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ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】  作者: 音無やんぐ
第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける
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第15話 かわいいおしり その二

 白音は、口数少なに景色を眺めているちびそらのことが気になっていた。

 ちびそらは処理能力が落ちていて上手く喋ることができず、それは機械(ハード)のせいだと言う。

 しかし白音には、その背中がどうしても寂しげに見えた。

 感情(ハート)の問題なように思えて仕方がないのだ。



 白音がふと我に返ると、すぐ目の前にリプリンの顔があった。

 いつも唇が触れそうな距離にいるのでびっくりする。

 どうも白音が考え事に集中していると、スキ(・・)を見つけたと思われている気がする。


「ね、ね、飛び方教えてよ!」

「ああ、ええ。うん。でも難しいのよね……。わたし、飛び方なんて考えたことないし、ほとんど無意識で飛んでるし……」


 白音はあまり具体的ではないアドバイスを、どうにか言語化して伝えようとする。

 正直に言って、鳥に聞いた方が早いのではないかと思う。


 初めて自転車に乗れた時のことをなんとか思い出そうとしてみるが、しかしどうしても白音は少し上の空になってしまっていた。

 ちびそらの寂しげな後ろ姿がつい気になってしまう。

 ちらちらとそちらの方を見ていると、ちびそらの傍についてくれていたいつきと目が合った。


「御者? の役目、代わるっすよ」


 いつきは御者台の方へとやって来ると、そう申し出てくれた。

 いつきは「姐さんが休む時に代われるように」と言って少し御者の練習をしている。

 まだ基本的なことしか教えていないが、多分不慣れな手綱捌きでも今なら馬の方で勝手に上手くやってくれるだろう。


 馬たちは白音のリーパーによって能力を強化したことがある。

 リーパーで冴えた頭で一度世界を見てしまったら、たとえその魔法が解けても少し意識が変わる。

 おそらく馬でもそれは同じはずだ。

 その時感じたこと、考えたこと、その記憶は魔法が解けても決して消えないからだ。

 馬車を引いてくれている彼らとの間には、確実に仲間のような感覚が芽生えている。

 白音はそれを手綱を通して感じていた。



「ありがと。よろしくね」

「はいっす」

「リプリンも気を付けてね。怪我しないでね」

「…………あい」



 白音は、ちびそらの隣にくっつくようにして腰を下ろした。

 ちびそらには体温がないので、冬のひんやりとした感触が白音の太ももの辺りに伝わってくる。

 ちびそらは地平線の彼方へと去って行く荒野の景色を眺めているようだった。

 彼女は遠くを見たまま、静かに語り始めた。


「異世界事案について検証を行っていた時に、シミュレーションをした。それによると、無生物である自分は異世界へ問題なく転移できるはずだった」



 魔核を持たない生物が異世界転移をした場合、例外なく死に至るとされている。

 しかし無生物に関しては壊れたり、変質したりといった変化は確認されていない。

 では生物と無生物の境界線上にいるようなちびそらがもし、異世界転移したらどうなるのか。

 それは研究者としての立場なら、抱いてしかるべき疑問だった。

 白音たちがこの異世界へ渡ると決める前から、既にそらや一恵、それにちびそらはそういう議論を行い、調査や研究をしていたらしい。


「おそらく『魂』のようなものが、異世界を渡る時に何らかの力を受けて変成してしまうのだろうと推定していた。魔核を持つ生物はこの『変成圧』に対して、魔力による防御を行っていると考えられる。だから魔核を持つ生物のみが、生きて異世界へと転移できる」


 そう言いながらちびそらは、自分の胸に手を当てた。

 そこに魂がないことを確認しているように見える。


「人の手によって造られた私には魂というものが理解できない。しかし魂を持たないからこそ、防御のための魔力も必要ない、はずだった」

「はず?」

「うむ」


 ちびそらは軽く頷いた。


「転移ゲートをくぐる際に、想定外の事態が発生した。転移の直前、一恵から莫大な量の記憶(メモリ)を預かった。あまりに莫大だったために、体の一部を記憶領域として明け渡して保存することにしたが、このことが変成圧をもたらしてしまった」


 いつきも御者をしながらちびそらの言葉に耳を傾けていたのだが、だんだん意味が分からなくなってきた。

 いつものちびそらの話し方とは違って、なんだか言葉が難しいのだ。


「生命に近しい構造を持つ自分の中に、一恵の莫大な量の記憶が存在することで、魂と似たような作用をしたものと推測している。それで転移の際に変成圧が発生した。『魂は量子レベルの記憶情報が凝集したもの』、と仮定すればこの事態の説明がつく」


 ちびそらが理論や理屈の説明をする時は、だいたいこんな口調になる。

 いつきは初めて見たのだが、白音にとってはこれがいつものちびそらだった。

 そらやスーパーコンピュータとリンクしていないのに、かなり流暢に喋れるようになっている。

 どうやらちびそらの言っていた最適化が随分効果を発揮しているらしい。



「白音ちゃーん、ちびそらちゃーん!!」


 突然、スズメのような小鳥がよたよたと飛んでふたりの前を通り過ぎていった。

 リプリンだ。

 スズメに化けたリプリンは、ふたりに手を振ろうとして片方の羽根を上げた。

 当然の結果としてバランスを崩し、きりもみをして荷室(キャビン)から外へ出て行ってしまった。

 また盛大に地面に叩きつけられる。


「んぎゃっ!!」

「いや、それはそうなるでしょうに…………」


 懲りないその姿に白音は呆れたが、落下の寸前に触手を伸ばしていたらしい。

 馬車に絡みつかせ、それを縮ませてびよーんと馬車に戻ってきた。

 器用なものだと感心する。


 白音といつきはずっとちびそらのことを心配していて、あまりリプリンのことを構ってやる余裕がない。

 だから多分気を引きたくて少しはしゃいでいるのだろう。

 白音もそれは分かるのだが、やはりどうしても今はちびそらのことが心配なのである。



「あの子は誰?」


 リプリンのアクロバティックな動きを見ながら、ちびそらが尋ねた。


「ああ、そうよね。リプリンが普通に顔見知りみたいにしてるから忘れてたわ。初対面なのよね」

「あの子の方は私のこと以前から知ってる? あんな人間離れした子に知り合いはいないはず」


 あ、ここにいるのは人間ひとりと、人間離れした子が三人なんだけどねーと思いながら、白音はリプリンのことをかいつまんで紹介する。


「…………なるほど。白音のおなかの中でずっと見てたと」


 ちびそらはその奇想天外な事実をしっかりと記憶すると、話を続けた。



「転移の際に変性圧を受けたが、魔力のない私には対抗するすべが無かった。それでもなんとか記憶を守りたかったので右腕をメモリ領域として解放し、そこに一恵から託されたものを移動。そして分離した」


 ちびそらは分離したと言うが、おそらくその状況では引きちぎるしかなかっただろう。

 一恵の記憶を守るために自分で自分の腕を、だ。


「記憶がなければ自分はただの無生物、腕は大容量の記憶媒体にすぎない。そうやって変成圧から逃れることに成功した。白音たちが腕を回収してくれていたのは本当に良かった。これで、一恵の最期の望みを果たせた。一恵に親孝行できたと思う」


 確かにちびそらを作ったのは一恵なのだが、親だと思っていたとは白音も初耳だった。

 一見するとちびそらは機械的に物事を判断しているようだが、実は想像以上に情緒的な思考をしているのかもしれない。


 白音は饒舌に喋ってくれるちびそらを見て、ほっとしていた。

 どうやら着実に日常を取り戻しつつあるらしい。

 ここにはちびそらの好きな甘いもの(スイーツ)がなくて残念だったが、せめて白音は魔力を送っておく。


「ありがと。ちょっと疲れたから休む。最適化を完了させる」


 そう言ってちびそらは、御者台のいつきの方へと向かった。


「ん、ちびそらちゃん、寝るんすか?」


 ちびそらが荷室(キャビン)から御者台の方へと、器用に片手でよじ登っていく。

 いつきは落ちた時のために身構えるが、しかし登るのを手伝うことはなかった。

 ひとりでできるように見守っているのだ。


 さらにちびそらはいつきの体にしがみつくようにして、腰に下がっている山吹色のポシェットまでようやく辿り着いた。

 すると、ポシェットの中からひょっこりとリプリンが顔を出した。

 ポシェットに収まるような小さなサイズになって、すました顔をしてる。


「あれ、いつの間に入ったっすか?」


 先にリプリンが入っていたことに、いつきも気づいていなかったらしい。


 ポシェットの外側と内側で、ちびそらとリプリンが顔を合わせた。

 白音は無言で見つめ合うふたりの姿がなんだか可愛いと思ってしまった。

 そのまま写真に撮らせてくれと言おうとしたのだが、瞬間、ちびそらの目がつり上がった。


 ちびそらはチーム白音の魔法少女、宇宙(そら)ミッターマイヤーの姿をそっくり(かたど)って創られた人工生命体である。

 だから顔つきはそらとそっくり同じなのだが、そらはあまり怒りを表に出すことはない。

 だから、その顔がそんな風に怒りに染まるのを白音は初めて見た。

運転手~は。僕っす~♪

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