れるまではここにいますから、馬のことはしっかり見させていただきますよ」
「あ、ええ。ありがとう。お願いね」
店主は白音に対し、身分の高い人に接するような態度を取っている。
そのことが少々落ち着かないのだが、おそらく召喚英雄と人族との間ではそれが普通なのだろう。
だから白音も近衛隊長時代を思い出して、頑張って毅然とした態度を取ってみる。
「皆様は、この街に来られるのは初めてですか?」
「え、ええ。そうよ?」
「やっぱり、ここの評判をお聞きになられて?」
「まあ……、そんなところね」
それで白音はふと気づいた。自分が人族語を話しているから、店主は自分たちのことをタイアベル連邦から来たと思っているだ。
ふらりと異世界にやって来たばかりの日本人が人族語を話せるはずはない。
ベースキャンプにいたはぐれ召喚者たちの人族語は、自己流でかなりいい加減な発音だった。
人族語を正確な文法で操れるということは、ちゃんとした教育を受けているに違いない。
すなわちタイアベルで厳密な儀式の下に召喚され、正規の機関でこの世界のことを学ぶ機会を与えられていたのだろう。
そう思われているのだ。
はぐれ召喚者と比べたら、言わば『エリート』のように映っているのかもしれない
「召喚英雄の方々が、続々とこの街に集まってきていらっしゃいます。タイアベル連邦との衝突は避けられないでしょうから、心強い限りです」
そう言って店主は頭を下げる。
なるほど、やはり白音たちは戦力として頼りにされているらしい。
どうやら戦争が不可避となった今、タイアベルからの離反者がどのくらいカルチェジャポネに合流してくれるか、それが今後の未来を大きく左右するのだ。
しかしだとすると、白音には聞かずにはいられないことがあった。
「異世界から来たよそ者が勝手に支配している街だけど、文句はないの?」
「よそ者だなどと畏れ多い。以前より何倍も暮らし向きは良くなってます。感謝こそあれ、文句などと滅相もない」
そして店主は少し声を落とした。
「タイアベルの支配下にあった時は、貴族連中はふんぞり返って何もせず、ただ民から搾り取るだけでした。召喚英雄様方も、騙されてこき使われていたと聞いていますよ。ありがたいことに、今も皆様方のように続々とこちらへ逃げてこられているみたいですから、もうこっちの勝ちは決まったも同然です。悪いことなど、何ひとつありはしませんよ」
白音はブラック企業から大量に人材が流出して、ライバル企業に続々と転職しているような図を想像してしまった。
「でも、結局は貴族の代わりに召喚英雄たちが支配していることに変わりはないと思うんだけど……。しかもどんどんその支配階級の人数が増えてるみたいだし、それを支える人たちの負担は増えていくわよ?」
「召喚英雄様方は、体を張ってこの街を守っていて下さいますからね。戦えない方々だっていろんな魔法を使われます。高い身分で迎え入れられるのは当たり前のことですよ。それに私たちだって、タイアベルの時とは違う。働きがよければちゃんといい暮らしができます」
「実力主義ってこと?」
「はい。領主様は開拓のためにここへ集まってくる人族も大事だと考えていて下さいますから、無茶な税金は課されていません。ちゃんと働きに応じた実入りが期待できるんです。何を売ったら売り上げが上がるだろうとか、やり甲斐があります。それに余裕があるから、ちょっとくらい手を止めて休暇を楽しんでみようかとか、生きる楽しみも出てきました」
ますます転職支援サイトに載っている『転職成功談』みたいになってきた。
(まあでも、人族は魔族からの居抜き物件を獲得しただけだから、楽して豊かでいられるんですけどね)
ちょっと意地悪だとは思うが、魔族の白音からすればそんな考えも脳裏に浮かぶ。
この街の周辺が豊かな土地なのは、元々白音の祖先である魔族たちが永の年月をかけて懸命に開拓したからこそなのである。
ただ、白音の種族的な感情は置いても、彼の言うことはやや妄信的に過ぎるのではないだろうか。
白音は少し危機感を覚えた。
確かに言っていることは間違っていないだろう。
しかししっかりと啓蒙されて、思想を誘導されているような、そんな感触がある。
もちろん『タイアベルより良い』という事実がある限りは、皆納得して従っているのだろうとは思う。
何しろタイアベル支配下の時代では『生きる楽しみ』すらなかったのだ。
当事者でもない白音が何を言ったところで、それは机上の空論に感じられることだろう。
「今は最前線であるこの街でタイアベルの領土拡大を食い止めて、その間に北方の荒れ地を住める土地に戻そうと着手してくださってます。タイアベルの召喚英雄が酷いことをしたせいで不毛の荒野になってしまった土地を、元の豊かな大地に戻すんです。まだまだカルチェジャポネは大きくなっていくに違いありません」
うん、それは確かに嬉しいかも、と白音は思った。
緑が戻ってきた大地を想像しただけで、涙が出そうになるほど嬉しい。
「ねえねえ、白音ちゃんこれ食べよ?」
リプリンが日本語で会話に割って入ってきた。
装身具屋の隣で串焼きを焼いている店を指さしているが、少し機嫌が悪い感じがする。
大人しく待ってくれているのをいいことに、人族語で話しこみすぎたかもしれない。
空腹のリプリンにとっては、明日の小麦よりも今食べられる肉が必要なのだ。
「ごめんね、待たせちゃって。さっきからいい匂いしてるよね。みんなで食べよ」
瞼に浮かぶは、想い出の豊かな小麦畑




