第16話 新興都市カルチェジャポネ その五
白音たちは、カルチェジャポネの衛視隊の班長から、街へ入る際の手続きや注意点などの説明を受けていた。
班長によれば、市民権を得るよりも一時滞在許可証を発行してもらう方がより高額な金銭が必要になるのだという。
白音からすれば、それはなんだかちぐはぐな感じがした。
「市民権には労働と納税の義務があるからな。むしろ街としては大歓迎なんだ」
どうやら目先の収益よりも、人的資源の確保を重要視しているらしい。
人口に劣るカルチェジャポネがタイアベル連邦と対等にやり合うためには、強力な力を持つ召喚英雄をひとりでも多く確保したいというところだろう。
白音は少し、魔族と人族が争った時のことを思い出した。
あの時も、人口規模では随分非対称な戦争だった。
それを魔族ひとりひとりの高い戦闘能力で凌いでいたのだ。
しばらくすると衛士のひとりが許可証を持ってきてくれた。
白音といつき、それにリプリンの名前が書かれた物が三枚。
それぞれに班長の認証が入っている。
白音はリプリンの名前がカタカナで『リプリン』と書かれているのを見て、よくこれで日本人として通ったな、と今更ながらに思った。
(ハンドルネームとかでも、いけるのかしらね……)
班長が、許可証を手渡しながら、その仕組みを説明してくれた。
「君たちは三十日間の一時滞在許可証を得ているので、その期限までに許可証を返却し、カルチェジャポネから退去してもらう。ルールは単純明快、それだけだ。返却は、ここのような検問所が街の東西南北四カ所に設けられているので、そこで受け付けている。もちろん問題がなければ、返却時に滞在許可を更新して延長することも可能だ」
「もし、期限を無視して帰ってこなかったらどうなるの?」
白音は答えを知っていたが、知らないふりをして尋ねてみた。
初めて来た自分たちが事情を知っているのは変だろう。
「その場合は猶予なく、直ちに英雄核の封印措置を執らせてもらう。英雄核のことは分かるか?」
「ええ、知ってるわ。わたしたちの魔力の源でしょ?」
白音はそう言って自分の胸の辺りを指さす。
「たまに本当に何も分からずここに来る者もいるのでね。失礼をした。知っているなら話は早い。これを封じられると、召喚英雄は魔法を使えなくなる。そして魔力をすべて奪われて非常に苦しい思いをする」
もちろん白音はよく知っている。
苦しいどころの話ではない。
「なのでそうなる前に返却することを勧める。ただ、本当にそんなことができるのか疑う向きも多いので、希望者にはここで一度実演して見せている。君たちはどうする?」
「い、いらないわよ。知ってるわよ。死ぬかと思うほどしんどいんだから、アレ……」
白音がそう言うと、班長が少し同情するような顔になった。
「ほお、既に知っているとは……。どうやら大変な目に遭ったみたいだな。無事にここに辿り着けて良かったな」
慰められてしまった。
人さらいの類いが同じような術を使うことを知っているのだろう。
実際のところは、「英雄核ではなく、生来の魔核を持っているリプリンはどうなるのか」とか、「いつきは封印されても変身を解けば英雄核が体外に出るので、少なくとも動けるようにはなるんじゃないか」とか、確認したいことはある。
しかしここで試しても、髪の毛を渡していないことがばれるだけだ。
「それで市民権の方はどうなの?」
一応は白音もその『市民権』とやらに興味はある。
「ここで市民権を取得した者は、そのまま冒険者ギルドへ行ってもらうことになる」
「冒険者ギルド?」
白音が何のことか分からず首を傾げたので、班長が言い直した。
「職業斡旋所のことだ。我々日本人には冒険者ギルドと言った方が理解が早いらしいので、そう言っている」
「なるほど」
とは言ったものの、やはり白音にはよく分からない。
ゲームか何かの話なようには思うのだが。
「召喚英雄はかなり特徴的な固有魔法を使える者もいるのでな。職業斡旋所でまずは職業適性を見極めてもらう」
市民権には労働が義務づけられていると言っていたから、さっさと職に就け、ということだろう。
「三日以内に冒険者ギルドに現れなければ一時滞在許可で説明したのと同じく、強制的に英雄核を封印する措置が執られる。魔力が急激に奪われて空になると低血糖のような状態になって身動きが取れなくなるぞ」
「え、ええ、身に染みてよく分かるわ」
白音は二度ほど経験済みなのである。
「ここは日本ではないからな。魔力を奪われて動けなくなっていると、心ない者に身ぐるみ剥がされる可能性が高い。しかし運がよければ我々衛士隊が先に発見するかもしれない。その場合は街の外へ強制退去させる。英雄核封印の措置はこの街の中でしか効果を持たないから、実質は永久追放みたいなものと思ってもらえばいい」
班長の説明は淀みがなく、そして分かりやすい。
新たな召喚英雄が来る度に何度も何度も説明してきたのだろう。
「それとこれは大事なことだが、犯罪に荷担するなどして街の脅威と見なされた場合にも英雄核の封印措置が執られる。無力化した上で逮捕することになる。悪い事は考えない方がいい」
班長が二の腕に力を入れて、その筋肉を見せつけるようにした。
良く鍛えられて硬く盛り上がっている。
当然ながら治安を乱すなよ、という警告だろう。
「ああそれと、市民権もちゃんと正式な手続きを経て返還すれば街を出るのは自由だぞ。市民になったが最後、一生ここに縛り付けられる、なんてことはないからそこは安心して欲しい」
封建制の敷かれた土地では農民が逃げ出すことを防ぐため、移住が禁止されていることも多い。
これは多分、そういう支配体制に慣れたこの世界の住人たちへのアピールなのだろう。
現代の日本人にとってはむしろ自由に移住できることは当たり前の権利だ。
「もちろん犯罪を犯せば、たとえ市民でなかろうとも容赦なく我々が処断することになるぞ」
班長は最後にそう付け加えた。
説明をひと通り聞かせてもらって感じることはやはり、英雄核の封印は治安維持の有効な手段として機能しているらしいということだった。
召喚英雄はすべて、カルチェジャポネにいる限りは首根っこを押さえられているようなものだ。
自由に慣れた日本人なら、こんな風に高度に管理された社会に対して嫌悪を抱く者もいるだろう。
しかし強大な力を持つ召喚英雄を従わせて治安を保つには、むしろこれが一番穏便な手段なのかもしれない。
魔核を持った魔法使いたちの暴挙を力でねじ伏せたことのある白音は、そう感じていた。
市民という権利を放棄すれば街を出るのも自由、となればそこまで酷いやり方でもないだろう。
無事『一時滞在許可証』を発行された白音たちは、一旦繋いでいる馬車を取りに戻った。
「あー、緊張したっす」
「うんうん」
いつきとリプリンが心底ほっとしたという表情で頷き合っている。
そう言えばふたりとも中ではほとんど口を利いていなかった。
「えー、どうして? かわいい召喚英雄さんが頑張って仕事してただけじゃない?」
白音からするとそんな感想である。
「か、かわいいっすか? あんな厳つい兵隊さんがっすか?」
「かわいくなんかないよう」
いつきとリプリンが、ふたりしてぷるぷると首を振っている。
「姐さんて、ああいう軍人さんとか兵隊さん見ると、謎の指導者モードになるっすよね」
確かにそうかもしれない。
白音自身はあまり意識していなかったが、いつきに言われて気づいた。
それは前世で近衛隊長だった頃、部下の教育を任されていたからかもしれない。
当時の白音は若くして隊長に任ぜられたので、年齢に関係なく平等に部下を『ひよっこ』として扱っていた。
近衛隊で部下を指導していたのと、若葉学園で弟妹たちの世話をしていたのと、白音からすればあまり違いがないのだった。
馬車を郭門に向けてゆっくりと進めていくと、衛士隊が道を空けて待っていた。
検問待ちの人たちが馬車を通すために道を譲ってくれている。
「すみません、すみません……」
白音はその横を恐縮しきりで通り過ぎたが、人族の列はどちらかと言うと『召喚英雄様たち』に憧れや羨望の眼差しを向けているようだった。
そして班長は白音たちを送り出し、最後にこう言ってくれた。
「滞在許可証をなくさないようにな。それでは……、ようこそカルチェジャポネへ!! 楽しんでくれ!」
30 days. sightseeing!!
O.K. Enjoty!!




