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ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】  作者: 音無やんぐ
第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける
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第14話 狂宴の果てに その一

 白音たちは無事、巨大ボルーク狩りを終えた。

 白音、いつき、リプリンが、復活したちびそらを連れて村へ帰還すると、門の前で子供たちが出迎えてくれた。

 そこで遊びながら、帰りを待っていてくれたらしい。

 揃って手を振るその中には、メイアや村長の息子たちもいる。

 どうやらもういじめたりはしていないようだった。


 白音が手を振り返し、笑顔で依頼の成功を知らせると子供たちは歓声を上げた。

 そのまま村を救ってくれた魔法少女たち押し寄せると、ひとしきり質問攻めにしようとする。

 そんな中で村長の長男がひとり、大人に知らせると言って自宅の方へ走ってくれた。



「ちびそらちゃん!!」

「うむ!」


 メイアは、いつきの山吹色のポシェットから顔を出しているちびそらを見つけると、安心したらしい。

 泣き出してしまった。

 周りの子供たちも、ちびそらが本当に動いて返事をしたので驚いていた。

 口々に嘘つき呼ばわりして悪かったと謝るのだが、そんなことはお構いなしにメイアは号泣する。


 ちびそらは、そんなメイアの肩に飛び移って彼女に寄り添った。

 片腕しかないちびそらは左腕でメイアの髪の毛に掴まると、それで手一杯になってしまう。

 そこでメイアの顔に頬を寄せることで、自分の無事を伝えていた。


 白音はメイアが少し落ち着くのを待って、その手を取った。

 メイアと手を繋いで、子供たちと一緒に村の広場へと向かう。

 広場では吉報を聞いた大人たちがもう集まり始めていた。

 みんな明るい笑顔で白音たちを歓迎してくれる。

 それはさながら世界を救った英雄の凱旋、という雰囲気だった。

 村人たちが入れ替わり立ち替わり、白音たちの手を取って感謝の言葉をかけてくれる。

 白音は密かに、身を清めておいて本当に良かったと思った。



 リプリンが彼女にしか使えない特殊な魔法(・・・・・)で広場の真ん中に二体の巨大ボルークを取り出すと、驚愕と感嘆とそして称賛の声がどっと沸いた。


「本当に本当に助かりました。あなた方は我々全員の命の恩人です。心から感謝いたします」


 改めて村長が、村を代表して感謝の言葉を述べる。


「今日は皆さんでバア……ボルークを食べませんか? わたしたちは旅の間食べられる量があれば十分ですので、あとは皆さんで分けていただければ助かります。あまり血抜きが上手くなくて申し訳ないのですが」


 どうやらかなり生真面目な性格らしい村長が、さらに深々と頭を下げた。

 そして彼が返す言葉に詰まっていると、村人の誰かが叫んだ。


「今日は宴会だな!!」


 そしてその声に真っ先に反応したのは、なんとリプリンだった。


「おー!!」


 どうやらリプリンは、特定の方面限定で人族語を覚え始めているらしい。

 宴会とか、食べるとか、そういう単語は決して聞き逃さない。

 リプリンのその期待に満ちたかけ声に、村人たちが拳を上げて続く。

 そして一斉に、宴会準備のためにそれぞれの家に散っていった。

 その統率の取れた迅速な行動に、白音はしばし唖然とする。



「あ、ああ……。それでは宴の準備をしましょう。英雄様方はお疲れでしょう。準備ができるまでの間、どうぞお休み下さい」


 村長がちょっと苦笑いをしている。

 きっとこのまま、朝まで続く狂宴が始まるのだ。


「お父さんにもたくさん食べさせてあげてね。ボルークを食べれば、病気が良くなると思うの」


 白音は手を繋いでいるメイアに言った。


「どういうことですか?」


 病気が良くなると聞いて、村長が身を乗り出した。


「ニコラスさんだけじゃなくて、皆さんの中にも歩きづらさを感じてらっしゃる方がかなりおられたと思います。おそらくなんですが、その原因が分かったと思いますので、対処方法をお教えしたいと思っています」


 言いながら白音は、このまま宴会になだれ込んだら、みんな酔っ払ってしまうんだろうなと思った。

 そうなれば真面目な話など耳に入らなくなるだろう。

 酒が入る前にややこしい話はすませておかないといけない。

 宴会の準備が恐るべき勢いで行われる中、手の空いた人には広場に集まってもらって白音が病気の対処法をレクチャーしていった。



「ニコラスさんが歩けなくなったのはビタミンB1……えーと、食べ物に含まれている大事な栄養分のひとつが足りていなかったことが原因だと考えています。この栄養分をわたしたちの世界ではビタミンB1と呼んでいて、これが不足して起こる病気を『脚気(かっけ)』と言います。病気としてはこちらの世界でも知られていますが、食事が原因で起こることは知られていなかったはずです」


 そして白音は、目に見えて歩きにくそうな村人の男性をみんなの前に座らせて、膝蓋骨(ひざのさら)の下の辺りを軽く叩く。しかし何も起こらなかった。

 そしてその隣にいつきを座らせて同じようにする。

 するといつきの時だけ膝がぴんと伸びて下腿が前に跳ね上がった。


「これを膝蓋腱反射と呼びます。問題がなければこうやって脚が跳ねます。動きが弱かったり、まったく動かなければ、食事の状況と合わせて脚気を疑います」


 村人がざわついた。

 自分たちで膝蓋腱反射とやらを試している。

 いつきもそんな検査をしたのは初めてだったらしく、面白そうに自分の膝を叩いてぴょんぴょんと脚を跳ねさせている。

 しかしひとり、村人の前に座らされて脚気を宣告された男性が深刻な顔をして黙り込んでしまっていた。


「ああ、ごめんなさい。対処さえちゃんとすれば、恐いものではないんです。ビタミンB1をしっかり摂取していれば、簡単に治ります」



 そして白音はメイアとその母親のペルネルに言う。


「多分ニコラスさんが一番重症なんだけど、大丈夫。しっかり栄養を取れば後遺症ものこらないと思うわ」


 村人たちからほっとした空気が伝わってくる。

 やはり村人全員が大なり小なり、発症の兆候があるようだった。


「でもね。これは知らずに放っておくと、最悪死んでしまうような恐い病気なんです。だからわたしの話をしっかり聞いて実践して下さいね」


 白音は少し脅かしておくことも忘れない。

 その方が集中して聞いてくれるだろう。



「この村は主に狩りで食料を得ていましたから、肉が食べられている分には問題ありませんでした。ビタミンB1は肉に多く含まれています」


 この辺りは「そのはず」としか言いようがなかった。

 詳細な成分分析ができるはずもなく、現世界との共通点から類推する以外の手段がない。


「ですがご存じのとおりボスボルークの出現でかなりの期間、肉が入手できなくなっていました」


 そこまで言うと、村人たちはなるほどと合点がいったようだった。

 だから肉を食べれば病気が治るわけだ。

 もちろん白音が言いたいことも、だいたいはそれで合っている。

 しかしまだ、大事な話がのこっていた。

 今後の予防策だ。

 もしまた肉が手に入らないような事態になった時、どうすれば脚気を予防できるのか。

 白音の知る限りの知識で指南しておかなければならない。


「それで」


 と言いながら白音は、宴会のために用意されていた白いパンを持ってきて宴会用のテーブルに置いた。


「肉の次にビタミンB1を効率よく取れるのは小麦などの穀物です。しかし、しっかり精製して表皮(ふすま)や胚芽を除いた小麦粉にはあまり多く含まれていません。そういう小麦粉で焼いた白いパンの方が、柔らかくて美味しいのは分かるのですが……」


 そう言って白いパンをちぎり、話を聞いてくれていた子供たちに分け与える。


「脚気が疑われる時には全粒粉で焼いたパンかそれとも………。リプリン、ベースキャンプで買ったパン、まだ持ってる?」

「あるよー」


 リプリンが目の前にぽんぽんと黒くてずっしりと重いライ麦パンを出した。

 白パンに比べると日持ちがするため、旅のお供に買い込んでおいたものだ。


「こういうライ麦の、それもできれば全粒粉のパンを積極的に食べるようにして下さい」

「つまり表皮(ふすま)や胚芽の部分にその『びたみんびーわん』? というものが含まれているということですか?」


 村長が抜群のタイミングで合いの手を入れてくれた。


「そのとおりです。さすが村長」


 村長に対して聴衆から拍手が起こる。

 白音に褒められて照れている村長がちょっとかわいい。

統率の取れた宴会部精鋭部隊は、きっとあなたの側にもいます。

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