第14話 狂宴の果てに その二
白音は村に蔓延していた病の原因をビタミンB1不足による脚気だと考えた。
詳細な調査や分析ができるわけではないので「多分そうだろう」としか言いようがない。
しかし村が置かれている状況や村人の症状から考えて、それでほぼ間違いないと思われた。
そこで白音は、ビタミンB1を効率よく摂取する方法を村人たちにレクチャーする。
タイムリミットは宴会が始まるまで、すなわち大人たちが酔っ払って正体をなくすまでだ。
「脚気が疑われる時には小麦粉よりはライ麦のパンを、それもできれば全粒粉を使ったものを積極的に食べるようにして下さい」
「つまり表皮や胚芽の部分にその『びたみんびーわん』? というものが含まれているということですか?」
白音はができるだけ分かりやすく説明しようと頑張っていると、村長が抜群のタイミングで合いの手を入れてくれた。
「そのとおりです。さすが村長」
村長に対して聴衆から拍手が起こる。
白音に褒められて照れている村長がちょっとかわいかった。
◇
栄養指導を続けながら白音は、『江戸わずらい』という言葉を思い出していた。
江戸時代の日本でも脚気が流行したことがある。
その時代、江戸を中心に庶民の間でも粟や稗のような雑穀よりも米が食されるようになり、さらに『玄米』よりも精製した『白米』が好まれるようになっていった。
もともと主食を中心にしておかずを少し、という食生活をしていた日本人はそれが原因でチアミン欠乏症、すなわちビタミンB1不足に陥り、脚気を発症してしまったらしい。
しかし江戸を離れてしまうと、地方では雑穀や『玄米』を当たり前に食べることになる。
そうすると不思議にぴたりと脚気が治まってしまうというわけだ。
原因が分からなかった当時には、これが江戸でだけ流行る奇妙な伝染病、『江戸わずらい』として認識されていた。
米を小麦に置き換えて、この異世界でも似たようなことが起こっていると白音は感じていた。
前世、白音がデイジーだった頃にはこんな知識は持ち合わせていなかった。
だが今思い起こせば、ビタミン不足が原因だったと思われるような病気の蔓延には心当たりがある。
ビタミンA欠乏性の夜盲やビタミンC不足から発症する壊血病などは、軍隊では必ずと言っていいほど見かけた。
それらは、知識さえあれば比較的簡単に防げる病気なのだ。
いずれ召喚英雄たちの知識で生活が豊かになれば、この世界でも全粒粉やライ麦が低糖化指数な健康食品として認知される日がやって来るのかもしれない。
◇
白音は仕上げとして、ちびそらの持つデータベースからビタミンB1の豊富な食材をリストアップしてもらった。
小麦が不作だったり、アレルギーがあったりした時のための代替案だ。
バリエーションとして麦飯の作り方も一応教えることにしたが、確か麦飯は煮えにくいので燃料費がかさむ、と聞いたことがある。
その辺りは、各家庭にガスや電気が通っている現代人とは感覚が違うので、注意が必要かもしれない。
いずれにせよボスボルークはもういないので、これからは肉が手に入るだろう。
ニコラスが病気から回復して活躍してくれれば、村は元に戻っていくはずだ。
白音が一礼をして栄養指導講座を終えると、村人たちから盛大な拍手が起こった。
しかし中には既に、白音の講義を肴にして酒を飲み始めている者もいる。
広場は着々と、宴会場としての準備が進められているようだった。
「なんか、すごかったっす。言葉の意味はよく分からなかったっすけど、あのまま姐さんが『体にいいパン』とか紹介したら、僕、きっと買っちゃうっす」
いつきがそんな「外国語の通販番組を見て、意味も分からず注文しちゃう人」みたいなことを言う。
そして日が落ち、気がつけば大宴会が始まっていた。
召喚英雄様から「肉を食べれば病気が治る」とのお墨付きをいただいているのだ。
騒がないはずがない。
もちろん白音は「酒を飲め」なんてひと言も言っていないが、そこはそれ、である。
大人たちが飲まないはずがない。
子供たち参加の夕の部と、大人だけの夜の部の二部制で大宴会が始まった。
照明は魔法少女に変身したいつきが担当してくれたのだが、村中に煌々と明かりを灯すのはさすがに魔力消費が多くてきつそうだった。
なので半分は白音が担当し、薄紅色の明かりを灯していく。
村のところどころに妖しい雰囲気の場所ができてしまったのだが、しかしそれはそれで一部の村人に需要がありそうだった。
いつきとリプリンは、あちらこちらで引っ張りだこになっていた。
こう言ってはなんだが、彼女たちの魔法は宴会芸に最適だった。
思いついたものを、ほぼなんでも目の前に出現させることができる。
これほど楽しい魔法はない。
白音が通訳に入って、村人のリクエストに応えていろんなものを幻覚や擬態で形にしてみせる。
すっかり子供たちに大人気になったいつきが、「今まで見た中で一番怖かったもの」を見せてとせがまれた。
白音が通訳すると、特に他意は無いのだが、いつきが思いついたのは白音だった。
それは既に目の前で具現化されている。
言葉に詰まったいつきに白音が、
「ん?」
と言って小首を傾げる。
「ああ、いえ、えっと……他に恐いものは特にないんすけど……」
「他に?」
「やあ、ああぁ……」
かつてチーム白音とエレスケが衝突した時、いつきは白音のことを心の底から恐いと思った。
しかし変な話だが、それをきっかけに白音のことをもっと見たい、もっと知りたいと思うようになっていた。
いつきは、その気持ちをいつかちゃんとした言葉にできたらと思っているが、もちろん今はそんなことを熱く語るってい場合ではない。
どう取り繕ったものかと困っていると、そこに意外な救世主が現れた。
「ちびそらちゃん……?」
独りで歩いて行くちびそらの姿を白音が見つけた。
いつきにとって世界で一番恐い姐さんの注意が自分から逸れた。
ちびそらはイノシシ肉の炒め焼きの皿を頭に載せて歩いていた。
大きな皿を片腕で器用に支えている。
なるほど、多分ちびそらはメイアのうちに行くのだろう、白音といつきはそう察した。
「いつきちゃん、わたしちょっとちびそらちゃんについて行くから、ここお願いね」
白音はいつきにメモを渡した。
それは村人からの幻覚、擬態リクエストを日本語に翻訳したものだった。
そして手頃な料理の皿をふたつ、見繕って両手に持つ。
「リプリンもちょっと待っててね。ふたりで楽しんでて」
「あーい!」
リプリンの方は、言葉が通じないことなどまったく問題にしていないようだった。
今は『イノシシ料理に化けていて、村人が手を出した瞬間に脚を生やして走って逃げる』といういたずらに夢中になっている。
「それといつきちゃん、恐いものって言われてわたしを見ないでよね」
白音は笑ってそう言いのこし、ちびそらの後を追った。
「はいっす……」
手渡されたメモには、「初恋の彼女」だの「理想のいい男」だの、酔っ払いの戯言が大量に書かれていた。
白音の怖さは絵にも描けないので大丈夫、再現不可能です。




