第9話 奪う魔法、与える魔法 その三
当話の挿絵には、返り血を浴びている表現があります。閲覧に際しましてはご注意いただけますようお願い致します。
白音たちは人族の隊商を襲っていた犯人として、架空の巨大な怪物を仕立て上げることにした。
その怪物を白音が倒すことによって、『商路の安全確保』という奴隷商からの依頼を達成したことにする作戦だ。
そのために怪物退治の証拠動画をねつ造しないといけないのだが、大半は映像のスペシャリスト、いつきの幻覚魔法でなんとかなりそうだった。
しかし血しぶきのような大量の飛沫が発生する幻覚はどうやら苦手のようで、どうしても迫力に欠けてしまっていた。
異世界ではCGを使うこともできない。
いつきが悩んでいると、リプリンが嬉しそうに手を上げた。
「血しぶき、やるっ!!」
なるほど、実物なら計算の必要もなくリアルに飛び散ってくれるだろう。
リプリンのリアルな血のり具合は、各方面から絶賛を頂いているところだ。
「いや、リプリン……。ばらばらに飛び散って大丈夫なの?」
リプリンは細い繋がりを維持したまま、体を細かいパーツに分けて飛び散ったように見せかけることができるらしい。
本当に白音が呆れるほど器用だ。
スプラッター成分が必要になるタイミングをいつきが演出、指導して何度かリハーサルを行い、そして本番を撮影する。
やはり音や血しぶきのタイミングは、ずれやすい。
何度もNGを出した後、ようやくすべてのタイミングが完璧に噛み合った。
そのまま、クライマックスの怪物を討ち取るシーンへと入って行く。
不自然にならないよう、十五分ほどのシーンを長回しで撮っている。
できればもう撮り直しはしたくないところだった。
巨大な怪物の首を思い切りよく刎ねたところでリプリンが、これでもかというくらいに巨大化して、そして噴き出す血しぶきとなって白音に降りかかった。
ゲリラ豪雨かと思うくらいの降雨量だった。
(うひっ…………)
コスチュームを血みどろにされた白音は、思わず声を上げそうになる。
しかし白音は、リプリンならここで絶対に何か仕掛けてくるだろうと予想はしていた。
それでなんとか堪えることができた。
NGにならないように、強敵を倒した後のきめ顔を必死で作る。
しかしその必死さが、かえって臨場感を生み出すことに成功してしまった。
血にまみれた白音の凄絶な姿はまさに、伝説に語られる近衛隊長の姿そのものだった。
「血まみれの薔薇様…………」
最強の魔族降臨を目の当たりにして、再びアレイセスとリビアラがひれ伏してしまった。
「なはは、まったく否定できないっすね」
いつき監督からカットの声がかかる。
「もう…………」
白音がコスチュームにべっとりと付いた血のりを拭こうとしたが、すべて綺麗にでろりんと剥がれ落ちてしまった。
よく考えたら全部リプリンなのである。
「あとは怪物の死体は、リプリンが魔法で溶かしちゃって跡形も無いってことにするわね」
それが一番揚げ足を取られずにすむだろう。
「こんなの食べないもん……」
猟奇的な血溜まりから愛くるしい魔法少女の姿に戻ったリプリンが、ぷっとふくれっ面になった。
比喩ではなく本当に膨れている。
それを見た白音は思わずぷっと笑ってしまった。
「口裏を合わせるだけよ。設定ね、設定。討伐した証拠見せろって言われても困るし。実際にいたとしても、そんな得体の知れないもの食べちゃダメよ」
ひと仕事を終えて、昼食を食べながらみんなでできあがった動画の鑑賞会を開いた。
もちろん証拠映像なので変な演出は加わっていない。
あくまで戦闘をそのまま録画しただけ、という体裁だ。
しかしいつきによれば、タイトルだけは密かに決めているらしい。
『魔法少女の女帝様が異世界に転生したんだが、モンスターどもが弱すぎて相手にならないんですけど?』だそうだ。
タイトルとしては長すぎる気もするのだが、白音にはその善し悪しがよく分からない。
動画というものを初めて見た夫婦は、随分と驚いていた。
小さな薄い板きれの中の血まみれの薔薇様にまで畏まっている姿が、白音たちにはおかしかった。
しかし驚くと同時に、ふたりは危機感も抱いたようだった。
こんなに簡単に真実ではない映像が作れてしまうのなら、何も信じられなくなるのではないか、と感じたらしい。
それはメディアリテラシーと呼ばれる類いのものだろう。
現世でもそういう問題は多々発生している。
ましてこちらの世界でなら、目で見たものは皆簡単に信じてしまうだろう。
「特定の誰かが犯罪を犯すところ」「死ぬところ」、そんな映像を作ってしまえば、それはもう確たる証拠として扱われるはずだ。
現に白音たちは、そうやって証拠をねつ造しようとしている。
しかし初見でそういうところに疑問を抱けるこの夫婦は、かなり危機管理能力が高いと感じる。
ふたりとも軍属だったと聞いているが、きっと歴戦の兵なのだろう。
アレイセスの剣の腕はしっかりと見させてもらったが、それと連携を取ったリビアラの奇襲も相当訓練されたものだった。
(ふたりとも、前世だったらホントにわたしの隊に欲しいんだけど……)
白音はまた、近衛隊長時代の変な癖を出してそう考えてしまった。
しかし今度はすぐにその考えを否定する。
(そんなことしたら、アーリエちゃんが泣くじゃない)
鑑賞会を終えると、もうお別れの時だった。
まだここにいて彼らの役に立ちたいという気持ちはあるのだが、白音たちにも急がねばならない事情がある。
名残を惜しみながらも、早々にベースキャンプへと帰路につくことにした。
みんなで手を取り合ってお互いの無事を祈ると、夫婦が何度も笑顔でお礼を言ってくれた。
白音にとっては、震えながら土下座をされるよりもよほど嬉しい。
白音たちも仲間全員との合流を果たし、また必ず親子三人の力になると誓った。
「次に会う頃には、アーリエちゃんは喋れるようになってそうですね。楽しみです」
そして白音は、
(うちのいつきちゃんとリプリンも、できれば魔族語を喋れるようになってくれてると嬉しいんだけど)
と思った。
正直なところ通訳がこんなに大変だとは知らなかった。
次は是非、アーリエを囲んでみんなでゆっくり語らいたいものだと思うのだ。
来た時と同じように、リプリンが小さくなっていつきのポシェットに収まる。
そして白音は、今回はそのいつきを『お姫様抱っこ』した。
「ね、ね、ね、姐さん?! ちょっと待ってっす!!」
慌てるいつきを、白音は強引に抱え上げる。
しかし言葉とは裏腹に、いつきはまったく抵抗しなかった。
『お姫様抱っこ』の良いところは、やはり照れているいつきの表情がよく見えることだろう。
ポシェットから顔を出している小さなリプリンも、白音の方を見つめている。
そらを抱いて飛んだ時は、神がかり的なフィット感だった。
しかしいつきの感触も負けてはいない。
(安心して身を委ねてくれるからなのかな)と白音は思う。
上手く脱力してくれているので、とても柔らかくて抱き心地がいいのだ。
白音は、後ろ髪を振り切るようにして大空へと舞い上がる。
どこまでも絵になる美形夫婦が、手を振って見送ってくれている。
もう畏まったお辞儀は必要なかった。
そしてアレイセスとリビアラが、大きな声で白音たちに声をかけた。
「なに味なのよー!!」
片言の発音だったが、日本語ではっきりと分かるようにそう言った。
「え……。リプリン? いつの間にそんなこと教えたのよ…………」
小さなリプリンが、悪そうな顔をしてにやりと笑った。
夫婦はその言葉を、いったいどんな意味だと思って叫んでいるのだろうか……。
白音たちは大魔道の研究施設を後にした。
局地的豪雨
リプリン splash star




