第10話 旅立ち(クエスト) その二
異世界の宿はいくら見た目を現世風にしていても、すきま風が吹き込んできて寒かった。
寝具も薄っぺらく、白音はリュックから自分のブランケットを取り出した。ような気がする。
極上の手触りのブランケットをいつきと自分の上にかけてくるまり、しっかりといつきを抱きしめてもう一度寝た。ような夢を見たと思う。
とても温かくて気持ちのいい、極上のブランケットだ…………。
「ひいぃぃぃぃっ!」
朝の冷えた空気に、白音といつき、ふたりの可愛い悲鳴が響き渡った。
リプリンが完全にスライムの形態になって、白音といつきにべっとりとまとわりついている。
ただ、触り心地はやはり完全に極上のブランケットのものだ。
今のリプリンなら見た目もブランケットに擬態することができるはずなのに、それはしていない。
狙ってやっているのは間違いないだろう。
「もうもうもうもうもう。やるんなら言ってよ。すごい気持ちよすぎて、ぐっすり眠れるから、朝余計びっくりするのよ!!」
「うーふふー」
してやったりという様子のリプリンだったが、白音はもうスライム毛布の気持ちよさを知ってしまっている。
実は口で言っているほどには嫌がっておらず、しっかりとリプリンの感触を堪能していた。
ただ、スライムの胎内初体験のいつきだけが朝から本気でびっくりさせられていて、ちょっと可哀想だったかもしれない。
食堂で朝食をとりながら、三人で今後の方針を話し合うことにした。
宿泊客に出される朝食のメニューは、干物魚を焼いたもの、味噌汁、玉子焼き、海苔、納豆、漬け物、それに玄米飯だった。
食材まで同じかどうか分からないが、ともかく日本の朝がテーブルの上に表現されていた。
美味しくいただきながら白音は、
(修学旅行かな?)
と思ってしまった。
「まずは奴隷商へ行くんすよね? 姐さん」
炊きたての玄米ご飯を『卵かけ』にしながらいつきが尋ねた。
「ええ、そうね。何か新しい情報が入っていると嬉しいんだけど」
「イケメンのおじさんのお店!!」
リプリンが応じた。
いつきの真似をして卵をしゃかしゃかと楽しそうに溶いている。
「そうね。イケメン店主のいるお店」
「え…………?」
ふたり揃って店主のことをイケメンと言う。
いつきは、
(あれ? 違う店だったっすか?)
と首を傾げた。
あの雑貨店兼奴隷商の主人は、確かにいい人そうではあった。
しかし年齢不詳な雰囲気と工夫の余地のなさそうな頭髪。
いつきにはそのくらいしか印象に残っていない。
果たしてイケメンだっただろうか…………?
三人は朝食を終えると宿泊していた部屋を引き払った。
宿代自体は前払いなので、簡単な確認だけ済ませて宿を出る。
そして早速、イケメンおじさんの店へと向かった。
夜型のいつきにしてみれば早朝、朝型の白音やこの異世界の住人からしてみれば少し遅めの時間帯である。
◇
雑貨商いを主とするこちらの店は、もう一軒の奴隷商ほど格式張った感じはしない。
開放的な造りで、外からでも若い男性が棚の整理をしているのが見える。
一昨日訪れた際には、リプリンがこの青年に対して悪戯を仕掛けてかなり脅かしていた。
先にちょっかいをかけようとしたのは青年の方なので、白音も何も言わなかった。
なるべくしてなったことだとは思う。
「おはようございます。店主さんをお願いできますか?」
入店して開口一番、白音がそう声をかけると青年はぱっと明るい笑顔を作った。
「おはよう。…………いらっしゃい!」
この様子だと、リプリンにされたことはすっかり忘れてくれているのだろう。
「今日は三人なんだね」
ひとり増えた! という喜びが青年の全身から伝わってくる。
一昨日はいなかったいつきのことを熱心に見ている。
『牢の中で疫病で死んだ老人』と同一人物だと知ったらまた悲鳴を上げるだろうかと、白音はちょっと意地悪なことを思った。
そして彼はひとしきり三人を見比べた結果、結局白音に声をかけてきた。
「このあと食事でも?」
「もう食べてきたわ」
「じゃ、じゃあお昼はどうかな? もちろん三人ともご馳走するよ?」
青年が懸命に食い下がっていると、リプリンが白音にしか聞こえないような小声で囁いた。
「なら、お昼にお前をご馳走になろうかぁー」
「ぷっ…………」
堪えきれず白音が吹き出した。
「どうしたの?」
「…………い、いえ。時間がないの、店主さんを呼んでちょうだい」
あまりしつこいお誘いは適当にあしらっておくに限るのだ。
こういう時は淡々と断ってもあまり申し訳ないとは思わない。
「お前、懲りてないなぁ…………」
呼ばれる前に店の奥から出てきた店主が、青年を背後から小突いた。
「うちの娘にもちょっかい出してたな。お前のせいで俺まで怒られたんだからな」
「あ、す、すみません、旦那……」
「お客さんに渡す代金用意してただろ、あれ持ってこい」
「はい」
手振りで青年を追い払うと、店主が相手をしてくれる。
「まったく……、命知らずな奴だよ、あいつは」
「わたしたち、ナンパが煩わしいからって、命まで取らないわよ?」
そんなことをするのは魔法少女ではない。
ただの殺人鬼だろう。
「はは。違いないね。いらっしゃい。お仲間が見つかったのかい? 良かったな」
店主が言っているのはいつきのことだ。
幻覚魔法なしの素顔を見るのは初めてだから、当然そうなるだろう。
「ええ、そうなんだけど……。それがね…………」
白音がいつきのことを店主に説明する。
病気持ちの老人の正体がいつきであったこと、そして売り物にならないよう死んだふりをしたこと。
「なるほどね。死体が消えてたのはそういうことだったのか」
店主が自分の頭頂部をぴしゃりと叩く。いい音がする。
「勝手に逃げ出してごめんなさい。代金、ちゃんと払うわ」
白音がそう言うと、いつきもぺこりと頭を下げる。
「逃げ出してって…………。お前さんたちから見ればこっちが人さらいだろ?」
「まあ、ね。でも損害は与えてると思うの」
「うーん…………。じゃ、ちょっとついてきてくれるか?」
店主はいろいろと考えを巡らせているようだったが、やがて手招きをして店の奥へとついてくるように言った。
白音たちは、いつきがいた座敷牢とはまた違う場所へと案内された。
店主に連れられて、大きな扉を開けて広い中庭へと出る。
多分、荷物の積み下ろしや大口の取り引きを行っている場所なのだろう。
あるいは人目を避けた取り引きもあるのかもしれない。
かなりの広さが確保されている。
そこに一台の馬車が停められていた。
「こいつを買わないか?」
一見すると少し大きめの普通の幌馬車なのだが、中身はかなり上質なもののようだった。
板バネによるサスペンションまでついている。
「少し前に買い取ったものなんだが、値が張りすぎてね。買い手がつかないんだ」
どこかの召喚英雄が、金に糸目を付けず、暇に飽かせて作った馬車なのだそうだ。
この異世界では再現できないような技術も使われていて、乗り心地は最高らしい。
店主は「少し前に買い取った」と言ったが、その馬車は綺麗に清掃されて新品同様になっている。
可動部の整備も今し方終えたばかりのようだ。
「こいつを買ってくれれば、そのお嬢ちゃんのことは水に流すってことでどうだ?」
「どうって、これ……。わたしたちが買う前提で用意したのよね?」
「ははは。まあ人捜ししてるってんで、必要なんじゃないかと思って用意しといたんだよ。七人も捜してるなら、見つかった時に大きめの馬車がいるだろ?」
確かにこの店主には、佳奈、莉美、そら、一恵、リンクス、いつき、ちびそらの特徴を伝えて捜していると言った。
それをしっかりと覚えていたらしい。
商売の心得という奴だろう。
「あまり上等そうに見えないように偽装してくれたのもサービス?」
「ああ。金持ってそうに見えたら襲われるだろ?」
「ええ、確かに」
「そしたら襲った奴が可哀想じゃないか」
「…………」
モブが馬車を襲うと、だいたいは可哀想な目にあいます




