第11話 開拓村の小さなお友達 その四
白音たちが訪れた村の村長は、召喚英雄たちが来てくれるのを待ちわびていたという。
村人たちではとても対処できない魔獣が現れ、その討伐をカルチェジャポネに依頼していたらしい。
村長の様子からかなり状況が逼迫していると感じた白音は、村長宅に招かれて、その話を聞かせてもらうことにした。もちろん同時通訳をしていつきやリプリンにも一緒に聞いてもらう
同時通訳は、ただの翻訳とはまた違った技術が必要なのだが、白音はだんだんそのコツを掴みつつあった。
村長によれば、この村が食料を得るために狩り場としている大きな湿地帯がある。
そこに巨大なボルークが現れて狩りができなくなってしまった、ということだった。
「ボルークってなんすか?」
いつきが尋ねた。
ボルークとはこの異世界に生息している動物の名前だ。
いつきたちは当然知らないだろう。
リプリンも一緒に首を傾げている。
しかしリプリンのそれはいつきとは少し意味合いが違う。
「美味しいの?」と問うている目だ。
聞かなくとももう白音には分かる。
「ああ、バアムのことよ」
「バアム?」
白音は言ってから気づいた。
『バアム』は『ボルーク』の魔族語訳だ。
通じるわけがない。もう一度ふたりが首を傾げる。
「あ、ごめんなさい。それは魔族語だったわ。…………えーと、イノシシみたいな感じかな?」
「!!」
リプリンの目が輝いた。
もちろん『バアム』のことを知っていたわけではない。
イノシシみたい、と聞いて美味しい奴だ、と判断したのだろう。
白音は咄嗟に思いついてイノシシに喩えたが、改めて思い出してみても確かにボルークはイノシシに似ている。
生態に詳しいわけではないが、樹林帯に住んでいて泥浴びをする習性があったはずだ。
見た目が近しいのはもしかしたら、収斂進化という奴かもしれない。
そして、味の方も確かにイノシシに似ている。
豚のように家畜化されたものではなく、野趣溢れるそれはジビエの味だ。
リプリンが予想したとおり、美味しい奴で間違いないだろう。
そのボルークが生息するという湿地帯は、村から半日ほど歩いたところにあるらしい。この村よりも低くなっている土地があり、そこに川が流れ込んでできたものだそうだ。
「この村の水源はそこを頼りにしています。小さな森や茅場もありますから、ボルークの他にも様々な動物を狩ることができました。しかし一昨年辺りから、巨大なボルークが目撃されるようになったのです。そして気がつけばその個体が他のボルークたちをまとめ上げ、群れのボスの座に納まっていました」
「それは……良い兆候ではないですね」
白音の言葉に村長も頷く。
ボルークは普通は血縁のない個体同士では群れを形成しない。
にもかかわらずそれを率いることのできる巨大ボルークは、おそらく特別な存在なのだろうと考えられるからだ。
「ボスは驚くような大きさで、そのまま放置しておくのは危険だと判断しました。そこで村人たち総出で狩ろうとしたのですが、しかしまったく歯が立ちませんでした。討伐に失敗したあげく、三人もの犠牲を出してしまいました…………」
村長が悔しさをにじませる。
「通常ではあり得ないその大きさといい、おそらくは魔核を持つ魔獣だろうと、私たちは考えています」
そして話し合いをした結果、村ではそのボルークには手を出さないことに決まったのだった。
もし本当に魔獣であったなら、軍隊でも連れてこない限り人族では太刀打ちできない。
致し方のない判断だろう。
常にボスに守られているため、ボルークの群れには手が出せない。
それに他の動物たちもその群れを恐れているせいか、近頃ではほとんど姿を見せなくなっている。
加えて農作の方も天候不順に悩まされて未だ軌道に乗ってはおらず、秋の収量も微々たるものだった。
村の食糧事情は悪化の一途を辿り、もはや打つ手がない状態らしかった。
魔獣は直接襲ってこなくとも、その存在だけでこんな小さな村など簡単に滅ぼしてしまえる。そういうことなのだろう。
「今は小麦などの備蓄を分け合ってなんとか食いつないでいるのですが、あのボルークをどうにかしなければ、この村は、全員飢え死にするしかないのです」
暗澹たる表情で村長がそう言った。
それを通訳してやると、リプリンが口を開いて何か言おうとした。
白音はなんだか嫌な予感がしたので、その口を手で塞ぐ。
「ぐむ……、ぐむむむむ」
リプリンは塞がれた口ではなく、指の先にもうひとつ、小さな口を作ってそこから抗議した。
「どうにかって言うから、トンカツがいいのかお鍋がいいのか聞こうとしただけだもん!!」
言葉が通じなくて本当に良かったと思う。
確かにいろいろ過程を端折れば、それが解決法なのだろうとは思う。
しかし今言うべきことではない。
あと、指が喋るのは普通の人にはとても不気味な光景だ。
村長には見せない方がいいだろう。
白音は手が塞がっていたので、仕方なくリプリンの指をパクッとくわえた。
「あ………………」
リプリンが切なげな声を出して、ちょっと照れたような顔をした。
「え? や…………。えと……」
リプリンがそんな顔をするから白音も少しどきっとしてしまった。
変な声を人前で出さないで欲しい。
これ、キスじゃないよね? と思っていつきの方に救いを求める。
「ふたりが決めることっすね」
しかしいつきは淡々とそう言っただけだった。
村長も素知らぬふりをしている。
この異世界の人々は皆、召喚英雄たちの奇行にはもう慣れているらしい。
幸か不幸かは分からないが。
白音が居心地悪くなって視線をさ迷わせていると、中庭で遊んでいた村長の息子と目が合った。
父親が話をしている間、彼は時折庭に出てきていた。
多分遊ぶふりをしながら白音たちを見に来ていたのだろう。
白音は子供にまで変なところを見せてしまったかと思ったのだが、彼の方はまったく気にしていないらしい。
最初に遭った時は完全に不審者を見る目だったのだが、今は打って変わって、きらきらと憧れのまなざしを白音たちに向けていた。
『魔法を使って魔獣を倒す異世界からの来訪者』、それは子供たちの心をくすぐるなかなかのパワーワードだろう。
白音だって幼い頃から魔法少女に憧れていたのだから、きっと同じような目をしていたに違いない。
白音が軽く手を振ると、男の子は慌てて逃げるように走り去ってしまった。
いじめを看過することはできないのだが、この村を覆っている暗い雰囲気も子供たちの精神に良くない影響を及ぼしているのだろう。
自分たちがこの状況を打開できれば、少しはいい関係が築けるようになるのかもしれないと思う。
「わたしたちがそのボルークを狩ってしまっても、よろしいですか?」
白音は決めた。
「ふたりも、それでいい?」
「もちろんっすよ!」
「いただきまーっす!!」
こんな話を聞いて、魔法少女たちがこの村を放っておけるはずがない。
是非もなし、であろう。
「そうしていただければ……助かります。皆の命を、繋ぐことができそうです。ですが……その、十分なお礼がお支払いできるかどうか…………」
「お気になさらず。わたしたちはボルークの肉が欲しいだけですから」
そして白音はいつきとリプリンの方を見て、もう一度日本語で同じことを繰り返す。
「わたしたちはお肉が欲しいだけ。ね?」
「そうっすね」
「ごちそうさまっ!!」
いつきとリプリンも力強く頷いてみせる。
「それも、とびきり大きな獲物がいるという良いお話を聞かせていただけました。皆さんにもお裾分けできると思いますよ」
白音が笑顔でそう言うと、村長のアルノーが、深く深く頭を下げた。
DIP関節キス。
人差し指の。




