第8話 空(から)の棺 その三
白音はアレイセス、リビアラ夫妻に、現世から持ってきていたアルミパウチ入りのゼリー飲料を手渡した。
これほど保存が利く食料もそうはないだろう。
使い方と、それぞれの種類ごとに含まれる栄養分の説明をしていると、その様子をリプリンがじっと見つめていた。
そして、ちょっとしんみりした声でぼそっと呟く。
「わたしの体の一部だから、大切に飲んでね」
日本語なので魔族夫婦に通じるはずはない。
しかし身振り手振りを交え、時にスライムにしかできない擬態ジェスチャーも折り込んで、何をそこまで熱心に、というほどに一生懸命に伝える。
そしてやがて、アレイセスとリビエラが驚愕の顔をした。
通じてしまった。
なんとしてでも伝えたい、その気持ちが言語の壁を越えさせたみたいだった。
白音は、リプリンの可能性を目の当たりにした。
「う、ちょ……。嘘、嘘、嘘。違うわよ。あっちの世界で売ってるゼリー状の食べ物よ。栄養価は高いけど、原料にスライムは入ってないわ。やめてよね、リプリン……」
白音はリプリンの脇腹を突っつこうとした。
しかし突き出したその指先が、ぬぷりとリプリンにめり込む。
指先の当たる部分だけ、体をスライム状にしたのだ。
「いやん、白音ちゃんまで」
「…………」
なかなかどうして、リプリンは莉美よりもやり手かもしれない。
◇
「本当に何から何までありがとうございます」
また夫婦が頭を下げようとした。だがそれを白音が押し止める。
「もう、やめて。そんなことして欲しくてやってるんじゃないから」
実際のところ、報酬としてはアーリエの幸せそうな寝顔、それだけで十分なのだ。
この困難な状況に負けず、この魔族夫婦は命を繋いでいこうとしてくれている。
白音はそれを応援したかった。
数百キログラムの肉を冷凍庫に移し替えるのは、想像以上に大変な作業だった。
リプリンが丸ごとひと呑みにした時はあっという間だったのに、ひとつずつ取り出していくとなるとかなりの手間がかかる。
気がつけばもう日が暮れてしまっていた。
やはりこの空間は自然光を取り込んで明かりにしているようで、地下深くにいながら、辺りがゆっくりと夕闇に包まれていくのを感じられる。
そして外から自然光が入ってこなくなると、室内は自動的に魔法の明かりに切り替わった。
こういうところひとつとっても『セクハラ大魔道』の技術力の高さが窺えるだろう。
そうやって時間の経過を体で感じられるようになっているのだ。
「もう暗くなりましたので、ひと晩ここで休んでいかれませんか」
と、リビアラが提案してくれた。
真っ暗な中での高速飛行は危険なので、魔族ならば避ける。
『魔族衝突』でも起こしてはしゃれにならないからだ。
白音たちは有り難くお言葉に甘えさせてもらうことにした。
もちろんこんな窮乏下で一方的に甘えるわけにはいかない。
冷凍庫に入りきらなかった食材や日持ちのしないものを使って、白音はみんなに料理を振る舞う準備を始めた。
当然のようにアレイセスとリビアラも手伝うと言ったのだが、彼らには休んでおいてもらうことにする。
「異世界風の料理を作るので、おふたりは待ってて下さい。いつきちゃん、リプリン、手伝ってね」
「はいっす!」
「あい!」
香草や調味料も買い込んでおいて正解だった。
赤ワインのような気の利いたものは無いが、なんとでもなるだろう。
思いつく限りの肉料理を作っていく。
いつきは包丁の扱いにはかなり慣れているらしかった。
おかげで下ごしらえはほとんど彼女に任せることができた。
何も言わなくとも、いつきは白音の動きを見て必要な肉や野菜を準備し始める。
そして白音が欲しいと思うタイミングに合わせて、すっと差し出してくれるのだ。
一方でリプリンは、かなり教え甲斐がありそうだった。
彼女は、白音の体内での体験を通して調理というものを知ってはいる。
しかし、すべてが見よう見まねなのである。
突然何をしでかすか分からないので注意が必要だった。
もっとも白音にとっては、それが普段通りのリプリンである。
むしろ『それでこそリプリン』という気さえする。
ランドルメアの首を切り飛ばした時に使っていた手包丁は、明らかに進化している。
鋭利に硬質化させた腕だけで、太い骨もさくさくと簡単に断ち切っていく。
いつきが最高の助手ならば、リプリンは最恐の生徒なのかもしれない
台所には本格的なオーブンまで備え付けられていたので、白音は『ローストランドルメア』に挑戦することにした。
弱火でじっくり火を通すため、火の番をリプリンにお願いする。
火加減は基礎魔法を使うのと同じ要領でできるようだった。
魔力の放出量を調節することによって火勢を変えられる。
リプリンはやはり生まれながらに魔核を持っているからなのか、そういうコントロールが得意なようだった。繊細な火加減を難なくこなしてしまう。
魔力調節を片手間にしながら、リプリンがオーブンの前でリズミカルに揺れ始めた。
以前白音が朝食を作っていた時にもそうやって揺れていたと思う。
多分焼き上がりを楽しみにしているのだろう。
前とは違って身振りや手振りがしっかりと付いていて、ちゃんとしたダンスに見える。
(わたしがそれやると、ノッてきた時にお肉を黒焦げにしそうなんだけど……)
結構な集中が必要なはずの魔力調整を踊りながらこなすとは、白音ママも莉美パパもびっくりであろう。
時間をかけてたくさん作ったので、少し遅めの夕食となった。
しかしリプリンといつきの協力のおかげで、なかなか豪勢な食事が用意できた。
メインはリプリンの『美味しくなぁれダンス』付きのローストランドルメアだ。
あとはすき焼き風の煮込み料理を作ってみた。
醤油はベースキャンプで売られていたものを使っている。
さすがは日本人町、といったところだろう。
ただ、野生のランドルメアは牛に似ているものの、どちらかと言えば脂肪分の少ない赤身肉に近い。
もしかしたらすき焼きには合わないかもしれない。
しかし、と白音は思った。醤油を見て思いついてしまったのだから仕方がない。
日本人肉食女子としては作らずにおられようか。
煮込みなら日持ちも期待できるはずだ。
それに、すき焼きを食べた夫婦がどんな反応をするのか見てみたかった。
そしてさらにはステーキ、焼き肉や炒め物などもあって、さすがの肉食魔法少女たちでも食べ切れるような量ではない。
数日かけてアレイセスたちに食べてもらえばいいかと思って用意している。
また、魔族夫婦の愛し子、アーリエには離乳食を用意してみた。
生後六ヶ月ならそろそろ離乳の練習を始める頃合いだろう。
そのあたりは人も魔族も同じようなものだったはずだ。
白音はリビアラと相談して、芋をとろとろになるまで煮込んだものを作った。
少し慣れてくれば他の野菜をポタージュにしてみるのもいいだろう。
白音は自分が育った若葉会の乳児院をよく手伝っていたので、その辺りは手慣れたものだった。
アレイセスとリビアラには温かいうちに食事を楽しんで欲しかったので、アーリエの食事の世話は白音が買って出た。
しかし白音がアーリエを抱き上げると、すぐにぐずり始めてしまった。
「どうしたんでちゅかー? ご機嫌斜めでしゅねぇ」
白音が魔族の幼児語でなんとかあやそうとしていると、いつきが同情するような表情をした。
「アーリエちゃんの気持ち、ちょっと分かるっすよ。僕も初めて姐さんの魔力感じた時、縮み上がったっすから」
それを聞いた白音が三秒固まった。
なるほど、赤ちゃんの相手は自信があったのだが、もしかしたら魔核を持っている子供だと白音が持つ鋭い魔力の質が恐いのかもしれない。
血まみれの薔薇様と呼ばれ、恐れられた強大な魔力を感じ取ってしまうのだろう。
「あっ……。いや……、ごめんなさいっす。慣れれば心地良いというか。僕は好きっす。好きっす。好きっすよ」
いつきに三回も好きと言われて、ようやく白音は再起動した。
しかし魔族夫婦には今日はめいっぱい休んで欲しいのだ。
できればアーリエのことはこちらに任せてゆっくり食事をして欲しい。
どうしたものかと思案していると、リプリンがローストランドルメアをほおばり、口の中でじゅわじゅわと溶かしながら来てくれた。
「わらひに任へれ!!」
リプリンは白音の傍に立つと、アーリエからよく見える位置に陣取った。
すると彼女の体のあちこちから飾りの付いた触手が生えてきて、先端が光ったり、くるくる回ったりし始めた。
なるほど、変幻自在のリプリンの体は子供の相手をするのにも向いているらしい。
まるで赤ちゃんをあやすためのベッドメリーのようだった。
常識に錆び固まってしまった大人なら、その異様な姿にぎょっとしてしまうかもしれない。しかし受容性の塊である子供は、きらきらと輝いて踊り回るリプリンの触手に夢中になり、手を伸ばし、そして笑顔になった。
「よかったね、アーリエ。みんな優しくしてくれて、よかったね……」
リプリンの触手を引っ張ってはしゃぐ我が子を見ながら、リビアラが涙を流した。
「リビアラさん?」
「ああ、申し訳……ありません、白音様。皆様、よくしていただいて。それに、こんなに美味しいものをいただいたのは、久しぶりで……」
アレイセスが感極まってしまったリビアラの手を取り、その背中と翼をさすってやる。
「本当にありがとうございます。白音様、いつき様、リプリン様」
そして彼は、丁寧に三人全員に頭を下げた。
アレイセス自身も涙を零すまいと、堪えているようだった。
「泣かないで」
そう言ってリプリンが、リビアラに向けて触手をひらひらと振って見せた。
光が尾を引いてとても綺麗だ。
アーリエの時と同じように、涙する彼女をあやそうとしているらしい。
「いやいや……、子供じゃないんだから。それにあなた、さっきそれで何やったかもう忘れたの…………?」
それで全員が、一斉に笑った。
「フフン」
リプリンが得意げな顔をする。
多分、「ほら、効果があったじゃない」と言いたいのだろう。
彼女のおかげで、少なくともこの場に一体感が生まれたとは思う。
「フフン」




