第9話 奪う魔法、与える魔法 その二
アレイセスやリビアラが言うには、魔族領の大地を何もない荒野に変えてしまったのは、大量のサメ型の魔法生物だったらしい。
「大量の魔法サメを発生させて何でもかんでも食べる魔法、ということ?」
でたらめに強力で、そして無慈悲な魔法だと白音は思った。
おまけに強い殺意を感じるやり方だった。
◇
大地を呑み込んで家族も友人も、町も国も、すべてが無に帰してしまう。
心に焼き付いてしまうような凄惨な光景だっただろう。
それが、国家規模で繰り広げられたのだ。
白音がそんな話を聞きたがったせいで、せっかくの和やかだった食事が沈んだ空気になってしまった。
何か明るい話題に変えようと白音が思案していると、目の前を大型の貨物トラックが通り過ぎていった。
「んんん?」
正確に言うと、大型トラックの小さな模型だった。
精巧にできていて、一撃で魂を異世界まで飛ばしてくれそうな迫力も再現されている。
「アーリエちゃん、これが僕たちの世界にある乗り物っすよー」
いつきの幻覚魔法だった。
アーリエの目の前に、様々な種類のミニカーが浮かんで走り回っている。
白音はいつきに感謝する。
多分白音の気持ちを敏感に感じ取って、そんな魔法を使ってくれたのだ。
異世界の不可思議な乗り物はアーリエのみならず、アレイセスやリビアラも興味を持ったみたいだった。
アーリエがきゃっきゃと笑いながらミニカーに手を出しているのを見て、白音もその中のひとつを掴もうとしてみる。
すると、「むにっ」という触感と共に本当につかみ取れてしまった。
「え?」
「やん」
リプリンが悪戯っぽく笑いながら悶えた。
ミニカーが触手でリプリンと繋がっている。
どうやらいつきが作った幻覚の中に、リプリンが体の一部で作成した実体が混じっているらしい。
「もう……」
文句を言いながらも、白音はスライムカーの感触が面白くてぶにぶにと揉みしだいている。
リビアラが堪えきれずにくすくすと笑い始めた。
どうやら少しはスライムジョークにも慣れてくれたみたいだった。
他にもいつきは地球の有名な史跡を紹介したり、幻想的な光のショーなどを空中に描いてくれた。
リプリンがこっそり手伝っているので、時にはスカイツリーが鼻に刺さったり、自由の女神が松明で頭を撫でてくれたりする。
4Dのプロジェクションマッピングみたいだと白音は思った。
リプリンはいつきとは違って、特に意識することもなく悪戯を楽しんでいるんだろうと思う。
しかしこの組み合わせは、なかなかどうして相乗効果がある。
実体だが幻覚だか、判別がつかなくなるような使い方がいくらでもありそうだった。
「ありがどう、ふだりども」
白音が鼻に刺さったリプリンの触手を引っこ抜きながらお礼を言う。
おかげで楽しく食事を終えることができた。
「あとは討伐した証拠がいるわね……」
「はいっす。証拠動画のねつ造っすね」
「ねつ造…………。うん、まあそうなんだけど」
いつきは初めからそのつもりだったようだ。
もし討伐の物的証拠を提示すればそれが手元に残ってしまい、露見するリスクが高くなる。
一方、動画であれば証拠としての説得力は十分だろう。
その上現世の文化や技術に不慣れな異世界人からすれば、偽映像という可能性に思い当たることは難しいはずだ。
「どんなのがいいっすかね?」
魔族親子三人の先行きがかかっている。
やるからには完璧なものを作らなければならない。
そしてできれば、白音の格好いいところを撮影したい。
そういつきは考えていた。
「んー…………。以前エレスケが『モンスター』って曲のMVで使ってた怪物あるでしょ、アレと戦ってる感じにしてくれれば嬉しいかな」
『モンスター』は、少し前に『エレメントスケイプ』が動画サイトでリリースした楽曲である。
歌詞の内容になぞらえてモンスターと戦いながら歌うMVだったのだが、モンスター自体はいつきが丸ごと幻覚で作っている。
本来なら魔法やそれに類するものを公開することは、『魔法少女ギルド』の規約で禁止されている。
しかしエレスケたちが「あの手」「この手」を使って根回しを行い、そして厳しい検閲の末になんとか公開にこぎ着けたものだった。
白音はその幻覚映像のモンスターを今回の犯人に仕立て上げて、それを討伐したことにしようと言っているのだ。
いつきは、白音が自分たちのMVを見てくれていたと知って嬉しかった。
実は『モンスター』に出てくる戦士のモデルは白音なのである。
『モンスター』のリリースよりもさらに少し前、チーム白音とエレスケの間にはちょっとしたいざこざがあった。
その時にいつきは、白音の本気の恐ろしさを見せつけられて縮み上がっている。
静かに怒りを湛えた白音の姿は、今思い出しても膝が震えるほどに怖い。
しかしそれと同時にいつきは、真っ直ぐな強さを持つ白音に憧れてしまってもいた。
そんな白音のことを題材にしたくていつきは、『モンスター』の作詞を買って出たのだ。
白音と戦うことを想定して作った幻覚が、奇しくも『ご本人』と対決することになった。
「ともあれ、撮影は明日がいいよね? いつきちゃん」
「そっすね。太陽光の方が白音姐さんのコスチュームは絶対映えるっす」
「いや、えと……、そうね。明日よろしくね」
「はいっす!!」
広い空間の一角を借りて白音たちが眠る準備を始めていると、リプリンがふかふかの寝具に化けた。
この前とは違って、質感のみならず見た目も完全に布団になっている。
やはりリプリンは魔法少女になって、かなり精巧な擬態能力を身につけているらしい。
「おいでー、おいでー」
布団から触手が、にょきにょきっと生えて手招きをしている。
リプリンの魅惑的なお誘いだったが、しかし白音はあっさり断った。
「だめよ、リプリン。あなたも普通に寝て」
白音がそういう調子で言葉を発した時には、リプリンも素直に従う。
しかし、じわぁっとゆっくり人の姿に戻ったリプリンは、捨てられた仔猫のような顔をしていた。
「ごめんね。でもわたしたちが上に乗って寝たら、リプリンが休めないでしょ。今日は並んで寝ましょ?」
「あい……」
言われたとおり大人しく横になったリプリンの手を、いつきが握った。
「僕じゃ代わりになんないと思うんすけど」
いつきの手に応えて、リプリンの手がとろりと溶けて優しく包み込む。
ふたりの手が混ざり合った。
「うふっ。いつきちゃん、大好き」
「えへへ」
けれどふたりは、結局気づいた。
白音が夜中に何度も起き出して、アーリエの世話をするリビアラを手伝っていたことを。
白音はこのくらいの年齢の乳児の世話がどんなに大変か、若葉会で経験してよく知っているのだ。
その背中を見て、リプリンといつきがこっそりと話をする。
「やっぱり、姐さんは姐さんっすね」
「うん。白音ちゃん大好き」
「僕とどっちが好きっすか?」
「白音ちゃん」
「そこはちょっと悩んだフリくらいして欲しいっす」
「うふふ」
「なはは」
◇
翌日は、朝からよく晴れて撮影日和だった。
朝食を食べてアーリエを寝かしつけてから、外に出てみんなで撮影の準備を始めた。
アレイセスとリビアラも、効果音を付けるのを手伝ってくれる。
いつきもかなり幻聴――音の幻覚――を操れるようになっているのだが、やはりそれだけでは少々心許ない。
そこで、物理的にいろんなものを叩いたりこすったりして、生音を付けるつもりだった。
特撮などでCG映像と戦う場合、もちろん実際にはその場に怪物など存在しない。
そのため事前に動きを想定しておいて、目線を送る位置などを細かく決めるという作業が必要になる。
しかし幻覚の場合そんな面倒は必要ない。
何しろ目の前に『怪物』はちゃんと見えるのだから、「触れることができない」という点にだけ注意して立ち回ればいいのである。
おおまかな動きを決めて、重要な部分のタイミングだけを打ち合わせておく。
あとは幻覚の『怪物』が適当に襲いかかれば、白音が持ち前の運動能力でどうとでも対応する。
『怪物』は多分、以前白音がショッピングモールで戦った『魔神の尖兵』を模していた。
白音が単独、最速で倒した戦闘の資料を、いつきたちも『魔法少女ギルド』で見たのだろう。
大きさもそのまま再現していて7、8メートルはありそうだった。
まずはリハーサルとしていつきがひととおり動かしてくれたので、白音がそれに合わせて戦ってみる。
いつきは幻覚を操りながら、同時にスマホで撮影もこなしている。
さすがはエレスケの優秀な視覚効果スタッフだ。
「いつきちゃん、どうかな。上手く合わせられてる?」
「姐さんの動きは完璧っす。さすがっすね。でも……」
「でも?」
「いえ、これは僕の力不足なんすけど、ちょっと迫力が足りないっすね……。飛び散る血しぶき、とかは複雑な動きをするんで、リアルにするのが難しいんす」
そういう小さなものが大量に発生するような映像は魔法ではなく、だいたいCGで追加するのだそうだ。
「血しぶき、やるっ!!」
リプリンが嬉しそうに手を上げた。
なるほど、実物なら計算の必要もなくリアルに飛び散ってくれるだろう。
リプリンのリアルな血のり具合は、各方面から絶賛を頂いているところだ。
「いや、リプリン……。ばらばらに飛び散って大丈夫なの?」
白音を被写体にできるとあって、こっそりめちゃめちゃ張り切っているいつきです。




