第15話 かわいいおしり その四
ちびそらとリプリンが、白音たちも驚くほどの激しい喧嘩をした。
幸い大した怪我はしていないようだったが、ちびそらは電力を使い果たして気絶、リプリンは電撃で痺れてしばらく動けなくなっていた。
その日の夜は、適当な場所に馬車を停めてキャンプすることになった。
ちびそらとリプリンが大暴れしてくれたせいで、完全に旅程が狂ってしまったためだ。
白音はいつきに手伝ってもらって、イノシシ肉を使った鍋を作ってみた。
ペルネルが下処理をした肉は味が断然違うと聞いて、リプリンが楽しみにしていたものだ。
味噌もベースキャンプでしっかりと入手していたので、現世のものに近い味が再現できているだろう。
ぼたん鍋という奴だ。
ぼたん鍋にはお米が合うと思ったのだが、残念ながら手持ちがなかった。
そこで白音は途中の村で分けてもらっていた大麦で麦飯を炊いてみた。
ちびそらとリプリンに料理の感想を聞いてみたかったのだが、しかし食事の雰囲気は最悪だった。
いつもなら興味津々で味見をしに来るちびそらは少ししか食べず、あとは充電が完了するまで白音の傍に正座して押し黙ったままだ。
リプリンはひと言、「おいしい」と言ってくれた。
しかしそれ以降は時々、「むー」と唸りながら食べているばかりだ。
「姐さん、僕いたたまれないっす……」
白音もまったく同感だった。
何より、みんなが笑っていてくれないと寂しい気持ちになる。
「よし! 食後に何か甘い物でも作りましょうか」
何か目算があったわけではないが、どうにか空気を良くしたくて白音は提案してみた。
ちびそらとリプリンが乗ってきてくれなければ、もう今夜は黙って寝るしかないだろう。
だが白音がそう言った瞬間、ほぼ同時にちびそらとリプリンがはっとして白音の顔を見た。
完全にシンクロしている。
「スイーツって、どうやって作るんすか? 材料あります?」
いつきはこんな荒野のど真ん中でスイーツが作れるとは思っても見なかった。
彼女が材料として思いつくのは、「確か砂糖が買ってあったっす」くらいのものだ。
「うーん」
白音が考えていると、リプリンがおなかを開いて中を見せてくれた。
まだむすっとした表情を作ってはいるものの、明らかに積極的に動いてくれている。
中身が見やすいように魔法の明かりまで点けてくれたので、感覚はまるで家庭用の冷蔵庫を覗いているみたいだ。
「早く閉めないと電気代が」などと思ってしまいそうになる。
白音はリプリン式冷蔵庫の中身を吟味しながら少し考えた。
正直なところ、スイーツの材料になりそうなものはあまり持ち合わせがない。
ハードミッションになるのは分かっていた。
しかし先程のちびそらとリプリンの反応はなかなかの好感触だった。
白音自身も、どうにかしてみんなと一緒にスイーツを作りたくなっていた。
ベースキャンプで巨大な柑橘類を見つけて、面白そうだからと買ったものが入っていた。
それと確か、密かに取っておいたチョコレートがまだあっただろう。
現世界からリュックに入れて持ってきていた物だ。
「あとは卵とミルク……くらいね」
卵とミルクはこの前立ち寄った村で、比較的余裕があるようだったので譲ってもらっている。
何の家畜のものかはよく知らないが、人族の世界で鶏卵や牛乳のように取り扱われているものだろう、きっと。
小麦粉と砂糖は切らさないように気を付けているので、これで一応お菓子作りの基本的な材料は揃っているだろうか。
「そうね…………。ウフ・ア・ラ・ネージュでも作りましょうか」
白音は手持ちの材料だけでなんとかなりそうなレシピを考えてみた。
「うふ?」
リプリンが聞き返した。
それは食べ物なの? と問いたげに小首を傾げている。
それと同時にちびそらも、
「あらあらうふふ?」
と問い返した。
何か別の業界用語が検索にヒットしたらしい。
ふたりともまだ機嫌は悪かったが、やはりスイーツと聞いて興味津々のようだった。
なんだやっぱり気が合うんじゃないの、と白音は思う。
白音が司令塔となって、三人に作業を分担してもらうことにした。
リプリンは手の先を泡立て器に擬態できるという必殺技があったので、泡立て係に任命した。
メレンゲとアングレーズソース作りをやってもらう。
ちびそらは片腕で少し心配だったのだが、思い切ってカラメルソース作りをお願いした。
いつきには巨大柑橘をカットして果汁を絞ってもらっている。
柑橘は本当に巨大で、莉美の胸くらいはありそうだった。
白音は買う時に「しかも黄色いし」と余計莉美のことを連想したのを覚えている。
白音は、リプリンが卵白を泡立てて作ってくれたメレンゲを、手際よく小口に分けて湯煎してゆく。メレンゲはしっかりツノが立つまで丁寧に混ぜられているのがよく分かる。
さすがリプリン、上出来だと白音は思った。
小柄ないつきが巨大なミカンと格闘している姿はなかなかの見ものだった。
なんというか、遠近感が狂う。
いつきの方が縮んだのかと勘違いしそうだった。
続いてリプリンが卵黄と砂糖をしっかりとかき混ぜてくれたものに、さきほどの巨大柑橘の果汁を混ぜてアングレーズソースを作っていく。
アングレーズソースはカスタードクリームを少しさらさらにしたような仕上がりのデザートソースになる。
巨大柑橘がオレンジよりも少し酸味が強くやや淡泊な感じがしたので、ちびそらが作ってくれているカラメルソースとよく合いそうだった。
ちびそらはやはり片腕でのカラメル作りに少し苦労しているようだった。
それを見た白音が少し手伝おうかと思ったのだが、その前にリプリンが触手を伸ばしていた。
道具を手渡したり、鍋をかき混ぜるのを補助したりして、文字通り『手を貸して』いる。
そんなリプリンに対してちびそらが小さな声で、
「ありがと」
と言ったのを聞いた時は、白音はちょっと感動して胸が熱くなってしまった。
お菓子作りを提案して本当に良かったと思う。
ちびそらには高精度な温度センサーがついているらしく、スイーツ作りで大事な温度管理が完璧だった。
なかなか難しいカラメルを、綺麗に焦げ付かせずに仕上げていたし、アングレーズソースの方も加熱しすぎてダマにならないよう、見張り役を買って出ていた。
本来ならここで冷蔵庫に入れて冷えるのを待つ、という行程が必要になる。
しかしそこは魔法少女たちである。
あっという間に魔法で温度を下げて、すぐに仕上げの行程へと移る。
「編集したみたいっす!!」
いつきがそう言いたくなるのも分かる。
まるで三分料理番組で、予め用意していたものが出てきたのかと思うような手早さだった。
ちびそらとリプリンが期待に目を輝かせて見つめる中、最後の仕上げは白音が担当する。
アルミ皿の上にやや甘酸っぱく仕上げたアングレーズソースをたっぷりと敷き、その上に湯煎したメレンゲを載せる。
さらにその上からカラメルをかける。
カラメルはビニール袋に入れ、端を切り取ることでそこから細く絞り出すようにする。
線状にかけられていくカラメルを見て、いつき、ちびそら、リプリンの三人が声を揃えて「おお!」と言ったので白音は吹き出してしまった。
あとは三分料理番組では残念ながらカットされている、みんなで美味しくいただく時間だ。
「荒野のど真ん中で、よくこんな手の込んだもの作れるっすね」
いつきはいつもの癖で、映えるスイーツをスマホでパシャパシャと撮影する。
見た目も可愛くて、本当に売り物みたいだと感動する。
「みんなの協力あればこそよ」
白音がそう言うと、ちびそらとリプリンがちらっと目を合わせて、そしてそっと逸らした。
「ふふ。さあさあ食べましょう!!」
「はいっす!!」
「うむ」
「あーい!」
まさしく、みんなの共同作業だった。
もちろん、スタッフがすべて美味しくいただきました。




