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ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】  作者: 音無やんぐ
第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける
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第17話 律動のメッセージ その一

 もし『欲望』というタイトルの絵本があったなら、きっとこんな感じだろう。

 カルチェジャポネという街を初めて目にした白音の、それが感想だった。


 この異世界にあってカルチェジャポネには、その盟主たる人族の支配がまったく及んでいない。

 現世界からやって来た人間たちによって形作られた、言わば治外法権の街である。

 その様相は白音たちが最初に辿り着いた集落――はぐれ召喚者たちのベースキャンプ――とやはりどこか似ている。

 同じ日本人が作った街だからだろう。

 しかしこの街は、ベースキャンプよりももっと洗練されている。

 現世界の言い方をそのまま当てはめていいのかどうかよく分からないが、より都会的という印象だった。

 白音の前世の記憶にある戦争と破壊の傷跡はすっかり癒えて復興している。

 そこに日本の文化や召喚英雄の魔法が融合して美しい街並みを形成していた。

 それに衛士隊の班長から聞いた話によれば、戦闘に不向きな能力を持つ者でも不安なく暮らせるように、法整備もしっかりとされているらしい。


 ただこれはあくまで憶測の域を出ないのだが、この街は戦闘能力ではなく、むしろ金銭に換えられるような能力を持っていない者には生き辛いのではないだろうか。

 そう白音は考えていた。

 如何に個性的で素晴らしい能力でも、他人が対価を払いたいと思ってくれなければここでの活躍は難しいだろう。

 ベースキャンプでは良くも悪くもすべてが自由で、自己責任だった。

 それは日本人の性質なのか、それとも召喚英雄特有のものなのか、それは分からない。

 しかしもしこのカルチェジャポネにおいてもその主義が貫かれているのなら、やはり獲得した能力によって格差は生まれてくるだろう。

 もちろん暴力ですべてを決めるような蛮族社会よりは、よほど理性的なことではある。


 街の大通りは、大型の馬車がすれ違ってもまだまだ余裕のある広さだった。

 この道はエーリュコスの王都だった時代からあるものだ。

 馬車の上から、いつきやリプリンが瞳をキラキラと輝かせて初めて訪れる街を見ている。

 ちびそらはリプリンの髪の中で、というか頭の中に半ば以上沈み込んだ状態で一緒に眺望を楽しんでいる。

 召喚英雄たちの集まる街では迂闊に幻覚魔法を使いたくなかったので、上手く隠れ場所を確保するように四人で事前に話し合った結果だ。

 普段は冷静沈着なちびそらも、盛んに辺りをきょろきょろと見回している。

 やはり少々興奮気味なようで、なんだかかわいらしい。

 そしてもちろん、白音も同じ気持ちだった。


 この街に入る前、白音は自分がどんな感情になるのか少し不安だった。

 戦争に負けて一度は壊滅した故郷である。

 それが異民族の手によって再興されているのを見て、自分が何を感じるのか予想もつかなかった。

 しかし白音は今、心が躍るのを感じていた。

 見るものすべてが新しいこの街を訪れ、仲間たちと共に喜びを分かち合いたいと感じていた。

 馬車の上、少し高い位置から街を見下ろせば、人込みの向こう側まで見通せてなかなか気持ちがいい。

 様々な記憶の中の複雑な感情よりも、観光客としての立ち位置に心を寄せてしまった方が断然楽しかった。

 それは、ふたり分の人生を持つ白音の特権だった。



「姐さん、検問っすけど、騙したままで良かったんすか?」


 いつきがふとそんなことを言った。

 髪の毛を提出する義務を幻覚で欺瞞(ぎまん)して逃れたことに、少し罪の意識を感じているのだ。

 検問の衛士たちは厳つい外見の者ばかりだったが、決して悪い印象ではなかったのだろう。


「街を出たとしても、髪の毛を返還するとは言ってなかったでしょ。一度登録してしまえば永遠に弱点を握られたままになってしまうと思うの。まだそこまで身を委ねるほど信用してないわ」

「なるほどっす……」


 白音にもいつきの気持ちは分かる。

 彼らは職務に忠実な『いい兵士』だった。

 しかし白音には仲間たちを守る責務がある。

 そう簡単に仲間以外に手の内を曝すわけにはいかないのだ。


 白音は観光を楽しんではいたが、もちろん街の状況を探ることも忘れてはいない。

 行き交う人をざっと見た感じ、召喚英雄の数は二十人にひとり程度という印象だった。

 白音たちのことは、顔つきや見た目からすぐに日本から来たと分かるのだろう。

 すれ違う人族は皆、さっと道を譲って頭を下げるようにしている。

 これまでの街とはまた違った反応だった。

 その様子からすれば、この街にはおそらく身分制度があるように思われた。

 そして召喚英雄は例外なく高い地位にあるのだろう。

 畏まったその態度が敬意から来るのか、恐怖から来るのか、そこまでは読み取らせてくれない。



「日本人の街だから治安がいいのかと思ってたんすけど、やっぱ身ぐるみ剥がれたりとかするんすね」


 いつきは衛士隊の班長の言葉を思い出してそう言った。

 少なくともここまでの印象では、とてもそんな危険が潜んでいるようには思えなかった。

 どこでそんな野蛮な犯罪が行われるのかと、探すように辺りを見渡す。


 馬上から見る街は至極平和だった。

 さすがにこんな大通りなら堂々と犯罪は行われないだろう。

 しかし通りを一本も入れば、昼でも衆目は届かなくなる。

 日本ではちょっと考えにくいかもしれないが、そこで身動きが取れず行き倒れてしまえば、ほぼ確実に金目のものは全部持って行かれることになるだろう。


「よく日本だと、財布落としてもちゃんと返ってくるとか言うじゃないすか。ここだと何が違うんすかね…………」


 いつきのその言葉は、『日本人はどこに行っても日本人か?』という案外根源的なことへの問いかけなのかもしれない。

 少し残念そうにしているいつきに、しかしちびそらが冷静に応じた。


「確率の問題。日本でも落とした財布が戻らないことはある。逆に、外国で落として戻ってくることもある。風説が正しいなら、その確率に少々の偏りがある程度」


 リプリンの頭頂部に(うず)もれたままで淡々と指摘するその姿に、白音は少し苦笑いをする。


「その偏りが発生するっていうことが、実はすごく大事なことだと、わたしは思うけどね。でもまあ残念ながら、わたしもちびそらちゃんの意見にだいたいのところは賛成かな。どこの国にもいろんな人がいる、っていうことだと思う。日本はマナーのいい国だって大きな声で言ってる人でも、目の前に財布が落ちてるのを見つけたら、どうするかは案外分からないものよ」


『小心で、几帳面だけど、集団に()もれて匿名でいられれば途端に我欲を出して大胆になる』。

 今の白音が日本人に対して抱いている印象を、おしなべて言うならそんな感じだった。

 多分前世で日本人である召喚英雄たちに酷い目に遭わされているから、どうしても色眼鏡で見てしまっているだろうとは思う。


「特に召喚英雄は、魔法っていう大きな力を手に入れているから、もっと大胆に酷いことをする人間だってきっといると思うわ。わたしたちも気を付けないとね」

「はーい」


 三人が声を揃えて、愛らしい返事をしてくれた。

 この子たちを見ていると白音には、国籍とか種族とか、どうやって生まれた生命体かとか、そんな小さな事はどうでもいいように思えてくるのだ。

ネットアイドルもホムンクルスもスライムも、白音にとってはみんな可愛い妹。

些細なことは気にしない…………

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